医学界新聞

寄稿

2010.07.05

【寄稿】

高齢者のためのアートとサイエンス
老年医学を学ぼう

大蔵 暢(医療法人社団愛和会 馬事公苑クリニック)


〔症例〕 82歳の高齢女性である鈴木さん(仮名)は糖尿病やパーキンソン病,腰痛,慢性心不全を長年患っているため,内科・整形外科など4診療科に通院し合計15種類の薬を服用している。時々出現するめまいと日々の夜間頻尿に悩まされ,また最近ひどくなっている物忘れを心配している。杖歩行で月に2-3回転倒するが,幸運にも今まで骨折したことはない。近所に一人息子の家族が住んでいるが,最近顔を見せなくなったことに「避けられているのでは?」と心配している。アパートで独り暮らしをしており,少ない年金からの医療費への出費は少なくなく,金銭面での将来の不安も大きい。


 上記は典型的な虚弱高齢者の一例であり,適切にマネジメントするには内科疾患のみならず,認知機能やうつ症状,膀胱機能など他科の知識も必要となる。また医学的アプローチのみならず,介護や心理社会的アプローチなど他の社会的リソースを利用する必要性も明らかである。本稿では,こうした虚弱高齢者の診療をIdentityとする老年医学を紹介し,今後の日本の高齢者医療について考えたい。

世界一の高齢化社会日本

 現在世界は人類がいまだかつて経験したことのない高齢化社会に直面し,日本はその最前線に立っている。人口統計上では,2005年に20%を超えた65歳以上の老年人口は2025年には25%に到達すると推測されてはいるが,既に現時点で地域の医療機関は高齢患者であふれかえっている。

 医療需要の高い虚弱高齢者が今後さらに増加していくのは自明の事実であり,その増大する社会的要求に日本の医療界,社会がいかに対応していくかを世界がかたずをのんで注目している。筆者が留学していた米国でも高齢者医療が日々話題にあがり,日本の医療皆保険制度や介護保険,高齢者医療の現状や将来についての関心は非常に高かった。

GIMでのIdentity Crisis

 筆者は1995年に大学を卒業後,日本にて内科研修を行った。当時はそれまでの臓器中心で患者不在の医療への反省から全人的医療の概念が流行し,臓器にとらわれず全人的に診ることをうたった総合内科/総合診療科(General Internal Medicine; GIM)が台頭していた。筆者自身も総合内科医をめざし,内科学を包括的に勉強することを心がけ,EBMを勉強した。

 しかし診察室で血圧測定し,聴診をして,血液検査を行って,こちらが内科的には完璧な診療をしたと思っても,なにか満たされないような表情で診察室から出ていく高齢患者とその家族の後ろ姿がいつのころからか気になっていた。また,臓器専門医からの「何ひとつ専門的に診られないじゃないか」と言わんばかりの冷ややかな視線も気になる日々が続いていた。診療や教育,研究のどこにも専門性を発揮できず,総合内科医としてのIdentity Crisisにどんどん陥っていく自分に気付いた。

 転機が訪れたのは渡米して6年ほど経った後,ミシガン大学にて老年医学を学んだときだった。それまで高齢者を部分的,断片的にしか診ていなかった自分が,包括的に評価することによって高齢者の虚弱化をもたらす多くの原因を明らかにし,複雑に絡みついた糸(問題点)を解きほぐすことに快感を覚えるようになった。それまで「診察は煩雑だし,どうせよ...

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