臓器移植法改正で医療現場はどう変わるのか(相川厚,中山恭伸,横田裕行,岡田眞人)
対談・座談会
2010.06.28
【座談会】
臓器移植法改正で医療現場はどう変わるのか
相川 厚氏(東邦大学医学部教授・腎臓学)=司会
中山恭伸氏(日本臓器移植ネットワーク 東日本支部主席コーディネーター)
横田裕行氏(日本医科大学 高度救命救急センター主任教授)
岡田眞人氏(聖隷三方原病院院長補佐)
2009年7月に臓器の移植に関する法律の一部が改正された(改正臓器移植法)。本年7月17日の全面施行に向け,6月10日に開催された厚生科学審議会疾病対策部会臓器移植委員会(委員長=東大・永井良三氏)において「臓器の移植に関する法律施行規則の一部を改正する省令」「臓器の移植に関する法律の運用に関する指針(ガイドライン)」の改正案が承認された(改正は6月下旬予定)。今後は,新たな制度の周知・普及啓発等の実施が予定されている。臓器移植の是非をめぐってはさまざまな議論があるが,改正臓器移植法は医療現場にどのような影響をもたらすのだろうか。本座談会では,改正臓器移植法の概要と,医療現場においてどのような議論や体制整備を行う必要があるのか,お話しいただいた。
相川 今回の改正臓器移植法には,2つの大きなポイントがあります(表)。1つは,本人の意思が不明であっても家族の承諾があれば脳死下臓器提供が可能になったこと。もう1つは,家族の承諾があれば15歳未満からの脳死下臓器提供が可能になったことです。この臓器移植法改正によって,具体的には脳死下臓器提供が年間30-50例ほど増加すると見込まれています(註1)。
表 改正臓器移植法のポイント |
これまでは,臓器提供意思表示カードがなければ脳死下の臓器提供は行われなかったのですが,改正臓器移植法下では,「提供しない」という意思を示しておくことも重要です。ですから,何らかの意思表示が必要であることをいかに普及させていくかが大きな課題となります。現在は意思表示のためのツールとして,臓器提供意思表示カード,シールを貼った国民健康保険証・運転免許証がありますが,なかなか浸透してこなかったのも事実です。
中山 改正臓器移植法の『普及・啓発に係る事項』では,「臓器提供の意思の有無を運転免許証及び医療保険の被保険者証等に記載することができることとする」と明示されています。また,道路交通法施行規則が一部改正され(7月17日施行),運転免許証の裏面に臓器提供意思表示カードの内容を盛り込むことになりました。今後は,順次裏面に意思表示欄の記載がある運転免許証や健康保険証に切り替わっていきます。
相川 7月の改正臓器移植法の施行に向けて,臓器提供意思表示カードの様式の見直しなども行われています。本人の意思が不明ななかで,臓器提供を承諾するか否かを決断する家族には非常に大きな心理的負担がかかることが予想されます。ですから,意思表示の普及に向けた早急な対策が望まれます。
脳死判定をどう考えるか
相川 今回の法改正においても,脳死をどうとらえるか,という部分でこれまで同様さまざまな議論がありましたね。
横田 脳死判定のとらえ方は,施設や立場によって異なるのが現状です。日本救急医学会は,1992年に「臨時脳死及び臓器移植調査会に対する見解」として,「脳死は人の死である」と表明しています。また,2006年2月には「脳死判定と判定後の対応について――見解の提言」を公表しました。このなかで,脳死判定は純粋な医療行為であり,臓器提供の有無にかかわらず,不可逆的な脳機能不全状態に陥った場合には実施すべきだと提言しています。
脳死判定を行って「脳死」と診断された場合には「人の死」であると位置付けていますが,死と診断したからといってすぐに生命維持装置の電源を切るわけではありません。その後の対応については,家族と時間をかけて十分に話して決定する。その延長線上に,脳死下の臓器提供,あるいは心停止後の臓器提供があるという考え方です。
相川 昨年7月の法改正で採決されたA案は「脳死は一律に人の死である」との見解に立ったものでした。その後の審議のなかで「脳死は人の死」であるのは臓器移植法が適用されたときのみということにはなりましたが,現場には何らかの影響があるのでしょうか。
横田 今回の改正は法律の解釈の部分で現状と大きく変わっていないので,おそらく直接的な影響はないと考えています。ただ,やはり法律が運用されたときだけ脳死が人の死である,という法律のもとでは,臓器提供者の家族の心理的負担は非常に大きいと思います。
小児の脳死判定には学問的な蓄積が急務
相川 岡田先生と横田先生は「小児の脳死判定及び臓器提供等に関する調査研究班」(代表者=山梨大名誉教授/学長特別顧問・貫井英明氏)のメンバーでもいらっしゃいますが,小児の臓器移植における脳死判定についての議論は,どこまで進んでいますか。
岡田 現在の脳死判定基準は,1985年に旧厚生省が作成したいわゆる竹内基準に則っています。しかし,この基準は6歳以上を対象としているため,6歳未満に関しては2000年に旧厚生省研究班により,小児脳死判定基準が作成されました。しかし,小児の脳死判定については否定的な見解も少なくないことから,今回新たに脳死判定基準案を提案しました(註2)。
脳死判定に関して日本小児科学会のなかで特に問題になったのは,「脳死」という概念が小児では学問的に確立していないということです。日本で2回の脳死判定を行ってすべての項目を実施した例は,これまで11例ほどしかありません(註3)。これは,無呼吸テストのときに状態が悪化したために途中で中断した例も少なくないためです。ですから,今後脳死を疑った際には臨床的な脳死判定を行い,そのなかでご家族が希望されれば法的脳死判定に進むというステップを踏みながら,学問的なデータを蓄積していく必要があると考えています。
相川 子どもの脳死判定についてはさまざまな見解があります。しかし,脳死判定を行ったと報告されていても,判定基準が守られていない,無呼吸テストを実施していないなどの例も見られます。小児の臓器移植の開始に当たっては,成人と同様正確な脳死判定を徹底していく必要がありますね。
提供施設にかかる負担をどう軽減していくか
相川 1997年の臓器移植法施行以降,日本では2010年5月末時点で86例の脳死下臓器提供しか行われてきませんでした。臓器移植数が増加しなかった理由は多々ありますが,医療者の視点から考えると,まず臓器提供施設に大きな負担がかかることが挙げられます。
横田 臓器提供施設の負担としては,時間的負担,経済的負担などが挙げられます。まず時間的負担ですが,これまで国内で実施されてきた脳死下臓器移植では,臨床的脳死診断終了から臓器摘出の手術終了までに平均45時間14分かかっています(図)。2回の脳死判定と家族のための時間を十分確保することは大前提ですが,それ以外の手続きの部分でまだまだ短縮できるのではないかと思います。実際に,脳死下臓器提供時に日常業務に支障が出て,救急患者の受け入れを断らざるを得なかった提供施設もあったと聞くので,今後の検討が必要です。
図 脳死下臓器提供70例までの臨床的脳死診断から臓器摘出術終了までの平均所要時間(横田氏提供) |
相川 経済的負担については,これまでの脳死下臓器提供では提供施設が負担する費用が大きく,かえって損失になっていたのが実情ですね。
横田 臓器提供時には多職種がかかわり,臓器提供者の管理のために2-3日の当直体制を敷くことになります。また,場合によっては警備員の配置も必要となります。ですから,人件費の負担も非常に大きいのです。
相川 2010年の診療報酬改定では,各臓器採取術料と各臓器移植手術料が上がりましたが,従来臓器移植はボランティアで当然だという考えがありました。しかし,スタッフは業務として行っているわけですから,費用の配分については今後も継続して検討していく必要があります。
精神的な負担の軽減も課題
相川 臓器移植においては,臓器移植の提供にかかわる医療者の精神的負担も大きな問題となっています。特に,臓器提供の選択肢があることを家族に告げること(オプション提示)に抵抗感を示す救急医も少なくありません。
横田 確かに悲嘆にくれる家族を前になかなか話を切り出せないということがあると思います。ですから,当施設の場合は,4類型施設(註4)として,オプション提示は義務であるとの対応をとっています。
一方で,われわれはオプション提示を看取りの医療の一環だと考えています。ですから,少し長い経過をたどって脳死になっていく場合と,朝元気で送り出した家族が病院に急に呼ばれて「脳死」だと告げられる場合では,当然オプション提示のタイミングは違ってきます。家族がその患者さんの状態を受け容れて,納得した段階で臓器提供の話をすることが重要です。
相川 私自身は,脳死が疑われる場合には,例外なく脳死判定を行うべきだと考えていますが,医療者のなかでもまだまだ賛否両論あるのが実情です。そのようななか,臓器提供にかかわる医療者の葛藤を軽減させるという意味でも移植コーディネーターの重要性が高まっていますね。特に,今年1月に臓器移植関連学会協議会が提出した「臓器移植法改正後の移植医療の体制整備に関する提言」では,臓器提供施設に対し,院内コーディネーターの設置が求められています。
中山 移植コーディネーターは,臓器提供候補者の一報を受けてから提供施設に駆けつけ,その後の家族対応や家族-医療者間の調整,さらには移植チームとの連絡など,移植終了時までをコーディネートする役割を担っています。現在,日本臓器移植ネットワークには27人,都道府県には52人のコーディネーターがいます。
一方,院内コーディネーターは,院内における臓器移植の連絡調整や普及啓発などの役割を担っています。現在,院内コーディネーターは全国に約1300人いらっしゃいます。施設の事情をよく知る院内コーディネーターが間に立ってくださることで,私たちの業務をスムーズに遂行できますし,普段の業務においても職員との信頼関係が築けるので,今後の活動が...
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