医学界新聞

2010.06.14

多様な専門領域が統合して活動を

第106回日本精神神経学会開催


 第106回日本精神神経学会が,5月20日-22日,広島国際会議場(広島市)他にて,山脇成人会長(広島大大学院)のもと開催された。今回のテーマ「求められる精神医学の将来ビジョン――多様な領域の連携と統合」に沿い,関連学会と連携して企画されたシンポジウムは12題にのぼった。また総会では関連4学会が,うつ病対策を「国家政策の最優先課題」として取り組むべきとする初の共同宣言を採択。「対うつ病10か年計画」策定などを提言し,多様化する専門領域が手を取り合い,精神医学への社会的ニーズの増大に対応していく姿勢を示した。


うつ病治療から精神医学を展望する

山脇成人会長
 会長講演「求められる精神医学の将来ビジョン――うつ病の教育・診療・研究を通して考える」では,山脇氏がうつ病治療・研究の現状から見えてくる精神医学の方向性について述べた。

 まず「教育」については,サイコオンコロジーの普及活動を例に,新たなプロジェクトの実現には教育・啓発活動の開始から10-20年が必要であることを指摘。メンタルヘルスに関しても,10年・20年後を見据えた一貫性のある系統的プログラムの作成と,継続性・実効性のある国家レベルの実施体制の確立が求められているとした。

 「診療」ではまずDSM(「精神疾患の診断と統計マニュアル」)について考察。DSMはエビデンスに基づいた多軸診断であり,国際標準化の点からも導入によるプラス面は大きいが,日本における病因論的視点の衰退や,機械的で安易な診断の助長,不適切な抗うつ薬処方の一因となった可能性もある。しかし,1990年代からうつ病の精神病理学的理解は再興し始め,新たに定義されたうつ病概念が提唱されるようになった。社会情勢や人々の価値観も変わりゆくなかでうつ病の病像も変化し,休養や服薬で軽快しやすいメランコリー親和型から,薬が効きにくく症状経過が不鮮明な一方,環境の変化による急速な改善もありうるディスチミア親和型へ移行しつつあるという。

 さらに氏は,SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)など新規抗うつ薬が登場してからのうつ病治療の現状を紹介。副作用が少なく,薬理作用機序が明確なSSRIの貢献は大きいとしつつも,治療抵抗性うつ病の存在や,安易な抗うつ薬処方の増加などの問題点も列挙した。2008年度の難治性うつ病に関する多施設共同研究では,幼少期トラウマ体験など複数の予測指標が導かれた。ここから氏は,難治性うつ病にはさまざまなタイプが混在しており,病態に応じた分類が必要であるとともに,心理・社会的特性と脳科学を統合した新規治療法の開発が求められていると話した。

 うつ病の「研究」は,分子生物学・遺伝学の進歩により神経新生および神経栄養因子の可塑性やレジリエンスへの関与が示唆され,さらに画像解析による神経回路異常の解明も進んでいる。氏らによるラットの実験では,幼少期の母子分離により神経成長を妨げる遺伝要因が亢進し,成長後のストレスへの暴露でうつ病など精神障害にまで移行することがわかったという。また,情動予測過程の脳機能解析により不快予測機能が亢進し,「抑うつ気分」につながることや,セロトニン神経活動の長期将来報酬予測への関与が「興味・関心の喪失」に影響すること。さらに,支持的精神療法での情動的サポートによる左外側前頭前野の賦活や,認知行動療法(CBT)によるネガティブな自己評価の改善で脳活性の亢進も正常化することなど,うつ病の脳科学的理解につながる複数の研究結果を提示した。

 最後に氏は,「求められる精神医学の将来ビジョン」として,(1)精神的資本を育てるBio-Psycho-Social Integrationの推進,(2)細分化された学会のあり方の再検討,(3)10年後を見据えたグランドデザインの議論と策定,(4)臨床研究の活発化による国際化・グローバル化への対応,の4点を提示し,関係各学会の統合的協力を求めた。

早期発見・治療をめざして

 シンポジウム「統合失調症の思春期病態と早期介入」(座長=都立松沢病院・岡崎祐士氏)では,関心が高まりつつある早期介入の方策が議論された。

 終末糖化産物(AGEs)の蓄積(カルボニルストレス)は,多種の内科・神経科疾患への関与が知られている。糸川昌成氏(都精神研)は,統合失調症多発家系に生まれ,カルボニル化合物の除去酵素であるglyoxalase1(GLO 1)の活性が低下している統合失調症例に注目。この症例では,AGEsが正常値の3倍に上昇するとともに,カルボニルスカベンジャーであるビタミンB6も欠乏していた。

 氏らの研究では,統合失調症リスクはAGEsの蓄積で25倍,B6欠乏で10倍上昇することが判明している。さらに進行中の多施設共同研究においては,統合失調症172例の16%でカルボニルストレスを認め,それらからGLO 1の遺伝的活性とB6の低下が同定された。氏は,GLO 1遺伝子変異の症例では,発症前からカルボニルストレスが存在した可能性を示唆するとともに,B6の予防的投与の効果が期待されると話した。

 笠井清登氏(東大大学院)は,統合失調症の早期病態解明と診断の重要性について,データをもとに説明した。氏は,精神病未治療期間(DUP)が抗精神病薬への反応性や社会的予後不良と強く関連することをあらためて指摘。また初発統合失調症の前向き縦断研究において,上側頭回灰白質体積が初発から1.5年で進行性に減少していることを示した。こうした初発期の研究を通し,顕在発症前の時期への関与が注目されているとして,氏は東大の「こころのリスク外来」を紹介。さらに同大での統合失調症早期介入研究(IN-STEP)で,各臨床病期に対応した所見が得られる光トポグラフィー検査法を,補助的診断法として検討していることなどを明らかにした。

学校や現場で何が必要なのか

 早期病態の疫学的知見について語ったのは西田淳志氏(都精神研)。ある研究によると,統合失調症様障害に罹患している成人患者の約4割が,11歳時には既に精神病様症状を体験(PLEs:Psychotic-Like Experiences)していたとされる。氏らは中高生約3万人を調査。過去6か月以内に苦痛感を伴うPLEsを体験している中高生は5.1%で,その34%は精神的不調を自覚しつつ助けを求められずにいること,自傷行為や希死念慮があり,緊急支援が必要であることを明かした。彼らの多くは身体的不調を訴え保健室や一般医療機関を受診しているという。氏は,こうした若者への早期支援には養護教諭や一般医の役割が大きいが,現状ではそうしたシステムにアクセスしやすいとは言えないと指摘した。

 最後に野中猛氏(日本福祉大)が,早期介入の実務の基盤であるケースマネジメント(CM)について述べた。氏は先行するオーストラリアや英国を例に,CMの特徴として,(1)プライマリな治療モデル,(2)関係作り重視,(3)協同的治療関係,(4)積極的仲介,(5)2-3年の期間限定,の5点を列挙。関係作りの具体的方法として,早期から回復可能性について情報提供し,接触は入院後できるだけ早期かつ頻回に行うこと,生物心理・社会的視点を総合した包括的評価を行うことなどを挙げた。CMには,現状の総合的把握や具体的な支援計画立案,多職種との連携・微調整といった高度な技術が求められることから,氏は専門的なケースマネジャーなどさらなる人材育成の必要性を強調した。

 その後の討論では,「患者には治療チームで丁寧な説明を行い,回復への希望を伝える」「薬物治療は慎重に考え,心理・社会的支援も検討しつつ,精神保健的サービスと医療が連携していくべき」など,早期介入に関する重要なポイントがあらためて確認された。

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