医学界新聞

寄稿

2010.06.07

【寄稿】

レジデントに知っておいてほしい,ペースメーカーのこと

杉山裕章(東京大学大学院医学系研究科・循環器内科)
今井靖(東京大学大学院医学系研究科特任講師・循環器内科/トランスレーショナルリサーチセンター)


 心臓ペースメーカーが徐脈性不整脈を有する患者さんに福音をもたらしたのは紛れもない事実です。現在,わが国では年間約5万件のペースメーカー植込み術が施行され,約25万人の患者さんがいるとされます。今後ますます高齢者の増加が予想されるなか,ペースメーカーの需要は増えることはあっても減ることはないでしょう。

 ペースメーカーは,一般社会ではだいぶ浸透してきた一方,医療社会には独特なペースメーカー“アレルギー”が蔓延しているのも事実です。ここでは,皆さんにペースメーカーについてぜひ知っておいてほしいことを,症例を通して伝えたいと思います。

夜間救急外来にて

 「あーあ,金曜夜なのに当直か」と,ちょっぴり浮かない気分のあなたのもとを一人の患者さんが訪れます。

症例】80歳女性。高血圧と関節リウマチで内服加療中。約1週間前から時折息切れや易疲労感を自覚していた。本日,家族と夕食時に失神を認め,短時間で回復したものの心配した家族とともに受診。来院時は意識清明,血圧180/68 mmHg,脈拍47/分・整,SpO2 95%。両側下腿浮腫あり。 明らかな神経学的徴候なし。

 患者さんは会話も可能で麻痺などはなく,失神や心疾患,脳卒中などの既往もありません。夜間救急外来ですので,できることは最小限の血液検査と胸部X線,心電図とします。

血液検査】WBC 7100/μL, Hb 12.8 g/dL, Alb 3.9 g/dL, BUN 16.1 mg/dL, Cre 0.94 mg/dL, AST 38 U/L, ALT 46 U/L, ALP 231 U/L, CK 313 U/L, CK-MB 18 U/L, CRP 0.1 mg/dL。
胸部X線】心胸郭比55%,肺うっ血軽度,左胸水貯留。

 「X線は少し心不全かな? そういえば足もむくんでるし,肺ラ音も聴こえる気がするな。でも失神は説明できないよな……」と,ぼやきながらあなたは心電図を測定しました(図1)。「失神の鑑別診断,この間習ったんだ。頭・心臓・反射の3つだって。苦手な心臓じゃないといいなぁ」でも,神様はあなたに“試練”を与えたようですよ。

図1 12誘導心電図

心電図はどうですか?

1.不整脈心電図を読む上で
 徐脈だけでなく不整脈の心電図は一般的に苦手意識が持たれがちですが,筆者は少しでも迷う場面があれば必ず次の3つの「基本」に立ち帰るべきと考えています。

1)P波の認識
2)P波・QRS波のレートと規則性
3)P波とQRS波の“つながり”

 QRS波がどれかわからない状況は少ないと思うので,神出鬼没なP波をいかに正しく認識できるかが不整脈心電図を読み解く決め手です。

2.P波と“友達”になろう
 何事にも万全の策はないものですが,

*できるだけわかりやすい(独特な)形のP波が見える誘導で“勝負”する
*まずはT波(必ずQRS波の直後に存在)でもQRS波でもない場所でP波形を認識
*QRS波やT波の中にP波が“隠れて”いないか常に疑う

を意識するだけで理解が変わります。

 この症例では,I・II・III・aVF誘導あるいはV1・V2 誘導でP波がわかりやすいですね(図1)。例えばV1 誘導を抜き出した図2を見てください。まず,QRS波の直後はいつもT波がくるので,その頂点にマーキングをします(図2中[T])。次に,T波の終わりと次のQRS波の始まりを結ぶ部分は通常フラットなので,まずはこの“安全地帯”に注目してP波を探します。正常であればQRS波の少し前の決まった場所にP波があるはずですが,ここではそうではありません。とりあえず比較的カンタンにP波とわかる4か所に矢印(↑)をつけてみました。しかし,まだこれでは不十分です。

図2 本症例のV1誘導――“P波を探せ”

3.“隠れキャラ”のP波を探す
 P波は時にQRS波やT波の内部にまで潜り込んでしまうので,注意深く見ないと見逃してしまいます。図2を見ると,2つ目と3つ目の矢印(↑)間のP-P間隔(X)が最短で,1つ目と2つ目の矢印(↑)の間隔(Y),さらに3つ目と4つ目の矢印(↑)の間隔(Z)がともにXのちょうど2倍になっています。このことに気づけばゴールはもうすぐそこ。YとZのちょうど真ん中に「P波が隠れているのでは」と考えたくなるのが人情ではありませんか? 素直にその気持ちになってみると,1拍目のT波の下行脚の後半部分の形が他のT波とは明らかに異なっており,Yの中央に相当するまさにここにP波が隠れているのです(↑Green)。もう一つ,こちらは少し難しいですが,Zの半分の場所はちょうどQRS波()に相当し,ここにもP波は隠れています。同様に,4つ目の矢印(↑)からXだけ進んだST部分にもP波がいますね(↑Green)。このように,「ここにあるはず!」と思って波形を見ずして,“隠れP波”を見つけることはできないのです。めざせ名探偵!

4.P波とQRS波の“つながり”にも注目
 ここまでわかればあと一息。P波とQRS波の間隔はいずれもレギュラーで,それぞれPレート85/分,QRSレート48/分程度です。既にP波は正しく認識できていますから,もう一度,図2を左から見ていくと,P→QRS→P→P→QRS→P→QRS(P)→P→QRS→Pのようになっていることがわかります。P波とQRS波の正常な“つながり”とは,「1個のP波に一定の間隔(0.2秒以内)でQRS波が必ず1個つく」ことです。この心電図では明らかにそれが満たされず,P波の次にまたP波がきている部分があります。すなわち,これは心房(P波)と心室(QRS波)との間で電気の流れがブロックされていることを意味します(房室ブロック)。しかも,心房と心室が各々独自のペースで収縮するためPR間隔はランダムです。以上から,本症例の診断は“完全房室ブロック”となります。

適切な対処を忘れずに

 さて,心電図診断もつきました。患者さんは意識もはっきりしているので,「もう大丈夫だから家に帰りたい」と言っていますが,ここであなたはどうすべきでしょう?

 「心電図だけ正しく読めても,その後の対処が不適切なら読めないのと大差なし」です。この場合,よほど特殊な状況がない限り患者さんを帰宅させるなどが不適切な対応に相当します。完全房室ブロックでは,心室は補充調律(本症例では右室の一部)で捕捉されますが,失神のエピソードは補充調律の不確実性を示す一つのサインです。絶対に帰してはいけませんよ。

 施設の設備状況などにもよるため一概に対処法は言えませんが,翌日から土日に入る本症例では,自身で経皮的ペーシング・パッドを貼って,イソプロテレノール(プロタノール®)を投与しながらひやひや翌朝を待つよりも,経静脈的に一時ペーシング・リードを挿入するほうが無難です。施設に循環器当直医がいれば依頼し,そうでなければ近隣の総合病院に転院の依頼をしても良いでしょう。さらに,薬剤や電解質といった介入可能な可逆的要因がない限り,恒久型ペースメーカー植込み適応であることも話しておければ満点の対応になりますね。

レジデントに望むこと

 見積もりによっては高齢者の約100人に1人がペースメーカー適応者とするものもあり,その初診が循環器専門医になるとは必ずしも限らないでしょう。夜間の救急外来などでは非専門医が“窓口”になるケースも多いはずで,実際,多少の脚色はあるものの本症例は筆者の内科レジデント時代の実話に基づいています。

 ここでBは循環器医,Cは不整脈専門医の仕事に相当しますが,Aのプロセスは救急外来や当直現場でレジデントのみなさんに習得してほしいスキルです。何もどんな超難解な心電図も瞬時に正しく読めと要求しているのではありません(そんな能力があれば筆者がほしいです)。見逃すと命にかかわるような,臨床的に重要な心電図が正しい手順で読めるようになってくれればと考えています。

 現在,心電図検査はどんなに小さな診療所・クリニックでも施行可能なほど普及しており,その基本的な読解能力はすべての医師が社会から要求される“責任”の一つだと思います(もちろん,不安なら必要なときに循環器医に適切に相談できる環境作りを意識しておくことも大切です)。筆者自身,日ごろから「すべての疾患を自分一人で診断から治療まで完結できるケースのほうがまれで,必要に応じて適切な専門家に紹介できたら胸をはっていいんだ」と言い聞かせるように,外勤その他で診察しています。

 最後に,レジデントの皆さんがペースメーカー適応のある患者さんを担当したとき(今回の症例のように“そのとき”は不意にやってくるかもしれません),その健康・安全に適切に貢献できる優秀な“仕分け人”になってほしいと願っています。がんばれ!


杉山裕章氏
2003年東大医学部卒。同大病院,心臓血管研究所などを経て現在に至る。“駆け出し”だからこそ,研修医・ナースの目線で敬遠されがちな臨床不整脈を親しみやすく伝えられると信じて情熱を持って研鑽の日々。勉強会・講習会などいつでも何でも依頼受け付け中です!
連絡先:hsugiyama-tky@umin.ac.jp

今井靖氏
1994年東大医学部卒。同大病院,榊原記念病院,三井記念病院を経て現在に至る。現在は臨床応用研究をサポートする部署に在籍しつつ循環器一般・不整脈の外来・検査を担当。若手のみなさんに循環器疾患,特に不整脈を身近に感じて親しんでいただきたいと考えています。

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