医学界新聞

寄稿

2010.06.07

【寄稿】

米国地域家庭医療臨床実習の勧め

萩原裕也(サウスダコタ大学家庭医療科アシスタント・プロフェッサー)


 過疎地域における医師不足をはじめ,医療の確保が国際的な問題となっていることは周知の事実である。そのため,最近日本においても地域医療に対する理解を深めるため,地域医療体験実習が多くの施設で実施されるようになった。各地域で求められる医師像を医学生に伝えることや,過疎地域での医師不足解消につなげることなどが教育者側の狙いであるが,医学生にとってもプライマリ・ケアを体験でき,多くを学び・習得できるチャンスである。

 私は2007年家庭医療レジデンシー修了後,米国サウスダコタ州のViborgという人口約1000人の小さな町でへき地家庭医療診療に従事し,現在はサウスダコタ大学家庭医療科の教員として地域家庭医療臨床実習を担当している。本稿では,本学や当院で実際に行っている地域家庭医療実習を紹介する。

全米でもトップレベルの地域家庭医療教育

 米国中西部にあるサウスダコタ州は,広大な土地に対して人口は少なく,地域間における医師の偏在が深刻な問題となっている。多くの過疎地域では家庭医が中心となり地域医療を実践しており,彼らが州の医療を支えているのが現状である。この現状を受けて大学は地域医療教育に力を入れており,多くの卒業生が家庭医寮・へき地医療の道へと進んでいる。その功績が評価され,2009年には『U.S. News and World Report』誌が毎年実施しているランキング“America’s Best Graduate Schools”のRural Medicine部門において,本学は全米第6位にランクされた。

 本学の地域家庭医療教育の特徴として,実習機会が豊富であることが挙げられる。2年次の2nd Year Preceptorship(早期地域家庭医療実習)プログラムおよび4年次のRural Family Medicine (高次地域家庭医療実習)プログラムは必修であり,サウスダコタ州内各地で地域医療を行っている家庭医のもとでそれぞれ1か月間実習を行う。3年生でも1か月間の家庭医療臨床実習プログラムがカリキュラムに組まれているため,本学では在学中に計3か月間も家庭医療を学習する期間が設けられている。ここでは2nd Year Preceptorshipに関してもう少し具体的な実習内容を述べる。

2年次には早くも実習へ

 2nd Year Preceptorshipは今年で63回目を迎える。2年生にとっては伝統的な一大イベントであり,毎年4月の第2週より4週間50人の医学生が一斉にサウスダコタ州内各地で初めての臨床実習を体験する。家庭医療,家庭医へのearly clinical exposureとなり,また問診,診察技術などを実践を通じて向上させる場となる。地域医療では特に重要であるプライマリ・ケアを体験し,さまざまな分野のコモンプロブレムを1か月の間に効率的に経験できるため,基礎医学教育を終えたばかりの医学生にとっては最も人気の高い実習である。

 本学では地域医療実習を担うクリニック・病院35施設,指導医60人以上を州内各地に有している。その一つである当院はViborgという町にあり,家庭医3人,内科医1人のグループ診療体制のもと,救急(ER)3床,入院12床,Nursing Home(老人ホーム)52床,Alzheimer’s / Memory Unit 8床を備えている。また,併設されているクリニックにて外来診療を行っている。周辺には無医村がいくつもあり,そこの住民とViborgの人々を含めた約7-8000人が暮らす地域を当院が担当し,年間で約1万7000人の診療に当たっている。

 当院で実習する学生には,外来診療を中心に体験してもらっている。当直は月4回の平日当直と金曜日から月曜日までの週末当直を月に1回行っており,当直日には救急と入院患者を一緒に診療する。さらに,週1回,老人ホームでの回診を見学する。高血圧,糖尿病,高コレステロール血症などの生活習慣病をはじめ,心不全,COPD,甲状腺機能低下症,慢性腎臓病,関節炎,うつ病などさまざまな慢性病のマネジメント,そして婦人科検診・乳幼児検診などの予防医療,さらにはさまざまな急患への対応も家庭医に要求されていることが実感できる内容であると思う。地域医療を担う家庭医に1対1で密着した1か月間を通して,地域医療の魅力や地域住民の医療に対するニーズの理解が深まる。そして家庭医の診療内容の幅の広さや家族・地域の包括的かつ継続的なケアを存分に体験し,家庭医療を理解することが大事な実習目標の一つである。

診断40例と手技10例が課され,臨床経験の機会も充実

 2nd Year Preceptorshipは診療の見学が中心だが,実習の間に包括的な病歴聴取と身体診察(comprehensive history& physical examination)を少なくとも4例行うことが義務付けられている。このうち2例はケースプレゼンテーションを,残りはカルテ記載を行ってもらい,それを教員が評価しフィードバックする。また週に1回は学生が患者と接しているところを実際にオブザーブし評価する。ここで評価の対象となるのは,問診・診察技術だけでなく鑑別診断へ至る経緯と診断の正否,プロフェッショナリズム,患者ときちんとラポート(信頼関係)を形成できたかにまで至る。Universal precaution(グラブ,ゴーグル,マスク,ガウン等の脱着や手洗い)が適切に実施できるかも実習期間を通じて評価を行う。

 具体的な臨床経験目標も定められている。Student Patient Encounter Log (SPEL)とは医学部在学中に経験した診断名・手技をインターネットを介して記録するシステムであり,本学の学生は全員,臨床実習中の経験をこれに記すことが義務付けられている。例えば,診断名は“4月18日,4歳児中耳炎”などと,手技は“4月25日,20歳男性頭部裂傷縫合”などと記録する。また手技に関しては見学,介助あるいは実際に自分が手技を行ったかなど,経験の仕方も記載する。このシステムを利用することにより,学生が在学中にどのような臨床経験ができたか明確になるため,医学生の臨床経験の標準化や医学部のカリキュラムのモニターに利用できることになる。

 2nd Year Preceptorshipでは少なくとも40の診断,10の手技を経験し,SPELに記録しなければならない(表)。内訳を見てもらうと,1か月間の実習期間中に一般内科,産婦人科,耳鼻科,眼科,精神科など非常に多岐にわたる領域の臨床経験が要求されていることがわかる。手技に関しても同様に,バラエティーに富んだ経験がこの実習を通してできるのである。

 2nd Year Preceptorship期間中に必要な診断・手技の内訳
診断40例の内訳は,大学が全研修先に対して指定している。手技に関しては大学より特に指定がないため,当院で学生に体験してもらっているものを紹介した。

本場の家庭医療を体験してほしい

 私はレジデンシーの3年間で学び,実践してきた家庭医療からさらに一歩踏み込みたいと思い,米国へき地にて地域家庭医療を実践し,教育を行っている。既に数名の日本人医学生にも米国の地域家庭医療実習を体験してもらった。日本からの実習生は全員,家庭医療そして地域医療へ強い興味,関心を持って帰国し,近い将来プライマリ・ケア領域での活躍が期待される。3年間サウスダコタで地域医療に取り組み,日米両方の医学生に地域家庭医療の魅力を伝えてゆく可能性を感じている。

 今後も日本からの留学生を受け入れて本場のコアな家庭医療を体験してもらうことや本学を通じて日本の家庭医療研修プログラム,特に地域医療を行うプログラムの援助をすることを企画している。

医学生(右)との記念写真(左はDr.Shah,筆者は中央)

*ご興味のある方は萩原までご連絡ください。
E-mail:yuyahagi@gmail.com


萩原裕也氏
2004年山梨医大卒。在学中にECFMGを取得し,メイヨークリニック,アイオワ大,イリノイ大などで実習を行う。卒業と同時に渡米し,ミシガン州立大関連病院にて家庭医療研修開始。06-07年同チーフレジデント。07年よりPioneer Memorial Hospitalスタッフ。08年より同クリニック院長,サウスダコタ大アシスタント・プロフェッサー。米国家庭医療学専門医。

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