医学界新聞

対談・座談会

2010.05.24

【座談会】

精神疾患の早期発見と
治療への道筋を探る

水野雅文氏(東邦大学医学部教授 精神神経医学)=司会
鈴木道雄氏(富山大学大学院 医学薬学研究部教授 神経精神医学)
岩田仲生氏(藤田保健衛生大学医学部教授 精神医学)


 Early Intervention(早期介入)とは,非特異的な精神・身体症状から,精神病状態に発展しかねない症候をいち早く発見し,適切な治療を行って早期精神病の重症化・慢性化を防ぐという一連の方針を指す。近年精神科領域においてこの早期介入への機運が高まっており,日本でも体系立った議論が始まろうとしている。

 そこで本紙では,このほど医学書院より発刊された『早期精神病の診断と治療』の監訳を担当され,日本の本領域を牽引している三氏に,早期介入の意義と重要性について語っていただいた。


大きな流れが生まれつつある,精神疾患への早期介入

水野 この数年,国際学会,特に統合失調症を対象とした学会に行くと,発表演題の3分の1ほどを早期介入に関連するテーマが占めており,その盛り上がりを感じます。この分野におけるわが国の研究の立ち遅れが非常に心配されていましたが,ようやく日本精神保健・予防学会や精神科早期治療研究会など専門の研究会も活発になってきました。

 身体疾患では早期介入はもはや当然のことですが,精神科においても,クレペリン(Emil Kraepelin)やブロイラー(Eugen Bleuler)の時代から,病気の徴候は早く見つけ治療したほうがより予後が良いと書かれており,必ずしも新しい概念というわけではありません。それが今,あらためて注目されている背景として,私は以下の3点を考えています。

 第一に,精神科治療の中心が病院から地域へ移行したことが挙げられるでしょう。地域での生活と治療を効率よく両立していくために,疾患が慢性化する前にできるだけ早く発見・治療を行うという考え方が,諸外国では当たり前になりつつあります。

 第二の背景として,非定型抗精神病薬が広く行き渡り,副作用の少ない治療が早期から行えるようになってきたこと。第三に,心理教育・認知行動療法など心理社会的側面からのアプローチが普及し,早期からフォローする体制が整ってきたことが考えられます。

 生物学的な見地からは,早期介入への機運の高まりについてはどのようにとらえられているのでしょうか。

岩田 最近では研究の発達により,かつてのクレペリンらによるカテゴリー分類を超えて,疾患の共通点が見えてくるようになりました。例えば統合失調症と双極性障害は,神経の発達の段階で何かが起きるという点で原因の根幹は共通しており,初発症状もある程度重なることが確実視されつつあります。精神疾患を包括的に考えることができれば,臨床家もより早く,一貫した治療の方策を講じやすくなります。さらに,早期の精神病症状が神経系に対し何らかの不可逆的な障害を及ぼす可能性も指摘されはじめていますから,そうしたことも,早期介入を推し進める原動力の一つになっていると思われます。

水野 治療の可能性と必要性がともに強まっているということですね。今回の座談会では,こうした生物学的側面と社会的な側面の両方から,早期介入の重要性を導き出したいと思います。

早期介入の実際的概念――「早期精神病」とは何か

水野 早期介入の実践のためまずおさえておきたいのが,“Early Psychosis”, つまり「早期精神病」という言葉です。お二人はこの概念について,どのように理解しておられますか。

鈴木 私は,初回エピソードが発症して間もない時期のPsychosis(精神病状態)に加え,少し遡った前駆期も包含する概念ととらえています。初回エピソード精神病は統合失調症が中心ですが,精神病症状を伴う気分障害なども含まれ,初期に診断を確定するのは困難なことが少なくありません。前駆期にあることが疑われる場合も,その後の経過は一様ではありません。「もう少しフォローを続ければ病名がわかりそうだけれど,今はとりあえず早期精神病としてまとめておこう」というような,特異的な診断がまだはっきりとつかない状態像を包含しており,診断学的にはあいまいな概念だと感じます。

 ただ,従来しばしば行われていたように,特異的な診断の絞り込みができるまで治療を待っていては遅きに失する場合もあります。その点では,臨床に則した前向きな視点から生まれた実際的な用語だと思います。

岩田 臨床現場にいると,初診の段階で,もう何年も前から何らかの症状があったと明かされる患者さんが非常に多いと感じます。病気の発症そのものは,診断がつくかなり前にまで遡れるということです。そうした,漠然としているけれど「一風変わった精神状態を呈する」状態を理解し,できるだけ早いうちに手を差し伸べることが現在の精神医学にあらためて問われています。そしてそのためのツールとして,早期精神病という言葉を有効に使えるのではないかと考えています。

水野 では,早期精神病治療に関する新しい知見やその臨床応用の可能性について伺いたいと思います。まず,脳画像研究の分野ではいかがですか。

鈴木 前駆期・初回エピソードといった病初期に脳に何らかの変化が起こることについては,脳構造画像の研究でもエビデンスができつつあります。

 統合失調症では,脳室の拡大や脳灰白質の減少など軽度の脳構造変化が認められますが,こうした変化は出生前や生後早期の発達障害に起因しており,進行するものではないと従来は考えられていました。しかし近年,初回エピソードの時期に前頭葉や側頭葉を中心に,特に上側頭回などでは年間5%程度の,かなり劇的ともいえる灰白質の減少が生じることがわかってきました。これは,臨床的にさまざまなことが起こって進行する病初期に一致して,脳の変化も進行していくことを示唆しています。

水野 前駆期や精神病発症リスクの高い状態を対象とした研究も盛んですね。

鈴木 はい。そのような状態にある人たちをフォローすると,一部は実際にPsychosisを発症するのですが,発症した人は発症しなかった人に比して,同じような症状を呈している発症前の時期から,より多くの脳部位で灰白質が減少していることが報告されています。また発症の前後に進行性の変化が起きており,上側頭回などでは初回エピソードのころと同程度の変化が生じていることも報告されています。このように,脳の進行性変化が明らかなPsychosis発症の前から起こり,病態の進行に関与している可能性が高くなっていると言えます。さらに,そのような脳画像所見から,将来のPsychosisの顕在発症を予測しようという研究も少しずつ始まってきています。

水野 そのような脳の変化を抑制するための研究は進んでいるのでしょうか。

鈴木 最近では,早期に使用することで,脳の進行性変化をある程度抑制・改善できる可能性のある抗精神病薬についての知見も出てきています。また,まだほとんどエビデンスはありませんが,神経保護作用や抗酸化作用のある薬,あるいは免疫を安定させる薬による脳の進行性変化の抑制,または発症自体の予防が可能か,といった研究も行われています。必ずしも悲観的になる必要はなく,今後の発展に注目すべきだと思います。

■遺伝要因解析のベースが作られつつある

水野 遺伝研究はどのように進んできていますか。

岩田 統合失調症においても双極性障害においても,ようやく研究が深まってきたと実感しています。はたから見ていると,遺伝研究はあまり進んでいないように見えるかもしれないのですが,実際には,まだ解釈されていないデータが大量に集まってきており,それを読み解くのに時間がかかっている状況と言ったほうがよいと思います

水野 統合失調症や双極性障害の原因の8割を遺伝要因が占めるといわれますが,その実態が次第に明らかになってきているということですね。

岩田 はい。少し詳しくお話しすると,統合失調症の場合,300-800個ほどの疾患感受性に関連するSNP(1塩基多型)が存在することが予測されており,その組み合わせは個々人によってまったく違います。それぞれのSNPの影響の程度は1.1倍,1.2倍などと非常に小さいのですが,数百個がさまざまなバリエーションで存在することにより,それが遺伝要因解析のベースとなります。

 もう1つわかってきたのは,数千-数百万塩基の単位で,ヒトゲノムの複写数の異なる部分(コピー数多型:CNVs)があることです。だいたい1人あたり,非常に大きなサイズ(百万塩基)のものだけ見ても,1個はあります。CNVsが人間の形質に与える影響はかなり大きく,場合によっては10倍以上の確率で発症しやすくなることが明らかになってきています。数百個のSNPと数個のCNVによって,その人自身の疾患が理解される。それが今,遺伝研究が到達している精神疾患への考え方です。

 さらに,SNPとCNVから成る基礎データは生まれてから死ぬまで変わらない上,完璧に測定できます。ですからこのデータをベースに,環境要因との関連や効果的な介入方法を突き詰めていけば,場合によっては生まれたときから,その人にとって最も健康的でいきいきと人生を送れるプログラムを作ることができるのではないか,と思っています。

水野 従来の遺伝子治療のイメージとは,まったく異なるものになりそうですね。

岩田 そうですね。数十年後には,例えるならフェニルケトン尿...

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