医学界新聞

2010.05.10

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


栄養塾
症例で学ぶクリニカルパール

大村 健二 編集

《評 者》片多 史明(亀田総合病院卒後研修センター長/神経内科部長代理)

「栄養の勉強に良い本はありますか?」と研修医に聞かれたら

 どの診療科が専門であっても臨床医として修得しておかなければならない基本的事項がいくつかある。栄養管理は,感染症の診断・治療や水分電解質管理と並ぶ,患者マネジメントの基本であり,臨床医必須の知識・技術である。しかし,栄養管理法・臨床栄養学について卒前に十分な教育を実施している大学はまだまだ少ない。卒後教育においても各種疾患の診断・治療に重きが置かれる中で,栄養管理が長い間軽視されてきたことは否めない。専門学会を中心とした臨床栄養の卒後教育の取り組みが実を結び,各施設でも栄養管理についての教育に目が向けられるようになったのは,まだつい最近のことである。

 研修医に臨床栄養の講義をしていると,「栄養について勉強するのに何か良い本はありますか?」という質問を受けることが多い。この質問を受けるたびに私は困っていた。分厚い臨床栄養学の専門書は確かにある。しかし,この分野の専門家をめざすわけではない医師の,限られた研修時間を費やすには効率が悪く,またよほどの心構えがない限り通読は困難である。内科学の教科書にも栄養管理の項目はある。だが全体のページ数のごく一部であり,そのほとんどが総論的事項である。2-3日で通読できて,臨床栄養学の全体を俯瞰することができ,なおかつ実践的な内容の本は……と考えると,答えに窮してしまうことが多かった。

 このたび,大村健二先生編集の『栄養塾 症例で学ぶクリニカルパール』が発刊された。編者の大村先生は,優れた外科医であり,外科代謝学,臨床栄養学の専門家である。

 本書の内容は,生化学から最新の臨床栄養学の知見,臨床で陥りがちなピットフォールまで,多岐にわたる。大村先生自らが執筆した生化学の章では,学生時代にはその意義が十分に理解できなかった生化学の知識が,臨床的な視点からのスポットライトを浴び,活き活きと輝いている。

 臨床栄養の基本事項を概観した基礎編,病態ごとの栄養管理のポイントをまとめた応用編では,現在の日本の臨床栄養学をリードする豪華な顔ぶれが“塾講師”として筆を執っている。各項とも,具体的な症例を通じて,時々刻々と変化する病態に応じた臨床栄養のダイナミズムを追体験できるよう工夫されており,要所に配置された「塾長のひと言」はまるで栄養を専門とする指導医にじかに指導を受けているかのようである。

 「栄養について勉強するのに何か良い本はありますか?」という質問を受け,私が答えに窮することは今後ないだろう。本書は,自身の栄養管理の次元をひとつ高めたいと考えているすべての医師にとって,進化のきっかけになる一冊である。研修医のみならず,上級医の口伝と独学で栄養管理を学ばざるを得なかった世代の医師にも,ぜひ“入塾”を薦めたい。

A5・頁280 定価2,940円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01014-6


プルキンエ不整脈

野上 昭彦,小林 義典 著

《評 者》井上 博(富山大大学院教授・内科学第二)

古い頭に一撃

 驚くべきタイトルの単行本が上梓されたものである。2009年7月に京都で開催された日本心電学会と日本不整脈学会の合同学術集会の書籍展示で,最大部数を売り上げたようである。不整脈全体を網羅するものばかりでなく,個々の不整脈を扱った単行本はこれまでにも上梓されている。例えば心房細動,WPW症候群,Brugada症候群などである。これらの不整脈はそれなりにまとまった疾患として認識されており,単行本としても違和感はない。

 「プルキンエ不整脈」という疾患概念はなじみがうすい。左脚後枝に起源を持つVerapamil感受性心室頻拍をまず思い浮かべるが,その他の心室性不整脈については言われてみればなるほどプルキンエ線維が関係しているものもありそうに思われる。本書は,このような古い頭に一撃を加えるほどのインパクトを持っている。著者の野上昭彦先生,小林義典先生は心臓電気生理の臨床でこれまで多くの業績を挙げてこられたが,特にプルキンエ線維が関連した心室頻拍や心室細動の研究に関しては第一人者である。

 本書では,第I部としてまず馴染みの深いVerapamil感受性特発性心室頻拍から始まり,Focal Purkinje心室頻拍,特発性心室細動が続き,Brugada症候群・QT延長症候群が記載されている。第II部では,器質性心疾患に伴う心室性不整脈として,脚(枝)間リエントリーや心筋梗塞,虚血性心疾患,炎症性心疾患,心筋症に伴う心室頻拍とプルキンエ線維とのかかわりがまとめられている。第III部では,Q&A形式でプルキンエ線維にかかわる歴史や基礎的研究が紹介されている。古くは田原淳先生によるプルキンエ線維網の記載から近年まで,日本人が明らかにしたさまざまな事象がまとめられていて,読み物としても楽しめる。

 多くの心電図,心内電位図,CARTOマッピングのカラー図版や組織所見(カラー図版も多数あり)などが豊富に掲載されており,難解な電気生理現象も理解しやすいように工夫が凝らされている。具体的な症例が提示されており,所々欄外に参照すべきQ&Aの項目が明示されているのは,読者の便を考えた上での工夫であろう。

 世界でもこのような単行本は存在しない(大江透名誉教授の推薦序文にもそのようにある),しかもお二人の共著で記述が一貫している。いっそのこと英語で出版すればよかったのにと思わなくもない(裏を返せば,日本語でこのような本を読めるのはありがたいことである)。医学関係の書籍が氾濫する中にあって,本書が刊行された事実に喜びたい。わが国の医学書籍出版業界も捨てたものではないと。「プルキンエ不整脈」に着目した野上先生,小林先生の慧眼に,またこのような本をあえて出版した医学書院に賛辞を送りたい。

 現在,特発性心室頻拍はアブレーションで根治できる。電気生理学をよくは知らなくてもアブレーションで頻拍が根治できれば患者さんは満足かもしれない。しかし,このような治療が可能になったのは,先人が積み重ねてきた知識があった上でのことである。本書を,不整脈を専門とする方々に,ことにアブレーションに携わる若い諸君に,推薦したい。目から鱗が落ちる思いをするであろう。また本書の中で,詳細は不明である,今後の検討が必要であるとされた事項に,若い諸君はチャレンジしてみてはいかが?

B5・頁244 定価8,400円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00831-0


下垂体腫瘍のすべて

寺本 明,長村 義之 編

A4・頁472 定価21,000円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00830-3

《評 者》森 昌朋(群馬大大学院教授・内科学)

わが国における下垂体腫瘍の決定版

 脳腫瘍患者ではその占拠性病巣のために,脳細胞障害による種々の脳機能低下が生じる。一方,下垂体腫瘍は脳腫瘍に属するが,下垂体には種々の内分泌ホルモン産生細胞が局在する特徴を有することより,下垂体腫瘍患者では下垂体由来のホルモン過剰分泌による下垂体機能亢進症を呈することが多い。また,逆に非機能性下垂体腫瘍の増大により下垂体に局在するホルモン産生細胞が圧迫障害され,下垂体機能低下症で発見される患者も存在する。

 下垂体細胞由来のホルモンとしてプロラクチン(PRL),ACTH,GH,LH,FSH,TSH,Oxytocin,ADHなどが挙げられ,下垂体から分泌されたこれらのホルモンは末梢血中に放出されて,全身に分布する標的臓器に達して生理作用を発揮する。また,これらの下垂体ホルモンは視床下部に存在する視床下部ホルモンによって,合成と分泌が制御されている。下垂体ホルモンのなかで生命維持に必要なホルモンはACTHとTSHであるが,他のホルモンも日常の恒常的機能維持には必須であり,下垂体ホルモン分泌の過剰や低下により種々の症状や臨床所見が生ずる。

 また,下垂体機能亢進症を惹起する最も頻度の高い腫瘍はPRL産生腫瘍である。剖検時に下垂体検索を行った報告によると,腫瘍径が1cm未満のmicroadenomaを含めた際のPRL腫瘍の女性での発見率は25%以上の頻度であるという報告がなされており,日常の一般臨床を行う上でも,下垂体疾患は大変身近な存在であると言える。

 さらに,わが国において最近,間脳下垂体腫瘍に基づく下垂体機能障害は特定疾患医療給付の対象疾患として認定された。このことは,下垂体疾患に悩む患者さんにとっては朗報であり,診療現場に携わる医師にとっては治療が行いやすくなった利点がある。その反面,医師は下垂体疾患に関するupdateを常に把握して臨床にあたる責任も課せられている。

 上記に述べた事柄が背景としてありながら,下垂体腫瘍に関しての,病理から始まる総括的な病態と疾患の臨床的鑑別と治療をupdateに網羅した本はわが国ではこれまでになかった。このたび,日本医科大学・寺本明先生,東海大学・長村義之先生の編集により上梓された本書は,65項目,472ページ,執筆者85名に上る大著となったが,その記述は下垂体腫瘍の基礎から臨床までを網羅する,まさにわが国における下垂体腫瘍の決定版ともいうべきものである。本書は,下垂体疾患の臨床を行う上でも,また下垂体研究に携わる上でも非常に有益な書となることは間違いない。


人工膝関節置換術
手技と論点

松野 誠夫,龍 順之助,勝呂 徹,秋月 章,星野 明穂,王寺 享弘 編

《評 者》津村 弘(大分大教授・整形外科学)

百家争鳴の知識の迷宮でさまよう

 まず,大変面白い本である。

 ここ10年ほど,人工膝関節置換術をめぐっては,基礎研究,臨床研究,新機種の発表など話題に事欠かない。人工膝関節置換術の進歩に対して,日本の整形外科医が大きく貢献しているのは周知の事実である。本書は,同じ編集者たちで作成された『人工膝関節置換術――基礎と臨床』(文光堂)と対をなすものであり,主として手術手技に焦点を当てたものである。人工膝関節置換術の手術手技においては,現在はまさに百家争鳴の時代であり,多くの学会でディベートやクロスファイヤが企画され,呼び物となっている。このようなディベートを書物にしたものが本書である。

 本書の章立てを見ると,「皮膚切開」「関節展開法」「Soft tissue balancingとBone cut」「脛骨コンポーネント」「髄内ガイドと髄外ガイド」「人工膝関節のデザイン(PS型とCR型)」「Minimum invasive surgery(MIS)」「CASの有用性」「膝蓋骨の置換」「コンポーネントの固定法の選択」「骨欠損への対策」「両側同時手術の是非」「麻酔法」「DVT,PEの予防」「手術法のオプション」の15章からなっており,人工膝関節置換術の開始から終了までのそれぞれの段階で,論点となっている部分を事細かに解説している。いかにも,人工膝関節置換術を知り尽くした編集者たちが企画した本である。

 それぞれの章は,「論点の整理」という比較的公平に書かれた総括があり,その後に異なる主張の解説が書かれている。それぞれの著者も,最もふさわしい分野を担当している。各解説の独立性のため,重複する図や説明はあるものの,煩わしいものではなく,戻って参照する手間が省けて読みやすい。なお,「麻酔法」や「DVT,PEの予防」などの一部の章では,対立する意見ではなく,詳細な解説となっている。

 初心者は,「論点の整理」だけを読んでも勉強になる。既に手術を行っている者は,自分の手技の部分だけを読んでも,知識と手技の確認ができる。さらに興味のある者は,対立する意見を読み,熟考し,知識の迷宮をさまようと良い。対立する方針や手技が,臨床成績の明確な差を生んでいないことが混乱の理由であり,本書の存在理由であり,われわれの努力のモチベーションである。次世代のエビデンスづくりへの道筋も見えてくるだろう。

 人工膝関節置換術に関するディベートのネタがばれることが,唯一の心配事ではある。人工膝関節置換術を扱う学会の会長にとっては,迷惑な本かもしれない。

A4・頁352 定価18,900円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00842-6

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