医学界新聞

対談・座談会

2010.03.22

【座談会】

すべての新人に研修の機会を――
新たな一歩を踏み出す新人看護職員研修

石垣靖子氏(北海道医療大学大学院教授) =司会
野村陽子氏(厚生労働省医政局看護課長)
福井次矢氏(聖路加国際病院院長)
舟久保直美氏(北原脳神経外科病院看護科長)


 本年4月から,新人看護職員研修が努力義務となります。新人看護職員研修は現在大多数の施設において行われているものの,新人職員数の少ない中・小規模の施設では,研修実施の困難さが指摘されてきました。昨年12月に策定された「新人看護職員研修ガイドライン」や財政等の支援を行うための「新人看護職員研修事業」は,そのような病院へのエールとも言えます。病院の機能や規模にかかわらず,すべての新人看護職員が臨床実践能力を獲得するために,各病院の現状に合った研修体制の構築が望まれます。

 本座談会では,新人看護職員研修の必修化を視野に入れ,研修のエッセンスや今後の展開についてお話しいただきました。


普及のために確かなデータを示していく

石垣 昨年7月の「保健師助産師看護師法」(保助看法)と「看護師等の人材確保の促進に関する法律」(人確法)の一部改正により,新人看護職員研修がこの4月から努力義務となります。近年,看護基礎教育の修了時点の能力と臨床現場で求められる能力との乖離が問題となっており,看護の質向上,医療安全の確保,そして早期離職防止の観点から,新人看護職員の卒後臨床研修について長期にわたる議論が行われてきました。本座談会ではまず,努力義務化に至るまでの流れから伺います。

野村 2003年9月に「新人看護職員の臨床実践能力の向上に関する検討会」(座長=聖路加看護大・井部俊子氏)が立ち上げられ,2004年3月に報告書が出されました。この報告書では,新人看護師と助産師が1年間で到達すべき目標と指導指針が提示されています。この報告以降,厚労省においても新人看護職員研修に関するいくつかのモデル事業を行ってきました1)。モデル事業の目的は,新人看護職員研修の課題等についての次のステップに向けた情報収集でしたが,研修自体の普及にもつながったのではないかと考えています。

 さらにこれらのモデル事業と並行して,2008年11月から2009年3月にかけて「看護の質の向上と確保に関する検討会」(座長=慶大・田中滋氏)が開かれ,「新人看護職員研修の実施内容,方法,普及方策について早急に検討して実施に移すべき」との提言がなされました。これを受けて2009年4月に立ち上げられたのが「新人看護職員研修に関する検討会」(座長=北海道医療大・石垣靖子氏)です。これまでに7回の検討会と,2回のワーキンググループによる検討を経て,12月に「新人看護職員研修ガイドライン」を策定しました。2003年からの流れを振り返ると,多くの医療機関の方々のご協力を得ながら時間をかけ,ようやく実ったという実感があります。

石垣 そうですね。続いて,保助看法と人確法の一部改正の内容についてお話しいただけますか。

野村 今回の一部改正は議員立法でしたし,質疑応答など個別具体的な審議が国会の場であまり行われず,議論の経過などもわかりにくかったのではないかと思いますが,非常に適切な改正と言えます。まず,資格を規定している保助看法を改正したことで,個々の看護職員の資格に「臨床研修を受ける努力をしなければいけない」という努力義務がかかりました。2004年の医師法の一部改正によって,医師臨床研修制度が必修化されましたが,それ以前の努力義務の規定と同じ形をとれたことは,大きな意味を持つと思います。また,人確法を改正したことで,病院等の開設者の責務が問われることになりました。つまり,これまで各病院が必要に応じて行っていた新人看護職員研修が,2つの法律改正によって看護職員個人と病院等の両方に対して努力義務に規定されたということです。

石垣 これまで看護職員の研修については法制度による規定はなく,人確法でも「病院等の開設者等は,病院等に勤務する看護師等が適切な処遇の下で,その専門知識と技能を向上させるように努めること」「看護師等は,保健医療の重要な担い手としての自覚の下に,自ら進んでその能力の開発及び向上を図ること」というような表記にとどまっていました。それが法律できちんと位置付けられたことは,私たち看護職にとって非常に画期的なことです。

 福井先生は「看護の質の向上と確保に関する検討会」および「新人看護職員研修に関する検討会」のメンバーであり,医師の臨床研修必修化にもご尽力されており,また病院長というお立場でもあります。私は今回の努力義務化においては,病院長の理解が非常に重要だと考えていますが,新人看護職員の育成の必要性をどのように理解してもらえばよいでしょうか。

福井 多くの病院の院長は,看護師がいかに大切かを日々実感しています。ただ,中小規模病院では研修の実施を困難に感じているところも少なくないと思います。ですから,新人看護職員研修の必要性や有効性についての客観的なデータを示しながら,トップの理解を得ることが重要です。

 例えば,ガイドラインに示されている到達目標について,本年の新人看護師と新しいプログラムで育った新人看護師の1年間の到達度を比較するというのも一案です。そのためには,改善したい項目をあらかじめ明確にして,研修開始前のデータを取っておく必要があります。

石垣 全体で実態を把握するのは時間的に厳しいかもしれませんが,各施設でデータを蓄積することは可能ですね。

福井 はい。開始までの時間は短いのですが,いくつかの施設でグループをつくって調査するなど,工夫の余地はあるのではないでしょうか。

 また,より多くの研究者が多様な切り口でデータを取っておけば,研修の見直しの際にもさまざまな観点からの比較検討が可能となります。私たちは,厚労科研費による研究で,医師臨床研修が義務化される1年ほど前にデータを収集しました2)。しかし,研修開始前の調査を行ったのは私たちだけだったので,多角的かつ十分な検証ができないままにその後の臨床研修制度の見直しが行われました。

石垣 ガイドラインのさらなる充実においても重要な研究ということですね。非常に貴重な示唆をいただきました。舟久保さんは,今回の努力義務化をどのようにとらえていますか。

舟久保 当院は病床数110床の病院で,新卒看護師は少ないながらも毎年入職してきます。特に組織内での研修を完結することが困難な中小規模病院にとって,通常業務だけで手いっぱいの状況のなか,教育体制を整えること自体が非常に困難です。また,民間病院では教育や研修にかけられる経費も限られています。ですから,この努力義務化によって,病院の体制整備に関して看護部が声を挙げやすくなったという心強さがあります。

 また,ガイドラインには新人看護職員を支える体制の構築などについても明記されているので,個々の看護職員に対して研修の意義を広めることで,新人看護師を迎え入れる側もしっかり学び,新人を支えていく体制をつくりやすくなると思います。看護全体の質を上げるという意味では,大きな一歩を踏み出したのではないでしょうか。

研修の均てん化を

舟久保 今回出されたガイドラインを見て,ガイドラインに沿った研修を行うこと自体はさほど難しくないと考えています。当院でも研修責任者,教育担当者(図1)が配置されていて,到達目標や教育に対する理念などもしっかり立てられているので,これまでやってきたことに間違いはなかったのだと思いました。ただ,大きな病院のような体制を整えるのは難しいので,教育の経験を積んだ方に非常勤として来ていただくなどの工夫をしています。

図1 研修体制における組織例(「新人看護職員研修ガイドライン」より)

野村 採用者数の多い病院では,既にそれぞれの特徴を活かした研修プログラムを構築するなど,新人看護職員研修に非常に力を入れています。ですから,今回のガイドラインではすべての施設が研修を実施できることをいちばんの目標としました。研修体制や内容についても提示していますが,「各病院の規模や新人看護職員数によって,柔軟に組み合わせて研修を行ってください」というスタンスをとりました。

石垣 組織全体で研修に取り組むことを強調したのも今回のガイドラインの大きな理念ですね。部署あるいは組織のなかで「屋根瓦方式」のように幾重にもサポートする体制をつくり,人を育てる組織文化を醸成することが検討会で議論されました。これは新人だけでなく,経験を持った看護師が入職してくる際にも同様ですね。

 それからもうひとつ,検討会の重要な課題として挙げられたのが「基礎教育と卒後の新人研修との連携」です。基礎教育では3-4年かけて,看護の基本的な考え方や技術に関する原理原則など,専門職業人としての基礎的教育を行います。にもかかわらず,新人研修ではあらためて原理原則から教えており,教育の積み重ねという点で問題がありました。入職時点の一人ひとりのreadinessを踏まえながら個別的,段階的な教育を行うことで,臨床現場にとっては負担軽減となり,新人にとっては新人研修が基礎教育からの積み重ねであるという認識を持つきっかけになるのではないでしょうか。

福井 医師についても同様のことが言えるのですが,卒後研修について議論すればするほど,卒前教育の均てん化やレベルアップが必要だという話に行き着きます。卒業時に身に着いている臨床能力のレベルが異なると,卒後研修プログラムが大変複雑になるので,卒前教育の見直しも同時に行っていくべきです。

■まず指導者の育成が必要

石垣 技術指導については,ワーキンググループを立ち上げて検討を行い,ヒヤリハットやインシデントが多く報告されている「与薬の技術」と「活動・休息援助技術(車椅子による移送)」の指導例を示しました。この技術指導例では,手技だけでなく,「医療安全の確保」「患者及び家族への説明と助言」「的確な看護判断と適切な看護技術の提供」という看護技術を支える3つの要素をチェックリストに盛り込むことを重視しました(図2)。手技だけのチェックにならないよう,看護の全体像を理解し,看...

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