神田善伸氏に聞く
インタビュー
2010.02.08
【interview】
血液病を学ぼう!!
――全身が診療のフィールドとなり,基礎医学ともつながる血液病学の魅力とは?
神田善伸氏(自治医科大学附属さいたま医療センター血液科教授)に聞く
皆さんは血液病にどのようなイメージを持っていますか? 怖い,難しい,できれば診たくないと思っている方もいるかもしれません。確かに,細胞形態から免疫染色まで多くの知識が要求される血液病を学ぶのは大変ですが,その病因・病態を学ぶことで基礎から臨床までの幅広い理解につながり,常に患者さんの全身を診る診療習慣も身に付きます。
本紙では,このたび『血液病レジデントマニュアル』(医学書院)を上梓された神田善伸氏に,血液病の学び方について伺いました。すでにローテーションを済ませた人もそうでない人も,あらためて血液病を考えるきっかけとなれば幸いです。
理不尽な病と闘うために
――先生が血液内科に進まれたきっかけを教えてください。
神田 私が研修医になったのは1991年なのですが,当時はコロナリー・インターベンションが非常に盛り上がっていたこともあり,もともとは循環器科を志望していました。しかし,東大病院で血液内科をローテーションしたときに引き継いだ7人の患者さんのうち,2人が大学生ということがありました。1人は4年生で急性骨髄性白血病,もう1人は1年生で急性リンパ性白血病だったのですが,その1年生は大学に入った4月に白血病になり大学にほとんど行くことができないままに亡くなってしまいました。しばらくして,今度は16歳の骨髄異形成症候群の女の子の担当医となる経験もありました。
このように,本人の生活習慣とは関係がなく,何も悪いことをしていない若者が,ある日突然理不尽な病気にかかってしまい,日常生活を奪われる姿を目の当たりにして,そのような病気と闘いたいと思ったのが血液内科に進んだいちばんのきっかけです。
――血液内科医となって気付いた血液病学の魅力はありますか。
神田 固形腫瘍の場合,一般的には病理医が診断し手術は外科にお願いしますが,白血病のような血液病は自分たちで診断し,治療も自分たちで行います。このように悪性腫瘍の診断から治療までを完結できる唯一の内科であるところは大きな魅力だと思います。また,新薬の登場や移植診療の発展など進歩が早いということも特徴です
――血液病の治療は,分子標的薬の誕生で大きく変化しましたね。
神田 特に大きく変化したのは慢性骨髄性白血病(Chronic Myelocytic Leukemia:CML)の治療です。分子標的薬であるグリベック®(一般名:イマチニブ)の登場前は,造血幹細胞移植が治療のファーストラインでしたが,現在は内服薬のグリベック®だけでほとんどの人が長期間コントロールできる状況にあります。フィラデルフィア染色体の発見から約50年,そこからグリベック®が登場するまで約40年かかったわけですが,その長い基礎研究を経て1つの疾患の治療が根本的に変わりました。
基礎から臨床まで幅広くリンク
――それでは,血液病にはどのような特徴があるのでしょうか。
神田 まず,血液病はあらゆる臓器と関連するという特徴があります。また,疾患の病態を突き詰めていくと基礎医学と強くリンクする部分があるため,生化学や生理学,免疫学などの知識が必要となってきます。このように幅広くいろいろな分野とリンクするのも血液病の特徴です。
――血液病を学ぶことは,基礎から臨床までの幅広い理解に役立つということですね。
神田 実際に患者さんを受け持ち,その疾患について勉強しながら病態生理を考えていくことで,生化学や免疫学の幅広い理解も可能になると思います。
――現在,研修医はどのような環境で血液病を学んでいるのですか。
神田 貧血や血小板減少といった非腫瘍性疾患は主に外来で治療されているため,病棟での活動が中心となる研修医が診る疾患は,ほとんどが造血器腫瘍です。このことは血液病を学ぶ上では少し偏りますが,血液病診療のいちばんダイナミックな部分を経験することができると思います。ただ,現場を見ていると研修医は非常に忙しく,一つひとつの疾患の病態まで考えながら理解するといったことは難しい状況にあるので,本当はもう少し余裕のある研修ができればよいのですが。
――限られた時間のなかで,研修医は特にどのような点から血液病を学んだらよいのでしょうか。
神田 まずは,受け持っている患者の疾患の発症メカニズムを学んでほしいと思います。そして次に,その疾患の「治療」について勉強していってください。
血液科では,EBMが他領域よりも比較的先行していて,日常のカンファレンスでもデータに基づいたディスカッションが多く行われています。その一方でEBMが,例えば料理のレシピのように決められた診療だとか,ガイドラインと一字一句違わない治療などと誤解されている部分もあります。本当のEBMというのは,いろいろなエビデンスに基づき,目の前の患者さんの個性や人生観に応じてそれをうまく利用しながら最も良い治療を選択していくものですので,最低限の統計の知識とともにEBMの正しい考え方を研修医には学んでほしいと思います。そして将来的には,自分でエビデンスを作っていく臨床研究にも取り組んでほしいと思っています。
患者さんの決断を助ける「臨床決断分析」
――先生は,治療の選択にあたって「臨床決断分析」という方法を重視されていますね。
神田 決断分析自体は決して新しい考え方ではなく,経営や経済の分野では普通に行われ,医療でもQOLや医療経済の解析で広く用いられている手法です。これを治療に応用した臨床決断分析は,「決断樹」という木を描きながら,複数の治療法から選択した決断により生じるいろいろな過程を考え,最終的にたどり着く結果の評価から期待値を計算し,最初の決断の優劣を考え治療方針を決定するものです。結果はシンプルに書くと「生存」と「死亡」ですが,実際の診療では患者さんのQOLも大事になりますので,QOLの高い,もしくはQOLを害した生存などいろいろな状況が生まれます。医療費を考えて,高いコストを要した,あるいは安価な治療による生存といったことも考えられます。そこで,さまざまな最終結果に「期待効用」という点数をつけて,その望ましさを評価するのですが,そこに患者さん個人の人生観を取り入れることができます。そして枝分かれする際の確率を...
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