医学界新聞

2010.01.04

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


乳がん視・触診アトラス

霞 富士雄 著

《評 者》坂元 吾偉(坂元記念クリニック・乳腺病理アカデミー院長)

患者さんへの優しさと後輩への思いやりに満ちたアトラス

 敬愛する著者,霞富士雄先生の『乳がん視・触診アトラス』を手にしたとき,その圧倒的な症例の多さと写真のでき栄えの見事さに息をのんでしまい著者の執念を感じた。

 著者と小生は乳腺外科と乳腺病理と部署は分かれていても,30年以上も癌研で共に乳腺疾患の診療と研究に携わってきた。小生も乳腺疾患のすべての組織型の病理組織標本の収集を心がけてきたので,これだけの症例の写真をそろえることは日々の努力以外の何ものでもないことを身に染みて知っている。著者もはしがきに述べているように,「本書のような乳がんを中心とした多彩で徹底的な乳腺疾患のカラーアトラスを内外ともに私は知らない。待っていても将来,同じようなものができあがることはないであろう」。

 本書は初めに正常乳房の観察や視・触診の行い方に約50枚の写真を費やしている。そして,アトラスだけに写真の説明文だけで文章はほとんど無いにもかかわらず,その中に著者の患者さんに対する優しさと,後輩に対して視・触診の真髄を伝えようとする真剣さが感じられる。また同時に,写真であるから視診のみかと思うと,素晴らしい写真の呈示により触診の妙まで伝えてくれる。まさに視・触診アトラスである。

 さすがに症例数がわが国で最も多い癌研だけあって,極めて多くの症例が網羅されている。例えば葉状腫瘍の項を見てみたい。葉状腫瘍には良性,境界型,悪性とあり,一般的には悪性が大きく良性は小さいのであるが,良性にもかかわらず小児頭大を超える大きさになり,それに伴って皮膚の変化が起こる症例を果たしてどれだけの人が知っているだろうか。

 最後に,小生なりに著者がこのアトラスに情熱を注いだ心の奥を見てみたい。著者と小生が30年以上にわたって携わってきた乳がんの診断と治療は,この間大きく変化してきた。

 1980年までのマンモグラフィ以前は,乳がんの診断はまず視・触診だったが,現在は画像診断としてマンモグラフィ,超音波,MRI,CTと多岐にわたり,ややともすると視・触診を軽視する風潮がないでもない。乳がんの手術でも乳房全切除から乳房部分切除へと移行し,可能な限りのリンパ節郭清からセンチネルリンパ節生検へと変わってきた。

 そこで最初から乳房部分切除やセンチネルリンパ節生検を習った若い医師の中には,きっちりとした乳房全切除やリンパ節郭清ができない人が出始めたとの話も聞こえてくる。小生の専門とする病理でも,乳腺腫瘍の良悪性の鑑別をいきなり免疫染色に頼る風潮があるが,病理診断の基本はあくまでHE標本にあることと相通じている。すなわち,外科における視・触診と病理におけるHE標本はいずれも診断の基本であり,その基本が揺らぐと診断全体が砂上の楼閣となるということを著者は言いたかったのではないだろうか。

A4・頁324 定価17,850円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00804-4


プロメテウス解剖学アトラス 頭部/神経解剖

坂井 建雄,河田 光博 監訳

《評 者》仲嶋 一範(慶大教授・解剖学)

人体探検の素晴らしい案内人

 書評を書くに当たり,まずは解剖学実習を終えたばかりの現役の医学生たち数名に率直な感想を聞いてみた。いずれもとても高い評価であり,「こういう本を読みながら実習を進めれば,自分の解剖学の勉強もより効率的で奥深いものになっていたに違いない」という感想であった。そのような感想がそろって出てくるに足るユニークな特徴を,この本は有している。

 古典的で著名な複数のアトラスを含め,解剖学のアトラスは数多く出版されているが,本書は,単なる「地図帳」的なアトラスというよりは「図鑑」的であり,子どものころに夢中になって読んだ図鑑のように,いつの間にか引き込まれていろいろなページをめくり,熱中してしまうような面白さがある。医学生にとって必要かつ重要な情報が,コンピューターグラフィックスによる洗練されたわかりやすい画像情報に乗って快適に展開される。情報量は大量であるにもかかわらず,楽しみながら読み進めるうちに知らず知らずのうちにさまざまな知識が身についていくものと思う。

 本書が「図鑑」的である一つの理由は,それぞれの図がとてもわかりやすく,立体感をもって精細に描かれている上,見事な画像処理によって,時には表面から透かして奥の構造を表 示したり,逆に表面の必要な情報のみを表示して奥の構造を透かしたりするなどの工夫を凝らし,立体的な全体の位置関係を容易に理解できるように描かれていることにある。また,単に全体を見せるばかりでなく,それぞれの段階で必要な関連構造のみを提示する方法をとることによって,初学者がポイントをつかみやすくなっている。特に三次元的に複雑な内部構造を有する脳の構造を学ぶ上では極めて有効であろう。画家の優れた感性と高度な技術に感銘せざるを得ない。

 もう一つの理由は,単なる人体構造の解剖学的な記載にとどまらず,個々の構造に関連した生理学的な機能やほかの組織との関係,臨床的な事項に関する解説が充実していることである。特に神経解剖については,発生過程からひもとき,最終的な形態が完成するまでの道筋が随所に描かれているため理解しやすい。解説も,それだけが一人歩きすることはなく,あくまでも精緻で工夫された画像を中心に組み立てられているため,視覚的に頭に入ってくる。単なる「解剖学書」の域を超えて,全身を生きた一つの個体としてとらえ,その中における個々の構造の機能的位置付けが明確に解説されているため,特に医学部に進学したばかりの学生が解剖実習を行うに当たり,人体探検の素晴らしい案内人の役割を果たしてくれるものと思う。また,高学年や医師になって臨床医学を学んでから読み直しても,それぞれの病態や正常機能の構造的基盤を理解することができ,大変役に立つものと確信する。

 本書は,初学者から現役の医師を含む医療従事者,医学関連分野の教員に至る幅広い層に自信を持って推薦したい良書である。本書の日本語版の出版のために尽力された訳者の先生方および関係各位に感謝したい。

A4変型・頁432 定価11,550円(税5%込)医...

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