医工融合がかなえる次世代医療のかたち(澤芳樹,岡野光夫,妙中義之)
対談・座談会
2010.01.04
【新春座談会】新年号特集 ここまできた!! 人工臓器・再生医療医工融合がかなえる次世代医療のかたち | |
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人工透析や人工心肺など,臓器の機能を人工的に補う技術により,かつては致死的であった重症疾患も延命が可能となり,人工臓器はいまや医療現場になくてはならない技術となった。また,近年のナノテクノロジーや細胞工学などの技術の進歩により,もとの臓器と同等の機能を持った人工臓器やそのための再生医療,さらに両者を融合した医療技術開発への挑戦が進んでいる。
本座談会では,臨床医として重症心疾患の治療・研究に尽力する澤芳樹氏,組織工学を用いた再生医療に取り組む岡野光夫氏,30年にわたり最先端の人工心臓開発に挑戦してきた妙中義之氏に,人工臓器と再生医療の現状と課題,今後の展望についてお話しいただいた。
澤 臓器不全に対してこれまで行ってきた医療の歴史を振り返ると,失われた機能を代替する治療法として,人工臓器が非常に大きな役割を果たしてきました。古くは紀元前2500年ごろのエジプトのギザの墓から義歯が見つかったという報告もあるほどで,今日では日常行われる医療のなかにたくさんの人工臓器が使用されています。また,それにとどまらず,近年注目を集めている再生医療とともに,新たな治療の在り方が期待されている分野でもあります。
そのような背景のもと,本日は,人工臓器・再生医療のこれまでの流れ,現在の動向と課題,そして10年後を見据えた将来の展望について,人工臓器・再生医療のトップランナーかつパイオニアである妙中先生,岡野先生にお話しいただきます。
■救命からQOL向上へのパラダイムシフト
澤 まず,人工臓器の現状についてお話しいただけますか。
妙中 人工臓器の本来の目的は,失われた構造・機能を代替して命を助けるということです。人工透析機器,補助人工心臓,人工心臓弁,ペースメーカーなども生命を救うという目的で開発が始まりました。しかし近年,医療技術の進歩により,人工臓器の在り方は非常に多様化してきました。特に最近では,患者のQOLに重きを置いた機器の開発が進んでいます。
例えば,補助人工心臓を装着した患者は従来大きな駆動装置につながれて生活せざるを得なかったのですが,今では限られた時間ではあるものの,ある程度自由に動くことのできる小型の駆動装置が開発されています。現在われわれは,装着したままでも社会復帰が可能になるような次世代型の補助人工心臓の開発にも取り組んでいるところです(いのちと生活を守る人工臓器・再生医療参照)。
また,ペースメーカーも初期のものでは脈を打つだけだったのが,最近では体動などを感知し,自動的に適切なペーシングレートに変わるレート応答型の機器が開発されています。人工透析機器も人工材料などの進歩により性能が上がり,患者のQOLも向上しています。さらに,感覚器分野では,従来の眼内レンズに加え,人工網膜や人工内耳などの開発も進んでいます。このように,人工臓器は治療面だけではなく,コンセプト自体もどんどん発展してきていると言えます。
澤 岡野先生は,再生医療の立場から,人工臓器と再生医療をどのようにとらえていらっしゃいますか。
岡野 20世紀は科学技術が非常に進歩した時代でしたが,医学に関しては,工学のように一つの科学技術でブレークスルーを起こせる領域とは異なり,時代の進歩ほどには進んできませんでした。ですから,人工臓器の開発はわれわれにとって,今まで生きられなかった患者を生かすことができるという壮大な挑戦でもありました。
今後もより高度な機能を持った人工臓器の開発への挑戦は続くと思いますが,一方で近年生物学の進歩により,再生医療の分野において細胞を上手に利用するという考え方が出てきました。その一つが,無制限の自己複製能と分化した細胞をつくる能力を併せ持つ幹細胞を利用した治療法で,皮膚や軟骨は製品化され,現在実際の医療現場で用いられています。
さらに最近では,ES細胞(Embryonic Stem Cells:胚性幹細胞)やiPS細胞(Induced Pluripotent Stem Cells:人工多能性幹細胞)などの技術により,心筋細胞や神経細胞をつくることのできる可能性が期待されています。
妙中 近年は再生医療と人工臓器を組み合わせた新たな治療法も次々に開発されていますね。例えば,2007年に澤先生と岡野先生が共同で,世界初の補助人工心臓装着下での心筋シートによる心筋再生治療を行い,補助人工心臓の離脱に成功したことは記憶に新しいのではないでしょうか。
岡野 再生医療と人工臓器は対極的にとらえられることもありますが,人工的なシステムを構築して体を治療するという意味でコンセプトは同じで,共通の技術も多くあります。例えばiPS細胞を実際の治療に応用するには,これまで蓄積してきた人工臓器や組織工学的な再生医療の技術が必要です。ですから,私は21世紀は生物学と工学技術が一体になった横断的な仕組みのなかで,複合的な機能を追求する時代だと考えています。
澤 再生医療が20世紀末から21世紀にかけて新たな展開を迎えたことにより,人工臓器と再生医療のさらなる融合が期待できるようになったということですね。
岡野先生の研究室では,どのような研究に取り組んでいらっしゃいますか。
岡野 私の研究室で取り組んでいる再生医療の一つに細胞シート工学があります(いのちと生活を守る人工臓器・再生医療参照)。患者自身の口腔粘膜から上皮細胞シートを作製し,損傷した角膜に移植するという治療法については臨床応用を開始し,現在フランスで治験を行っているところです。
また,食道癌の内視鏡的切除術後の狭窄に口腔粘膜細胞シートを貼り付けて狭窄を止める治療法や,先ほど妙中先生がご紹介くださった心筋シートを重症心疾患患者の心臓に貼り付けるという治療法も人への臨床応用が始まっています。
さらに,歯周組織の再生のための歯根膜組織由来細胞シートや肝臓組織の再生についての研究にも取り組んでいます。肝臓組織の研究では,肝臓の細胞シートをマウスの皮下に入れると150-200日以上生き続け,アルブミンを血中に出し続けることがわかってきました。肝臓には2000-3000種類のタンパク質があり,どれか一つが足りなくても重篤な病気を引き起こすので,将来は肝臓をまるごとつくることを目標に考えています。ただ,大きな肝臓を生かすためには肝臓組織中に毛細血管を入れなければならず,また体内に入れるときには血管とつなぐ必要があるので,この辺りが現在の課題です。
澤 妙中先生は,再生医療についてどのようにお考えですか。
妙中 人工臓器の分野でも,再生医療と組み合わせることで新しい展開が生まれています。再生医療における組織工学の知見を人工臓器の領域に応用できないかという動きもその一つです。
例えば,われわれが研究している人工心臓には,皮膚を貫くチューブや電線の部分からの感染,ポンプ内にできる血栓,生体と補助人工心臓の結合部で起こる生体の異常増殖や血栓付着などの問題がありますが,再生医療の知見を取り入れることで克服できると考えられます。このように,両者に生かせる技術については協働可能なのではないかと思います。
■医工連携を超えた“医工融合”に向けて
澤 私も人工臓器・再生医療が一体となった医療が今後の臓器不全医療を支えていくだろうと考えていますが,人工臓器,再生医療ともに医工連携なしには成り立ちません。岡野先生はいつも「工学者は患者を治す立場に立って考えるべき」とおっしゃいますし,妙中先生は工学者とまさに一体になってデバイスを開発しておられます。お二人ともいわば“医工融合”という形で人工臓器・再生医療を推進してこられたわけですが,日本の現状をどう思われますか。
妙中 医工連携においては,私自身はあくまでも医師の立場から,どのように患者を助けたらいいかということを考えてきました。重要なのは,医療従事者と工学者が互いの考えを知ることで,私はこれまで両者の通訳を担ってきたように思います。
岡野 医工連携において陥りやすいのは,医師,工学者双方が,自分が変わるのではなく相手が何かやってくれるはずだと期待することです。自分自身が変わらなければ,計画書は書けても実際には何ものも産み出せません。
妙中 産業界あるいは工学分野から医工連携を提案する場合に多いのが,自分たちが蓄積してきた先端技術を何とかして医学に使えないかというシーズ主導型のプロジェクトです。もちろんそのなかから優れた医療技術が生まれることはありますが,本当に必要なのは,常に患者をみている医療従事者がどのような技術を必要とし,それをどうやって解決していくべきかというニーズ主導型のプロジェクトではないでしょうか。
将来を見据えることのできる医療従事者の育成を
岡野 ただ,今は医療にとって何が必要なのかというテーマを出すことのできる医療従事者自体が少ないのも事実です。妙中先生と私は同じ時期に米国のユタ大学に留学していたのですが,ここでは医師と工学者が一体になって研究する仕組みができていました。これは医学教育とも直結した問題ですが,日本の医学部にはそういう仕組みがまだ出来上がっていません。ですから,人工臓器や再生医療を標榜する新しいタイプの医師づくりについても,本気で取り組まなければいけない時代がきているのではないでしょうか。
澤 岡野先生のそのお考えを具現化されたのが,東京女子医科大学・早稲田大学連携先端生命医科学研究教育施設(TWIns)ですね。
岡野 はい。本学では2008年4月に早稲田大学との連携のもと,TWInsという医工融合研究教育拠点を立ち上げました。理工学と医学の出合う場として,新しい医療技術を研究・開発するとともに,この分野を発展させていく研究者や教育者を生み出すことを目的としています。両大学が蓄積してきたノウハウや技術を生かした新しいゴールを設定し,一体となって着実に進んでいきたいと考えています。
妙中 私はTWInsを何度か訪れたことがありますが,創設して間もないころの国立循環器病センターと同じような活気があり,非常に楽しみだと感じます。
私が本日持参した人工肺(図)は,国立循環器医療センター設立当初から医師と工学者が協働で開発に取り組み,改...
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