医学界新聞

2009.11.16

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


聴神経腫瘍[DVD付]
Leading ExpertによるGraphic Textbook

佐々木 富男 編
村上 信五 編集協力

《評 者》小松崎 篤(東医歯大名誉教授・耳鼻咽喉科学)

聴神経腫瘍の手術におけるよき目標となる書

 このたび,佐々木富男教授編集,村上信五教授編集協力による『聴神経腫瘍』を通読する機会を得たので,その感想を述べたい。

 最初に特記すべきことは,少数の手術写真を除いて写真が極めて鮮明であること,その写真が実際の手術の上で最も重要なポイントを的確に示していることである。手術用の顕微鏡写真であるため焦点が合致していることは当然としても,術野を十分に止血して,きれいにした上で写真を撮らなければならず,このためには術者自身が卓越した技術を持っていると同時に,手術に余裕がないとできないものである。

 この種の著書でしばしば思うことだが,著者だけが納得している術中写真を見せられ,読者が著者の気持ちをくんだ上でないと理解できないことがある。手術写真は読者が批判的な目で見ても有無を言わせず納得させられるような写真を示してもらいたいと常々思っており,サブタイトルに「Leading ExpertによるGraphic Textbook」となっているのもうなずける。

 本書の内容については,まず聴神経腫瘍の総論として症状,診断が述べられ,診断の部分では蝸牛神経機能,前庭神経機能,顔面神経機能,三叉神経機能など,聴神経腫瘍は大多数が内耳道内から発生し小脳橋角部に進展するため,これらの機能検査を中心に実際的に記載されている。

 さらに重要なことは,聴神経腫瘍の大多数が前庭神経から発生することはよく知られているが,(本書では述べられていないが)前庭神経のうちでも下神経由来が80-90%であることも近年の研究でわかっており,このことは早期診断上のみならず手術における内耳道内の操作に重要な意義を持つことである。

 後頭蓋窩法では開頭後の操作として後頭蓋窩内での腫瘍剥離のコツ,顔面神経の走行とそのバリエーション,内耳道後壁の骨削除,内耳道内の操作など聴力温存が不要な場合と必要な場合に分けて,その実際を多くの写真で示している。模式図ではなく具体的に,しかも的確な写真でこれらを示すことに力を注いだ著者の努力に敬意を表したい。このことは,本書に付属された手術のDVDでも実際の操作を見ることができる。

 さらに手術成績として288例の症例から顔面神経,聴力,味覚の機能検査の結果が示されている。

 この手術成績は自分に都合のよい症例だけを手術した結果とは異なり信頼のおけるものと思われ,聴神経腫瘍の手術を自分の得意分野の一つにしようとする者にとっての一つの目標点を示したことにもなる。

 一方,耳鼻科的アプローチは村上氏によって執筆されている。耳鼻科医が行う場合は主として経迷路法と経中頭蓋窩法であり,それらについて記載されている。

 経迷路法では習熟すれば乳突蜂巣-迷路開放-内耳道への到達はほぼ一直線でそれほど問題ないが,習熟していない場合はオリエンテーションに戸惑うことがある。その点,本書に図示されているように乳突蜂巣削開から三半規管の確認,半器官開放,迷路開放,内耳道への到達と明快な実際の写真を示し,模式図はあくまでも手術写真の説明に使用している配慮は効果的である。

 顔面神経を恒常的に同定することは,聴力保存とともに聴神経腫瘍手術の重要課題であるが,経迷路法は内耳道底を反射鏡や内視鏡などを使用せず常に確実に明視下に置くことができ顔面神経の同定には最も確実な方法である。しかし,本法の欠点である術後聴力が喪失すること,近年聴力の良好な症例が診断されるようになったことなどから,聴力保存のための中頭蓋窩法の記載がある。

 中頭蓋窩法での問題点は内耳道をどのようにして同定するかで,この同定にはいくつかの方法が考案されているが,著者も述べているように複数の方法で確認することが重要である。なお,内耳道の確認には筆者らは術前あらかじめ3D-CTで中頭蓋窩面を構築しておき,さらにコンピュータ上で内耳道上壁を開放しておく方法をとっているが,この方法だと術前に中頭蓋窩面や内耳道をあらかじめ記憶しておくことができるため有効な方法だと思っている。

 経中頭蓋窩は経迷路法に比して視野が狭いため,著者の言うごとく内耳道より1cm以上後頭蓋窩に突出した症例については,聴力保存は低下するが小腫瘍についての聴力保存率は良好で,手術成績も諸家の報告とともに後半で述べられており,これも一つの努力目標になろう。

 当然のことながら聴力保存のためには術中のモニタリングが重要である。そして,さらに重要なことは,術中にこの操作を行うと,誘発電位に異常を来す可能性があることを細心の注意の中に「病識」として持てるかどうかというところであろう。そうすれば,たとえその瞬間に誘発電位に異常はなくても,あえて数分間待ち異常がなければ手術を進行させることができる。その瞬間に異常がなくても数分後に異常が出現する可能性がある場合,そのまま手術を進行させると不可逆的な変化を起こし得るので,そのようなある種の「病識」は機能保存のために重要である。このことは聴神経腫瘍のいかなる手術法であれ共通した理念といってよいであろう。

 なお,随所にみられる「ワンポイント アドバイス」は著者の永年の経験から得られたアドバイスで,聴神経腫瘍の手術を行う医師にとっては参考になるところが多いはずである。

 DVDでは実際の操作で特に注意が必要と思われる操作について明快に示されている。ある程度の経験者であればおのおのの部分の重要性はわかるが,できれば術中の重要なポイントについて簡単なコメントを入れていただければより参考になったと思われる。

 以上,著者も「はじめに」の部分で述べられているごとく,この種の手術書には「良い手術書は思いのほか少ない」のも事実で,聴神経腫瘍の良い手術成績を残すためにも,若手・中堅医師に自信を持って薦めることができる手術書である。

A4・頁160 定価23,100円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00806-8


病理形態学で疾病を読む
Rethinking Human Pathology

井上 泰 著

《評 者》今井 康雄(獨協医大越谷病院准教授・病理学)

物語を読むように,一気に読んでしまう

 井上泰先生は関西地方で内科医として研鑽を積まれた後に人体病理学を志して上京され,東京大学医学部病理学教室に入局されました。私も内科出身ですが,縁あって1996年に1年間井上先生に人体病理学を教えていただきました。先生からは,事実をありのままに見よ,ありのままに記載せよ,作文をするな,とよく言われました。先生は大変な勉強家であり,『Human Pathology』『The New England Journal of Medicine』『nature medicine』に毎号目を通されていました。

 当時既に画像診断の進歩は著しく,検査結果と画像があれば診断と病態把握は十分だという風潮がありました。しかし,白黒画像を見てわかったようなつもりでいても,先生の実践的かつ的確な診断と考察により,わずかな組織検体から臨床診断と治療法が根底から覆っていく人体病理学のダイナミズムを目の当たりにし,眼前から霧が晴れるような思いをしたのが昨日のことのように思い出されます。

 その井上先生がこのたび『病理形態学で疾病を読む――Rethinking Human Pathology』を上梓されました。本書は東京厚生年金病院で行われた臨床病理検討会の症例を解説し,文献的考察を加えてまとめたものです。よくありがちな,既にある教科書の切り貼りではなく,最初から最後まで先生ご自身が経験された症例が先生ご自身によるオリジナルな文章によって記述されています。東京厚生年金病院のような都心の病院で,かくも奇怪な病気があるのかといった複雑な病態をきれいな写真をふんだんに用いて解説してあり,良質の疑似体験が可能になっています。個体という小宇宙の中で起きているさまざまな病態を深く洞察し,有機的に関連付けて理解し,複雑なパズルを解きほぐしていくように読者にわかりやすく解説されてあります。

 さらに,古くは百年前から現代の最新の関連文献までを深く読み込んだ解説が加えられています。それは古典的病理形態学から発生学,生理学,生化学,最新の分子生物学に及び,極めて高度な内容にもかかわらず,ふんだんな挿話とユーモラスな文体によってわかりやすく解説されています。物語でも読むように一気に読み抜けてしまう内容です。この書は医師向きの医学解説書であるとともに,登場する患者や文献を執筆した医学者の人生物語でもあります。その背景には病める人に対する畏敬と愛情がちりばめられています。

 よくある病気であっても患者の性格や生活環境,治療による修飾などが加わって病態は一人ひとり異なります。忙しい医師は診療に慣れてくると,おざなりの診察とうわべのデータチェックだけで隠れた疾患や病態の有機的なつながりを見落とし,対症療法のオンパレードに陥る可能性があります。そのようなときにこの書を読めば,患者から学ぶ,すなわち患者を全体として診る,丁寧に所見をとる,文献を読み込む,考える,そして患者にフィードバックするといった臨床医学の王道に再び立ち戻ることになるでしょう。

B5・頁352 定価8,820円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00741-2


乳がん視・触診アトラス

霞 富士雄 著

《評 者》秋山 太(癌研癌研究所病理部臨床病理担当部長)

ありとあらゆる乳がんの顔を示した圧巻のアトラス

 まさに圧巻である。本書を開いてしばらく言葉が出なかった。名医・霞富士雄先生らしい本だと思った。

 癌研では写真室(高野勝美氏,佐恕賀一男氏,加藤茂晴氏)の協力により,多忙を極める日々の診療の中で患者さんの写真が撮影されている。学会や雑誌での症例報告の際にその写真が使用されるが,このような本として世の中に出てくるとは想像もできなかった。膨大な数の非常にきれいで貴重な写真は保存されているものの,臨床情報との照らし合わせの作業や編集作業には想像を絶するご苦労があったと思う。本書のはしがきにそのご苦労がにじみ出ている。

 最近の霞先生の不隠な動きは察知していた。御茶ノ水から有明に通われていること,霞先生から私に時々妙な問い合わせの電話があること,などである。本書を見て,不隠な動きの理由がわかった次第である。霞先生とは1986年に初めて癌研大塚病院でお会いし,その後いろいろとご指導を受けているが,本書を通じて霞先生にまた何かを教えられたような気がしている。何かとは,知的好奇心と情熱かもしれない。

 私は顕微鏡で乳がんを見ていて,「乳がんに同じものはないな」と日々実感している。先生が乳房の写真を分類・整理する際には,試行錯誤が繰り返されたものと思う。肉眼で乳房に変化のある症例の写真集であり進行癌が主体となるが,その目次は「軽度の皮膚変化のある乳がん」,「中等度の皮膚変化のある乳がん」,「進行乳がん」,「超進行乳がん」,「炎症性乳がん」などとなっている。本書のはしがきは,「一臨床医として黙々と乳がんの診療を長い間行ってきた経験と,それから得られた知識の集積が,これからの乳腺疾患研究を志す若い学徒の一助になってくれるよう願って本書を世に問う」という文章で締めくくられている。本書は乳がん視・触診アトラスの金字塔であり,若い学徒に資するところ大であることは確実である。

 本書では霞先生命名による「“どうしてこれまで”がん」に代表されるような進行がんが多くを占める。乳がんを撲滅するには早期発見・早期治療が重要であり,まずは「“どうしてこれまで”がん」をこの世からなくすことが大切である。逆説的ではあるが,この本が博物館的な価値を持つような時代がより早く到来することを願ってやまない。

A4・頁324 定価17,850円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00804-4


膝MRI 第2版

新津 守 著

《評 者》福田 国彦(慈恵医大教授・放射線医学)

幅広いレベルの読者のニーズに応える格好のテキスト

 巻頭言に「自分はやはり『膝が好き』」,「ビュウワーに十字靱帯や半月板らしい形状が描出されると,鼓動が高まる」と記されている。まさに膝MRIの第一人者,新津守氏ならではの言葉である。

 全編に22のコラムがある。これらのコラムは疾患概念,用語の解説など本文で取り上げにくいことがまとめられており,また日常診療や研究に向けた新津氏の姿勢も書き込まれている。その中の「膝MRIのレポートは整形外科医とのキャッチボールである」では,お互いが相手の構えたところに捕りやすいボールを返球するのが重要と述べている。また,「これでいいのか膝のMRI」では,どのレベルの装置を使っているのであれ,その装置で得られる最高画質を引き出して臨床医に提供するのがプロの自覚であると,現場を叱咤している。

 さて,本題に入る。本書は既に膝関節のMRI診断のテキストとして定番である『膝MRI』の第2版である。内容がさらに充実し,MR画像も厳選され極めて上質である。同一症例のMR画像と内視鏡写真との対比や,経過観察をしたMR画像が多用されており,読者の理解を助ける。

 また,参考論文が該当文章の左隅にレイアウトされている。最近は読影室でも外来でもネット検索が可能な環境となっており,このレイアウトは現場でさらに詳しく知りたい読者に親切な配慮である。

 本編は全12章から成り,解剖と撮像法の基礎2章と各論10章から構成されている。著者が得意とするMRIの原理については,最小限にとどめている。全体のボリュームを膨らませないための配慮と思われるが,膝MRIに必要な技術は漏れなく症例を提示しながら解説されている。MRIを理解している人の手に掛かれば,同じことを書いてもわかりやすくコンパクトにまとめられるものだと感心する。各論では腫瘍以外のすべての疾患がカバーされており,膝MRIの現時点における総括といえる内容である。

 巻頭の本書の使い方では,忙しい現場で目を通せることを目的としたため,本文を箇条書きにしたとある。読ませるテキストではなく箇条書きにしたもう一つの理由は,著者が日常診療や研究の過程で気付いたことや論文から得た知識のメモ書きをそのまま,まとめ上げたからではないかと推察する。そのため,新津氏でなければ書けないキラリと輝く記述が随所に散りばめられており,まるで膝MRIの新津メモを盗み見ているようである。

 したがって,これから膝MRIを勉強する医師にも膝を専門とする医師にも,それぞれの読者のレベルやニーズに応じて,必要な要素が引き出せる格好のテキストになっている。本の厚さも価格も手ごろで,読影室に常備するのみならずMRI診断を行うすべての画像診断医,整形外科医,およびスポーツ医学を専門とする医師に必携の膝MRIのテキストとしてお薦めする。

B5・頁228 定価5,670円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00914-0


社会精神医学

日本社会精神医学会 編

《評 者》西園 昌久(福岡大名誉教授・精神医学)

わが国における現時点での社会精神医学の到達点

 社会精神医学は実践の医学である。カントはかつて「理論なき行為は暴力であり,行為なき理論は空虚である」と述べたといわれる。社会変動やグローバリゼーションの激しい今日,個人の価値観,家族のあり方,集団と個人のかかわり方も著しく変動する。また,個人の自己責任のみで生きていくことは困難である。精神障害の予防,患った人の治療,そしてリハビリテーションには社会精神医学的視点とその実践が不可欠なのである。

 本書は,その序で「日本社会精神医学会が総力を挙げて作った教科書である。教科書といっても学生向けというより,現時点でのこの分野の到達点を示す意味合いが強い。50人に及ぶ各専門分野の執筆陣にもそのことが示されていよう」と自負されているように,わが国の社会精神医学会がそこまで実力をつけてきたことを示すのであろう。その「序」にも40年前,懸田克躬,加藤正明共編の『社会精神医学』が刊行されたことが記されているが,それはわが国でまだ,社会精神医学の理論と実践が存在しなかった時期のいわば啓蒙の書であった。それに対比して本書は,この間の40年の精神医学・精神科医療の社会変動とかかわったある種の停滞,混乱とそれからの再建,進歩の体験を通して到達した内容と考えられる。

 本書はB5判480ページから成る大著である。内容は,社会精神医学とは,社会精神医学の役割,社会精神医学研究とその成果,ライフサイクルと社会精神医学,現代社会の特性と社会精神医学,精神保健サービスの提供と学術基盤,社会精神医学と近接領域,社会精神医学の課題と展望,日本社会精神医学会の歴史などの章立ての下,個々の項目ごとに記述されている。それらを具体的に挙げる余裕はないが,読み物としても興味がそそられるテーマが論じられている。それらは,社会精神医学を超えて精神医学の本質を考えさせてくれる。また,欧米のみならず,アジア各国の精神科医療についての記載があるのも素晴らしい。

 若干の意見を述べると,今日の精神医学は神経科学の発達に伴う生物学的精神医学主導で展開しているが社会精神医学はそれに対してどのような対応がなされればよいのであろうか。WHOヨーロッパ事務局のRutz W(2003)は「うつ,攻撃性,自己破壊行動,自殺,暴力,破壊的スタイル」の障害が先進国に多発することを例に挙げて,ドラマチックな社会変化が脳の発達と機能に影響を及ぼしたことと関連することであり,社会精神医学も従来の社会的次元のみに基づくものから神経科学上の新しい知見を取り入れた新しいパラダイムに発展すべきであると主張している()。生物学的精神医学が優位なわが国において,社会精神医学の次の目標は生物-心理-社会的モデルでの発達であろう。今一つ挙げれば,近代化したはずのわが国社会にあって,今なお人の心に沈殿し,自由な判断をしばしば拘束している「ムラ意識」の問題の解明である。

註)Rutz W:Rethinking mental health;a European WHO perspective. World Psychiatry 2(2):125-127, 2003

B5・頁480 定価11,550円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00708-5

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