医学界新聞

対談・座談会

2009.11.09

【座談会】

医師と製薬会社の適切な関係って?

宮田靖志氏(札幌医科大学医学部 地域医療総合医学講座准教授)=司会
斉藤さやか氏(筑波メディカルセンター病院 総合診療科)
俵望氏(洛和会音羽病院研修医)


 皆さんの周りにある,製薬会社名や薬の名前の入ったグッズを数えてみてください。ボールペンにクリアファイル,付箋,レポート用紙……結構な数になりませんか? また,医局で開かれる勉強会に行ったら,おいしいお弁当が出てきて薬の説明が始まった,なんて経験はないですか?

 今回は,そういった製薬会社からのサービスが医師の意識や処方にどんな影響を与えているのか,事例や調査データ,文献をもとに読者の皆さんと一緒に考えてみたいと思います。サービスを受けて「得した!」 と思う前に,「これってどうなんだろう?」 とちょっと視点を変えてみる,そんなきっかけになれば幸いです。


宮田 俵先生は普段,「医師としてどうあるべきか」など,周りの方々と話されることはありますか。

 いきなり抽象的な話題にはなりませんが,例えば患者さんから何かいただきそうになったときにどう対応すべきかなど,話し合うことはあります。

宮田 確かに,それには医師としての自分のスタンスが関係してくる場合がありますね。最近,そういった医師としてのあり方や職業倫理,すなわち「プロフェッショナリズム」が問われることが増えてきているんです。

 プロフェッショナリズム,ですか。普段はあまり耳にしない言葉かもしれません。

宮田 日本ではまだなじみが薄い部分もありますが,欧米では以前から,医師のプロフェッショナリズムとは何か,議論されてきました。その代表例が,2002年に欧米の内科専門医会が共同で作成した「医師憲章」です1-3)

 「患者の福利優先」「患者の自律性尊重」「社会正義の追求」がこの憲章の3原則ですが,これらの原則に基づく責務のなかには,「医療の質・アクセスの向上」「患者に正直であること」などのほか,「利益相反に適切に対処して信頼を維持する責務」というものがあります。身近な例では,MRさんなど製薬会社の方たちとの関係において,きちんと社会に説明できるような行動を取ることが,これに当たります。製薬企業と医師の間で大金が動くような事例がメディアに取り上げられたりすることもありますが,そこまででなくとも,私たち自身も実際にさまざまな利益供与を受けてきていますよね。

MRさんと,どう付き合っていますか?

宮田 例えば私が大学を卒業してすぐの話ですが,MRさんに高級クラブに連れていってもらうという経験をしました。そのときは驚きつつも「これが医者の世界なんだな」と納得し,あまり問題視することもなくしばらくは同じような状況に浸っていました。

 しかしその後,製薬会社からのサービスは受けない方針の医局に勤務することとなり,ずいぶん状況が変わりました。また,米国で医学教育を勉強していたときに「プロフェッショナリズム」が大きな話題になっていることを知り,それを学んだことがきっかけで,製薬会社からの利益供与についても真剣に考えるようになりました。今ではMRさんと会うことはめっきり少なくなってしまいましたね(笑)。

 斉藤先生の年代は医局でも中心的な役割を担うようになりますし,MRさんと接する機会も多いのではないですか。

斉藤 MRの方は,「ご挨拶だけでも」といらっしゃるのですが,「結構です」と1人に言ったら,どなたも話しかけてこなくなりました(笑)。患者さんに対してニュートラルであるためには,直接話す必要はないかなと……。

宮田 徹底していますね。医師になった当初から同じ姿勢だったのですか。

斉藤 学生時代に,医療倫理などについて書かれたバーナード・ローの著書4)を皆で毎週1章ずつ読んだりしていました。周りにそういった問題について活発に議論する人が多く,そうした環境に身を置いていたことも影響していると思います。

宮田 俵先生はいかがですか。

 上級医の先生が立ち話をしているのを見かけるぐらいで,直接話しかけられることはまだあまりないですね。音羽病院では,MRさんが医局の中までは立ち入れないという決まりがあり,週2回,決まった曜日に訪問してくるようになっているんです。

宮田 きちんとしたルールがあるんですね。

斉藤 食事会などに参加されたことは?

 ローテート中の診療科にもよりますが,製薬会社提供の食事会に出席したことはあります。薬の説明もなく,スポンサーとして製薬会社が存在しているだけという会もありました。……今考えると違和感がありますね(笑)。

ボールペンから高級ステーキまで

宮田 ここからはいくつか,製薬会社からの利益供与の事例(表1)を見ていきたいと思います。これはすべて私自身の過去の経験をアレンジしたものです。俵先生,事例(1)のM先生の行動はどう思われますか?

表1 M先生の行動は適切だろうか?

事例(1)
 ローテート中の2年目研修医M 先生は,指導医の先生らとともに学会出張した。学会終了後指導医に誘われ,MRさんと食事に行くことになった。案内されたのは今まで来たこともないような高級レストラン。「何でも好きなものを」とMRさんに促され,1枚2-3万円もするステーキを注文した。何となくしっくりこないものを感じはしたが,ステーキは間違いなくとてもおいしかった。

事例(2)
 卒後8年目を終え,転勤するM先生の送別会を開くことになった。例年送別会は,居酒屋で勉強会と称して薬の説明会を行い,その後宴会という流れ。今年も「胃薬○○の説明会ということでどうでしょう?」とMRさんが持ちかけてくれた。かたちだけは会費1000円を徴収したものの,残りの会計は製薬会社が負担。送別会は例年通り盛況で,M先生も楽しんだ。

事例(3)
 卒後10年目で指導医の立場にあるM先生は,勉強の場をもっと作りたいと考えていた。そんな折MRさんから「新薬○○の説明会をぜひ」と提案が。快諾すると「お弁当はいくつ用意しましょうか?」――数日後,医局員が集まり,豪華な寿司折り付きの説明会が実施された。

事例(4)
 M先生は,「『○○』の日本語版,うちで出していますのでぜひどうぞ」とMRさんに渡されたので,お礼を言って受け取った。△△製薬と入ったカバーのついた『○○』が医局にも数冊置かれており,M 先生は研修医にもこの本を勧めた。

事例(5)
 M先生は,「新薬○○の処方よろしくお願いします。パンフレットもご覧ください」とMRさんから声をかけられた。パンフレットに簡単に目を通した後,同封されていた○○の名前入り3色ボールペンを胸ポケットに入れ,M先生は外来診療に向かった。

 すごく身近な設定だなと思いますね。実は私自身も,似たような経験をしたことがあります。上級医と一緒に高級料亭に案内されて,何でも注文してくださいと……。でも本当は,不適切なことだと思います。

宮田 研修医でも処方権はありますよね。接待を受けたことが,自分の処方に影響してしまうことはありますか。

 自分が直接薬を選ぶときに,どの会社の薬を使っているという知識があまりないので,今の時点ではあまり影響はないと思います。でも自分の処方は,上級医に色濃く影響を受けています。その先生がもしかすると製薬会社から影響を受けているかもしれないと考えると,結局自分も間接的には影響されていることにはなるかもしれません。

宮田 あるところで,医学部5年生に(1)について意見を聞く機会があったのですが,どれぐらいの人が不適切だと答えたと思いますか?

 9割ぐらいですか?

宮田 実は,ほとんどの人がこれくらいなら許されると答えたんですよ。意外な答えにびっくりしてしまいました。

 事例(2)はどうでしょう。

斉藤 新年会など,医局の定例行事を製薬会社がサポートしているということはよくありますよね。

 そうなんですか。自分が体験していないこともあって,(2)には違和感を覚えますね。

宮田 事例(3)はどうですか。

 これはポリクリのときに経験があります。医局の先生方と一緒に,週1回,お弁当付きの新薬の説明会に出ていたことがありました。逆に今いる病院では,こういうことはないです。

宮田 ある研修病院の研修医のランチョンレクチャーは,全部,製薬会社提供のお弁当付きという話を聞いたことがあります。

 へぇー!

宮田 お弁当が出ないと勉強に来ないので,食べ物で釣るんだとか(笑)。

 事例(4)は,いかがですか。

 今ポケットに入っているのは,まさしく製薬会社の方にいただいた本です(笑)。でも正直なところ,ありがたいです。毎年改訂後のものをいち早く持ってきていただいていますし。

宮田 本のカバーに薬剤名が書いてあったりしますが,その薬の処方が増えるということはないですか。

 うーん。どこからもらったかも,あまり意識していないので……。

斉藤 深層心理としては,頭に入っていると思うんですよね。会社や薬剤の名前を記憶に残すには,視覚刺激だけでも十分ですから。

 なるほど。似たような薬だったら,記憶しているほうについ飛びついてしまうかもしれません。

宮田 事例(5)についてはどうですか。

 助かるなと思ってしまいます。ボールペンってよくなくなるので。

宮田 3色ボールペンは,もらうとなぜかうれしいですよね,重宝しますし(笑)。周りの人も,製薬会社からもらったボールペンを使っていますか。

 そういう人が多いと思います。

自分に都合よく考えてない?

宮田 斉藤先生は,製薬会社からの利益供与に関して大規模な調査をされたんですよね。

斉藤 はい。私たちが行ったのは,47都道府県の診療所と病院で働く現役の医師を対象とした郵送調査です(表2)。

表2 医師とMRとの関係に関する全国調査(斉藤さやか,向原圭,尾藤誠司)

調査標本】全国の診療所・一般病院の臨床医2632人
 (内科・外科・整形外科・小児科・産婦人科・精神科・眼科)

研究デザイン】無記名自記式アンケートの郵送調査

実施時期】2008年1-3月 【有効回答率】54%(n=1411/2632)

回答者】男性:女性=77:23,卒後1-20年:21年以上=59:41,診療所:病院=58:42

結果
製薬会社の販売促進活動にかかわっている回答者の割合
MRさんとの面会98%,薬の試供品を提供される85%,文具を提供される96%,薬の説
明会(職場内)への参加80%,食事(職場外)を提供される49%,製薬会社提供の勉強
会への参加(職場外)93%,勉強会参加費の補助を受ける49%
MRさんとの関係について(そう思う-どちらともいえない-そう思わない)
<情報的価値>
MRさんは臨床医学の生涯教育に必要な存在である 73%-15%-12%
MRさんは新しい薬について正確な情報を提供している 73%-19%-8%
MRさんは古い薬について正確な情報を提供している 46%-33%-21%
<販促活動の影響>
MRさんとの会話は自分の処方行動に良くない影響を与える 6%-25%-69%
MRさんからの贈り物は自分の処方行動に良くない影響を与える 10%-23%-67%
MRさんからの贈り物は他人の処方行動に良くない影響を与える 16%-34%-51%
<贈り物の授受>
低額な贈り物を受け取ってよい 28%-35%-37%
高額な贈り物を受け取ってよい 5%-10%-85%

 MRさんとの会話や贈り物が自分の処方行動に良くない影響を与えると思うか,また他人に関してはどう思うか,それぞれ結果が示されています。実はこの「自分」と「他人」の間には有意差があって(p<0.001),自分よりも他人のほうがよりMRさんから影響を受けているのではないかと考えていることがわかります。

 さらに,MRさんに接触する回数の多い人ほど,「MRさんの情報的価値が高く」「MRさんからの贈り物を受け取ることは適切である」と考えていることも明らかになりました。

宮田 なるほど,自分の都合のいいように考えているということでしょうか(笑)。

斉藤 自分よりも他人のほうがより影響を受けると思っている人が多いというのも,興味深いですよね。これは米国における先行研究でも示唆されているんです5)

宮田 そういう心理を,“Self-serving bias”というのですが,斉藤先生のおっしゃった米国での調査でも,61%の医師は,製薬会社からの働きかけに「自分は影響されない」と考えている。でも「自分以外の医師も影響されないだろう」と思っている人は16%しかいないという結果が出ています。

 さらに,実は医師だけでなく患者さんも「自分の担当医は大丈夫だけど,ほかの先生は危ないんじゃないか」と思っているという結果もあります6)。つまり皆が皆,自分の都合のいいように考えているわけです。

 自分の都合のいいように考えてしまうことが,製薬会社からの利益供与とどのようにつながるのですか。

宮田 なじみのMRさんに「この薬,ぜひ処方をお願いします」と言われてその薬を処方したとしても,「自分はMRさんのくれる情報を鵜呑みにせず,きちんとしたエビデンスに基づいて処方したんだ」と思っているんです。一方で,同僚や他人のことは,「MRさんに言われるままに処方しているんじゃないか」とみている。

 自分が影響を受けていることを,認識できないということでしょうか。

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