医学界新聞

2009.10.12

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


プロメテウス解剖学アトラス 頭部/神経解剖

坂井 建雄,河田 光博 監訳

《評 者》濱口 豊太(埼玉県立大准教授・作業療法学)

心理に影響する頭部/神経解剖

 『プロメテウス解剖学アトラス 頭部/神経解剖』は視認性に優れた解剖図と洗練された説明文によって学習者の知的吸収を促進する肉眼解剖学教科書である。先に刊行された第1巻には,総論と運動器系,第2巻には頸部・胸部・腹部・骨盤部が収録され,第3巻の本書は,高次神経機能を支える脳と脊髄,神経機能としての知覚系,運動系が展開されている。頭部に集中する視覚・前庭覚・聴覚・味覚・嗅覚などの知覚受容器と,消化器と呼吸器の入口である口腔,咽頭部の学習に適した書である。

機能的理解を促進する視覚手法
 「全体から局所へ」「単純から複雑へ」「一つの器官から臓器間の機能的関連へ」,本書のシリーズは一貫していくつかの段階に分けて解剖している。最初に頭蓋左側面を示し,左側面から見た骨の範囲や境界を識別して局所の構造理解へと誘う。全体から局所への流れだ。頭蓋骨構造の次は表情筋が概観され,そこに血管,神経,結合組織などの位置関係と機能が解説される。脳神経の序盤までの図は立体的かつ色で識別された肉眼解剖図であるが,それ以降,単純平面図と立体構成図とを使い分けている。これは単純から複雑な構造の理解を読者にもたらす手法であろう。脳幹の神経核や末梢神経節の局在と神経走行,あるいは,視覚・聴覚・前庭覚などの知覚器の構造と機能を読者に理解させるために,この手法は効果的だ。

 読者はこのような教育的配慮を受けながら,脳-神経-筋,脳-知覚器,内臓諸臓器の接続によって臓器間の機能的関連までを理解できる。加えて,随所に解剖学的位置,触診部位,視診部位,病変したときの症状などが図解される。本書は人体構造とその機能のみならず,適宜に診断と治療への示唆までを具備している。

心理の解剖学
  表情筋の構造と機能には他者の心理に働きかける作用がある。心理情報授受の手段としてヒトの表情変化が系統的な解剖学書に解説されたのは本書が初めてではないだろうか。本書には「頭部の筋」の節に表情筋の作用として「口輪筋の収縮は決意を表す」「頬筋の収縮は満足を表す」など12種類の表情筋の心理作用が示されている。神経解剖の章,機能系では知覚系に並んで辺縁系がある。脳地図の上に帯状回と海馬と扁桃体がブロードマンの領域番号とともに描かれ,「辺縁系は衝動や情動行動に関与し,記憶,学習にも関わっている」と解説されている。同じく機能系「脳:臨床」には特定の脳領域の傷害に起因する行動変化が辺縁系の解剖図とともに示されている。脳と諸臓器の連絡が解剖学で明らかにされ,それらが心理・行動発現の基盤となるさまが解剖学書に記されたことは,行動医学,心身医学を追究する者に勇気を与えることだろう。

 本書の図解は,解剖学ならびに脳科学の膨大な情報量とその複雑さや深さを読者に感じさせない。それほど本書は整えられている。医学のみならず,心理学や教育学にも本書を参考としてみる価値がある。

A4変型・頁432 定価11,550円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00603-3


カラーアトラス 子宮頸部腫瘍

井上 正樹,尾崎 聡 著

《評 者》平井 康夫(癌研有明病院・細胞診断部部長)

ベセスダシステム2001に基づく本邦初の教科書

 井上正樹,尾崎聡の共著『カラーアトラス子宮頸部腫瘍』を拝読した。本書は,子宮頸癌検診に携わる細胞診従事者を対象とした,細胞診断学の好著である。また,細胞診従事者が子宮頸部腫瘍について必要にして十分な知識を身につけることを目的に編纂された秀逸な解説書でもある。子宮頸部腫瘍の深い理解に不可欠な,細胞診,コルポスコープ診,組織病理診の三者が入念に著述されている。さらにそれぞれが美麗なアトラス写真として視覚化され,多数呈示された。

 今日,世界のそしてわが国の臨床細胞診断学は大きく開化し変貌しようとしているかにみえる。開化の先がより洗練され,より厳しい精度管理に耐えうる臨床検査学としての細胞診の方向なのか。それともより形態と病理に根ざした細胞病理診断学としての完成をめざす方向なのか。混沌とした中で種々の新規技術が積み上げられて,実学としての細胞診は進歩し続けているかにみえる。現在わが国では子宮頸部細胞診報告様式において,旧来の日母クラス分類からベセスダシステム2001への切り替えが急ピッチに求められている。米国に端を発したベセスダシステムの取り入れは,黒船襲来と揶揄されるかもしれない。また,同じく米国が主導した新規技術としての液状化処理細胞診(LBC)は,日本でも確実な広がりをみせつつある。一時期世界的にみられたLBCの礼賛は影を潜め,代わって,LBC本来の細胞自体の保存性の高さに着目した,地道な評価研究や臨床への応用が進みつつある。

 こうした時期にあたり本書は,ベセスダシステム2001の報告様式を詳述し,その臨床的使用と実地の運用について詳細に解説した。よって本書は,現時点で日本で唯一,最初の,ベセスダシステム2001に基づく子宮頸部細胞診断学の教科書となった。

 本書はまた,LBCの実際についてその手技を詳しく解説した。各章では自験例に基づいた多数のLBCによる症例写真を呈示し,供覧している。この点においても本書は,直接塗抹法による細胞診の症例写真を主とした,旧来の子宮頸部細胞診断学教科書とは一線を画す快挙を成し遂げた。

 第2章の「子宮頸癌発生の分子機構」は純学問的にも,まさに著者らの真骨頂ともいえる一章に仕上がっている。ここでは,頸癌発生の分子機構の最新知見が多数の図表に基づいて視覚化され,簡潔に述べられている。これらの知見の多くは,子宮頸癌を予防し撲滅する最終兵器として期待を集める最近のHPVワクチンの開発や発展につながるものである。

 各章の自験症例に基づくコルポスコープ写真と病理組織写真は,細胞診断学における細胞像の理解に欠かすことができない。これらは細胞診の形態的理解の基盤を提供するに足る網羅性と美麗さを備えている。

 本書はまさに,扉に記された「三位一体で学ぶ細胞診断学」アトラスとして,細胞診従事者必携の一冊として各所で永く残る秀逸な名著である。

A4・頁176 定価8,610円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00697-2


運動器外傷治療学

糸満 盛憲 編

《評 者》松下 隆(帝京大教授・整形外科学)

整形外科医が身につけるべき外傷治療の知識を網羅

 本書の帯には,「整形外科医である以上,『外傷治療』は外せない」と書いてある。ところが,編者の糸満教授が序文に書いておられるように,「運動器外傷の教育が実際の症例をもとに包括的・系統的になされている大学はきわめて少ない」。

 本書を執筆された北里大学整形外科学教室はその数少ない「外傷に取り組んでいる教室」で,主任教授の糸満先生は日本骨折治療学会の初代理事長を務められ,日本の骨折治療の進歩に尽力された先生である。先生が総論の冒頭に書いておられる「骨折治療の歴史と治療の基本的考え方」は骨折治療の進歩がわかりやすく整理されており,現在行われている治療のコンセプトを理解したり,骨折治療をどのように進歩させていけばよいかを考えるのにとても役立つ内容となっている。執筆陣は北里大学整形外科学教室出身の15名であり,この人数でこれほどの内容の書籍を執筆するのは大変な作業であったことと思う。その能力と努力とに敬意を表したい。

 さて,多くの先進国では外傷患者を集め,集中的に治療する外傷センターが整備されている。そのような国では症例も専門医も集約されているので,外傷の治療は外傷専門医のみが行うシステムが確立している。そして外傷センターでは極めて効率よく短期間に外傷治療の教育を行うことができる。しかし,外傷センターが整備されていない日本では,外傷患者が多くの病院に分散し,ほぼすべての整形外科医が外傷の治療にあたらざるを得ない。その結果,骨折治療の教育をすべての整形外科医に対して行わなければならないのが現状である。

 教育の内容は,大きく知識と技術とに分けられる。技術については,すべての整形外科医が難しい骨折を治療する技術を身につける必要はなく,症例数が多く治療手技が比較的容易な骨折を確実に治療する技術を身につければよいと考える。ただし,知識については難治骨折も含めてすべての知識を身につけ,自分が手術してよい骨折と,専門家に転送すべき骨折とを見極められる能力を身につけておかねばならない。

 本書はすべての整形外科専門医が身につけておくべき外傷治療の知識を網羅した書である。この書が一人でも多くの若い整形外科医に読まれ,日本の外傷教育に役立つことを願っている。

A4・頁616 定価33,600円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00761-0


《標準理学療法学 専門分野》
日常生活活動学・生活環境学 第3版

奈良 勲 シリーズ監修
鶴見 隆正 編

《評 者》林 義孝(大阪府立大大学院教授・理学療法学)

障害者と実生活を結ぶリアリティに富んだテキスト

 専門科目の授業が多くなる学年に上がってきた学生に,どんな授業に関心があるかを聞くと,ほとんどの学生が臨床的科目と答えます。障害を医学モデルの範囲でとらえ,それらに対する理学療法技術の適応を学ぶことに,専門職としてのやりがいを見いだしているのでしょう。なるほど,学生の思いは正直で屈託がなく,教える側も納得できます。

 しかし,明日の理学療法を担う学生を,好きな科目にだけ価値観を傾けられるようなカリキュラムで育てたとすると,将来,理学療法士の専門知識と技術を必要とする人々の期待に応えることができるのでしょうか。

 障害をとらえる視点を医学モデルからさらに進め,高齢者や障害を持つ人々が,実際の社会生活に適応するための生活モデルにおける支援技術としての理学療法技術を,多くの時間を割いて学生に学んでもらいたいと,平素から思いを巡らしています。

 それには,教科書となる適切な専門書が不可欠となります。しかし,わが国の生活風土や文化についての知識がいまだ浅い学生に,障害者と実生活を結ぶリアリティが不足した専門書を教科書として読ませても,家屋改造や福祉用具を断片的に紹介する,単なる生活カタログ的な知識の集合体の講義と解釈されてしまい,授業への関心が薄らぐ一因となりかねません。

 この危惧を,大いに払拭してくれた専門書の一つが,今回で3版を重ねる,『標準理学療法学専門分野 日常生活活動学・生活環境学 第3版』です。本書を手にして初版(2001年)と比べると,その内容の充実ぶりに,編集者と執筆者が,実学的な視点を重視しながら版を重ねてこられた,努力と意気込みが伝わってきます。

 初版から,随所に図表をふんだんに取り入れていることで,本書が学生の講義にとどまらず臨床の場面でも,大いに役立つ専門書であるとの定評にも納得できます。とりわけ,この第3版で,「法制度関連資料」および,類似した行政用語をまとめ解説を加えた,「日常生活活動学・生活環境学の基本用語解説」が共に巻末付録として納められたことは,臨床の場で実に役立つ内容であり,高く評価したいものです。

 他方,学生の現実的視点からは,日常生活活動学と生活環境学の異なる2つの領域の本が,まとまって1冊になっていることが,経済的にも持ち運びの面からも,極めて好評のようです。

 本書に期待する理由が,もう一つあります。「優秀な療法士は,合理的な指導や科学的な裏づけのもとに,あらゆるトリックを駆使して,不可能だった運動を可能にする。目的を知悉した,熱意のある訓練が必要なのだ」

 この一文は,世界的な免疫学者である多田富雄氏が,2001年に突然重度の片麻痺となった体験を綴り,平成の「病床六尺」と評される著書(寡黙なる巨人,集英社,2007年)から,原文のままを転載させていただきました。

 これらの期待により一層応えるには,理学療法士がこの分野における不断の研究と,学生へは優れた教育の提供が共に不可欠です。

 本書は,この目的を果たす知の集積としての内容を,十分に兼ね備えていると言えます。

B5・頁392 定価5,670円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00758-0


身体診察シークレット
Physical Diagnosis Secrets, 2nd Edition

金城 紀与史,前野 哲博,岸本 暢将 監訳
Salvatore Mangione 著

《評 者》田中 和豊(済生会福岡総合病院臨床教育部部長)

問題解決のための「身体診察学」

 現代のわれわれの日常診療では,身体診察はどれだけ重要視されているであろうか?

 検査ばかりして身体所見をほとんど採らない内科医,採血や画像のオーダーだけする救急医,心臓のエコーやカテーテル検査ばかり見て心音の聴診をしない循環器内科医,神経学的所見をほとんど採らずにMRIばかり見る脳神経外科医,神経学的所見は採るが最終的にすべてMRIを撮る神経内科医,腹部の診察をほとんどせずに腹部CTばかり見る外科医……。

 高度先進医療社会の現代では,身体診察というのは過去の産物だと考える医学生や若い医師も多いのではないだろうか。しかし,今回翻訳された『身体診察シークレット』を拝読すると,身体診察は先人たちの経験と叡智によって,「身体診察学」と名付けてもよいほどにまで学問的に体系化されていることがわかる。この「身体診察学」では,単に経験した現象の記載にとどまらず,高度医療機器が発達していなかった時代に先人たちが,観察した現象から本質的な病態にまで迫ろうとした血のにじむような努力がうかがわれる。

 また,本書を読んでわかることは,さまざまな症候にはその定義があり,診察方法にも一定のやり方があるということである。すべての医師は身体診察を行う際には,これらの定義と手法を明確に記憶すべきである。

 さらに,本書は症候を単に羅列するだけでなく,症候を発見した各医師のエピソードを織り込むことによって,読み物として大変興味がわくように工夫されている。それだけではない。本書は「百科事典的・経験的身体診察学」を単に質問形式にして読み物風に変えただけではなく,うれしいことにEBMのデータが補足されている。現在ではEBMによって多くの症候の感度・特異度が計算され,どれだけ信頼性があるのかが明確になっている。このEBMのデータを記載することによって,本書は単なる「百科事典的・経験的身体診察学」の本から,「問題解決的・科学的身体診察学」の本へと仕上がっている。

 診察の手順などもわかりやすく翻訳してあり,大変読みやすい。翻訳者の苦労がうかがわれる。自分の身体診察がこれでよいのか疑問に思ったとき,気楽に辞書的に読めてかつ簡潔にエッセンスがまとめてられている本書を,医学生や研修医のみならず,すべての医師が座右の書とすることをここに勧める。

B5変・頁822 定価8,820円(税5%込)MEDSI
http://www.medsi.co.jp/

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