大木隆生氏に聞く
インタビュー
2009.10.05
【interview】
血管疾患治療を変えゆくステントグラフト内挿術の現在
大木隆生氏(東京慈恵会医科大学外科学講座統括責任者・血管外科学教授)に聞く
1969年に米国において血管内治療の概念が提唱されてから40年。現在の欧米における腹部大動脈瘤,胸部大動脈瘤の治療は,1990年代に開発された,低侵襲のステントグラフトによる血管内治療が主流となっている。わが国においても,2006年に腹部大動脈瘤の企業製造ステントグラフトが使用承認されて以降(胸部大動脈瘤は2008年),徐々に広がりつつある。
本紙では,米国においてステントグラフト内挿術の進歩に貢献し,現在はわが国で後進の指導にもあたる大木隆生氏に,現在のステントグラフト内挿術をめぐる状況についてお話をうかがった。
――胸部大動脈瘤,腹部大動脈瘤ともに,近年欧米でも日本でも症例数が急増していると聞きます。
大木 大動脈瘤は,喫煙,高血圧,家族歴,加齢などが発症のリスク因子とされています。従来日本の高齢者は,日本食を食べて欧米人と比較して健康に年をとった人が多かったのですが,今後は喫煙者や食生活が欧米化した,動脈疾患のリスクを抱えた“ベビーブーマー”が大量に高齢化してきます。それに加え,超音波,CT,MRなどの画像診断の発達・普及により,これまで発見できなかった動脈瘤など,症状のない疾患が見つかるようになってきた背景もあります。さらに,メディアが大動脈瘤を取り上げるなど,社会の認知度が上がっていることも症例数の増加につながっていると思います。
症例数の増加に伴い,治療法の開発も進んでいます。従来は,開胸・開腹した上で大動脈瘤を切除し,人工血管で置き換える「人工血管置換術」という治療法が用いられてきました。人工血管置換術は,われわれも含め現在でも行われている治療法ですが,侵襲が大きいため,合併症発生率が高いという問題があります。こうした開胸・開腹手術の欠点を補う目的で,1990年代に入り,欧米で「ステントグラフト内挿術」という低侵襲のすぐれた治療法が開発されました。
――ステントグラフト内挿術について,簡単にご説明いただけますか。
大木 ステントグラフト内挿術は,脚の付け根の部分を3cmほど切って,大腿動脈からカテーテルを通してステントグラフトという金属性の人工血管を挿入する方法です。動脈瘤の上下の正常血管にステントグラフトを内張りのように固定することで,開胸・開腹せずに動脈瘤の破裂を予防できます。
デバイスがないというねじれ現象
――ステントグラフト内挿術の開始にあたっては,障壁もあったと聞きました。
大木 はい。ステントグラフト内挿術は,腹部大動脈瘤が米国で1999年,欧州では1997年,胸部大動脈瘤が,欧州で1999年,米国では2004年に保険適用が開始されました。一方,日本でステントグラフトが保険適用となったのは,腹部大動脈瘤で2007年,胸部大動脈瘤で2008年からです(薬事承認は腹部大動脈瘤が2006年,胸部大動脈瘤が2008年)。ですから,腹部大動脈瘤のステントグラフトでは,約10年のデバイスラグがあります。
――保険適用前は,どのように対処していたのですか。
大木 保険適用には,術式とデバイスの2つがありますが,ステントグラフトの術式自体は2002年に保険収載されていました。術式は保険適用になっているのに,デバイスがない。このねじれ現象ともいえる状態は,現場の医師に「手作りのデバイスで治療を行え」といっているとも受け取れます。
インターネットなどを通じて直接情報にアクセスするようになり,患者は世界レベルの最新の治療法を知るようになりました。欧米で侵襲性の低いステントグラフト内挿術という治療法が行われていることを知れば,患者は当然日本の病院にも同様の治療を求めます。ですから,医師も頑張ってステントグラフトを手作りしていたのです。しかし,自作のものは企業製に比べて性能が劣りますから,不具合が懸念されており,実際不幸にも死亡事例を含む医療事故が起きて民事訴訟にまで発展していました。これでは,患者を救いたい一心で夜なべしてステントグラフトを作成した医師が製造物責任法にも問われかねません。医師,患者双方にとって,不幸な状況だったと思います。
そのころ私は米国にいましたが,日本から何人もの患者がステントグラフト内挿術を受けに渡米してきました。高額の治療費を自費で支払う患者の姿を見たり,日本で自作のステントグラフトによる医療事故が起きていることを聞き,デバイスラグの問題の大きさを痛感しました。ですから,企業製造ステントグラフト(註1)が保険適用になったことは大変な朗報でした。
愚者は経験に学び,賢者は歴史に学ぶ
――企業製ステントグラフトが保険適用となり,この方法は今後主流になっていくと考えてよいでしょうか。
大木 ステントグラフト内挿術の対象となる高齢者は,さまざまな生活習慣病を抱えています。ですから,開胸や開腹を必要とする手術を行えば,当然,一定の合併症発生率,死亡率のリスクがあります。また,全身麻酔を要する侵襲性の高い手術を行って1か月以上の入院となれば,これまでぎりぎりで自立生活をしていた高齢者が,介護施設での生活を余儀なくされるなど入院前のQOLを維持できなくなってしまうこともしばしばありました。
一方,ステントグラフト内挿術の場合は局所麻酔下で,脚の付け根を少し切るだけで,入院期間も5-6日で済みます。この違いは劇的です。欧米では,胸部・腹部大動脈瘤患者の半数以上がステントグラフト内挿術による治療なので,今後日本でも主流になっていくと考えられます。実際,2008年に本学において治療した胸部・腹部大動脈瘤疾患410例のうち7割以上がステントグラフト内挿術による治療です。ただ,保険適用になって間もない新しい治療法なので,普及にはもう少し時間がかかると思います。
実施にあたっては,日本血管外科学会や日本心臓血管外科学会を中心とした10学会で編成された「ステントグラフト実施基準管理委員会」が,実施医,指導医および実施施設に関する基準を設けています(註2)。保険適用・薬事承認が得られたからといって,全国一斉販売するものではないということです。従来の外科手術は,外科医が目で直視して,手で触って行っていましたが,ステントグラフト内挿術はカテーテルの遠隔操作で,かつモノクロの二次元の透視画面で行わなければいけません。ですから,新しい治療手技を学ぶ猶予期間が必要なのです。
さらに,施設基準,実施医基準を満たしても,個々の疾患に対応しながらステントグラフト内挿術を行うのは容易ではありません。本学には指導医が私を含め6人いるので,講習会や施設の立ち上げにかかわる機会が多いのですが,そのようななかでステントグラフト内挿術についてまとめた書籍がほしいという声が挙がっていました。
――それがこのたびの『胸部大動脈瘤ステントグラフト内挿術の実際』の発刊につながったのですね。
大木 はい。ステントグラフト内挿術には,製造企業のクリニカルスペシャリストが立ち会います。しかし,彼らが指導あるいはアドバイスできるのは,厚労省とPMDA(医薬品医療機器総合機構)が認めた取り扱い方が記載されている添付文書の範囲内の使用法や適用のみです。ですから,こうした典型的な症例に当てはまらない患者に対してどう対処していくかというところの示唆が必要だったのです。
私は,2004年から米国で胸部大動脈瘤ステントグラフト内挿術を行っていますし,日本に帰ってきた2006年から保険適用までの2年間は,胸部大動脈瘤用ステントグラフトを個人輸入して100例以上行ってきました。ですから本学には,その経験から得られたコツやトラブルシューティングが他施設に先駆けて蓄積されています。「愚者は経験に学び,賢者は歴史に学ぶ」というように,貴重な経験を伝えることは他施設に先駆けて教訓を得た者の義務でも
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