医学界新聞

寄稿

2009.09.28

【寄稿】

TeamSTEPPSが医療にもたらすもの
医療ケアの安全性を追求した革新的プロジェクト

住吉蝶子(東京慈恵会総合医学研究センター医療教育研究部・客員教授)


 自分が現在働く職場,組織に視点を当て次の項目でアセスメントしてみてください。

・チーム医療を推進するための特別な機能を持っているであろうか?
・医療提供者としての自分たちは,チーム医療の効果を高めるために必要な技術のコーチングを受けているであろうか?
・患者の安全性をケアの最優先事項にするために必要なコミュニケーション方法がとられているであろうか?
・組織の管理者は,患者安全文化を構築するために必要な支援を職員に対して行っているであろうか?

 米国の医療機関で働く人々は,患者の安全性を向上させるために,組織の文化を変える必要性があることに気付き始めています。管理者が,職員に対して単に組織の安全文化の向上を呼びかけ,患者安全の目標を提示し,その達成のために職員にプレッシャーをかけるだけでは,継続的な安全文化を構築することも,それを保持することも不可能です。

 医療ケアは内在的リスクを抱える危険要素の高い産業であるため,米国のIOM(Institute of Medicine;米国医学研究所)は,「医療ケアの安全文化の促進は“患者安全運動”の主たる柱の一つであり,医療ケア組織運営者の役割と責任は,安全な患者ケアを重要視した安全文化推進のための企画と実践システムを創り,臨床実践現場においてその展開と保持を行うことにある」と提言し,この提言の実践を医療組織に要求しています。これを受け,多くの医療機関では,これまでのような個々人に完璧な行動を要求したり,エラーを皆無にすることにフォーカスする方法を捨て,医療安全を効果的に実践展開できるプログラムの構築を図っています。

 本稿では,米国医療界で推進されている“組織の安全文化構築”のための総合的トレーニング・プログラムである“TeamSTEPPS”()について紹介します。

米国防総省,航空業界とのコラボ

 TeamSTEPPSは,米国政府のAHRQ(Agency for Healthcare Research and Quality;医療品質研究調査機構)が過去20年間行ってきた広範囲なチームワーク研究に基づき,約10年前に構築されました。医療提供者チームが患者に安全な医療ケアを提供することに加え,医療の質,効率性の向上を目的としています。

 プログラムの特徴は,AHRQと国防総省(特に空軍,海軍,海兵隊)との合同研究企画の中で見いだされたチームの新しい活動のあり方を示している点で,特にストレスの高い状況下で治療や看護を行う医療提供者によるチーム活動の進め方とトレーニング方法を示しています。

 このTeamSTEPPSには,航空業界のフライト乗務員チームの協調性と安全性の向上に必要な主要技術の中から抽出された,いくつかの技術が導入されています。というのは,医療ケア分野と航空科学分野には多くの類似点があるからです。すなわち情報が不完全,あるいは矛盾している状況下での短時間で効果的な意思決定や,技術や地位にばらつきのある異なる専門家間での調整が必要であること,不十分なパフォーマンスは深刻な結果や死につながるリスクを持つことなどです。

チームワークをベースにしたトレーニング・プログラム

 チームワークの効果は,チームメンバーが次に示す能力を持つか否かにより左右されます。すなわち,ほかの人のニーズを予測する,お互いの行動や変化する環境に適応する,ケアの手順や計画の理解と共有ができていることなどです。そのため,TeamSTEPPSのトレーニング・プログラムには,いかなる組織においても必要とされる「チーム構成」「リーダシップ」「状況モニター」「相互支援」「コミュニケーション」という5種類のチーム行動が示され,それぞれのチーム行動に5―6つの実践技術が提示されています。

 トレーニング・プログラムはチームを対象に,受講者が働く場で起こりうる/起こった現実的シナリオを使用して,患者の安全性とケアの質,組織文化の変化について,経験を生かした学習方法で,高い活用性を基本にしています。プログラム開始前には組織全体を対象に安全文化に関するアセスメントを行い,組織が本プログラムを受け入れる準備ができているのかを確認します。さらに,プログラムの導入開始にあたり,5種類のチーム行動のうち何を最初に開始する必要があるか,どの部門/ユニットより開始するか,トレーニング計画と実践計画,さらに継続計画を立てながら注意深く進めていきます。

 また,プログラムを導入する際には,トレーナー用の研修(3日間)を受講し,トレーナーの資格を取得した職員が必要です。トレーナーは指導だけでなく,フィードバック,個人やチームのカウンセリング,実践モニター,評価,データー収集と分析,計画の調整,実践モデルとしての役割を担う大きな責任があります。

医療者間の情報伝達を円滑にする

 最近耳にするようになってきたSBARとHand‐offコミュニケーションも,TeamSTEPPSから生まれた患者安全のためのコミュニケーション技術です。AHRQは,70―80%の医療ミスは医療者間のコミュニケーションの欠陥に起因し,うち63%が患者の生命にかかわるような医療事故であるという調査結果を報告しています。

 このような医療者間のコミュニケーションの問題を克服するために考案されたのが,SBARです。医療者間の情報伝達には,「今何が起こっているか」(状況=Situation),「どのような事情がこの状況をもたらしたのか」(背景=Background),「問題は何であるか」(評価=Assessment),「問題の修正のために,どうしたらよいと思うか」(提案=Recommendation)の4つが重要であることから,頭文字がとられています。

 SBARはもともと米国海軍の潜水艦乗務員の間で使われていたコミュニケーション方法です。それを医療界にコミュニケーション技術として最初に導入したのが非営利HMO(Health Maintenance Organization;会員制健康維持組織)であるKaiser Permanenteです。その後いくつかの医療機関にて試験的に使用され,TeamSTEPPSのコミュニケーション技術の一つとして導入されました。

 また,Hand‐Offコミュニケーションとは,引継ぎの際の確実な情報伝達の方法です。医療ケアの過程では,ケア提供者の変更,外来から病棟への移動,常勤医師からOn‐Call医師への変更,患者の退院など,Hand‐Off Patientの機会が多くあります。基本は,情報を提供する側と受ける側が相互にフィードバックしあい,フィードフォーワード(現時点から次に何をするか,目的に向かって何をすべきか)について双方の認識を確認しながらケアを進めていくことです。ここではコミュニケーションの中断を最小限にし,伝達が途絶えたり,忘れたりすることを予防するために,おうむ返しの確認や,書かれたことを声を出して読み返すことが求められます。

確実に効果が出てきている

 ワシントン市にあるプロビデンス病院では,3年前にTeamSTEPPSを導入しました。同院では,5種類のチーム行動のうち,「コミュニケーション」を最初に導入しました。導入から3年が経過した現在も,コミュニケーション過程についてのトレーニングと評価を継続しています。

 プロビデンス病院では,TeamSTEPPSのツールを活用したRapid Response Programの開始時には,全看護師に徹底したSBARのトレーニングを行いました。現在は,患者の緊急状態(CPR必要)コール数がプログラム開始前と比較し40%減少しており,患者が緊急状態に陥る前に適切な対応がなされていると言えます。

 また,ベッドサイドでの患者アセスメントの方法も,SBARを使いながら新しい指導方法を作成し,看護師や直接患者に接する医療職(院内の搬送専門者,病棟クラークなど)にトレーニングしています。その結果として,現在では専門分野の壁が取り払われ,多職種間のスムーズな連携が生まれています。さらに,TeamSTEPPSのコミュニケーション技術を利用した患者の転倒・転落防止プログラムが作成され,高齢者の転倒・転落事故件数が減少し(35ベッド病棟において年間2回),高齢者を対象としたオムツ使用廃止も現実のものとなっています。

 米国の医療界で患者安全のためにTeamSTEPPSを用いて組織文化の構築をしていく方法は新しい取り組みで,改善すべき点が多くあります。特に,新しい文化の継続は非常に困難なことです。また,チームワークケアのデータを基に行う総合的観点による分析は,単に患者の安全性を高めるための必要性を見いだすことだけではなく,医療組織全体が,織物のように編み合わせられ作られた結果(医療の質)に視点をあてることであり,その複雑さを痛感しているところです。

(了)

註)Team(チーム),Strategy(方略),Tool(道具),Enhance(向上),Performance(行動),Patient(患者),Safety(安全性)という頭文字の組み合わせから成っている。


住吉蝶子氏
1960年札幌天使女子短大卒。日鉄室蘭病院,新潟県厚生連長岡高等看護学院を経て,67年米国プロビデンス病院に看護師として就職。米国カトリック看護大卒,同大大学院看護管理コース修了。98年より国際医療福祉大をはじめ,札医大,慈恵医大等で看護教育に従事。現在は慈恵医大客員教授,中部大教授,東京慈恵会総合医学研究センター,プロビデンス病院医療ケア教育コンサルタントを務める。

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