肝癌の分子標的薬治療(工藤正俊,Vincenzo Mazzaferro,Morris Sherman,Jordi Bruix)
対談・座談会
2009.09.28
【座談会】
肝癌の分子標的薬治療
新しいパラダイムの幕開け
工藤正俊氏(近畿大学医学部消化器内科学教授)=司会 Vincenzo Mazzaferro氏(ミラノ国立がんセンター 消化器・肝胆膵移植外科教授) Morris Sherman氏(トロント大学消化器内科学教授) Jordi Bruix氏(バルセロナ大学教授・肝癌部門 統括ディレクター) |
年間の死亡者数が3万4000人に上ると言われる肝細胞癌。これまで肝細胞癌の治療には,腫瘍を直接的に破壊する治療法のみが有効であり,全身的な化学療法は効果がないと考えられていた。しかし本年,肝細胞癌で初めて有効性が確認された化学療法剤となる分子標的薬ネクサバール(一般名:ソラフェニブ)が承認され,肝癌治療の新たな選択肢として注目を集めている。そこで本紙では,日米欧の肝癌ガイドライン担当者を招き,ネクサバールが肝癌治療に及ぼすインパクトと肝癌に対するアプローチの日米欧の違いをテーマに座談会を企画した。
新たに誕生した薬物療法がどのようなパラダイムシフトを引き起こすのか,また世界から見た日本の肝癌治療の現状について幅広く語っていただいた。
ネクサバールはパラダイムシフトをもたらすか?
工藤 欧米に遅れること約1年半,日本でもネクサバールが2009年5月20日に承認されました。ようやく日本でも肝細胞癌(Hepatocellular Carcinoma;HCC)の薬物治療の道が開かれたわけですが,まず,ネクサバールが欧米の肝細胞癌治療にどのようなインパクトを与えたか教えてください。
Sherman 欧米では,2007年10-11月にネクサバールが承認されました。しかし,北米でのネクサバールの使用は当初「散発的」なものでした。つまり,医師グループによって採否が分かれたということです。また,専門外の一般市中病院でもネクサバールが使われ始めたため,副作用の問題が最初にクローズアップされました。肝癌の非専門医は副作用の管理法や用量調節についての知識を持っていないため,副作用の発生ですぐに投与を中止し,また患者側からも副作用に耐えられないので服用を中止したい,という申し出が相次ぎました。これは知識不足からくる大変な不幸の1つです。経口製剤であり入手が容易で投与も簡単なことから使用されてしまいましたが,適切な使用法の知識を持たない医療者がネクサバールを使うことは絶対によくありません。
工藤 北米の肝臓専門医はウイルス性肝炎の治療には精通していますが,肝癌の治療にはあまり携わっていないと私は認識しています。それがこのような事態の1つの原因と推測しますが,いかがでしょうか。
Sherman その通りだと思います。北米の肝臓専門医のほとんどは,インターフェロン治療には熱心ですが,肝癌の治療に関する知識も技術も不足していますから,当初よりネクサバールにあまり関心を示さなかったのです。
工藤 日本とはまったく異なる状況ですね。日本の肝臓内科医は超音波,生検,ラジオ波焼灼療法,血管造影,TACE(Transcatheter Arterial Chemo‐Embolization:肝動脈塞栓療法)など何でも一通りこなしますから,ネクサバールに大変深い関心を持っています。
Sherman 現在では,欧米においてもネクサバールは確実に治療のパラダイムシフトを起こしつつあります。経口薬であり分子標的薬であることが,大きな変革の原動力となっています。白血病を例に考えると,毒性の高い従来の抗癌剤では生存率はほとんど改善されませんでしたが,分子標的薬が使われるようになり,高い奏効率を示す治療法が確立されました。同じことが,肝癌の世界でも今後実現するものと思います。
Bruix 実は,当初一部のヨーロッパの国の肝臓専門医の間では,「肝癌は進行が極めて早く予後が不良であり,何をやっても効果がない」という固定観念があり,ネクサバールはインパクトがないものと受け止められていました。しかし,これは間違った考えです。これまでは進行肝細胞癌と診断されると生存率を向上させる治療法はなかったわけですが,今後生存率に前向きなインパクトを与えることは明らかです。
ネクサバールの重要なインパクトは,「分子標的療法が有効な癌」として肝癌が突然脚光を浴びるようになったという点です。この新薬を単剤治療あるいは併用治療として用いることに,多くの製薬企業は高い関心を示しています。現在,多数の臨床試験が行われており,それらに良好な結果が出るとネクサバールの使用可能対象例が何倍にも広がると期待されています。
効果を最大限に引き出す適正な使用法とは
Bruix しかし現在,副作用の問題などネクサバールの処方の行われ方には課題があります。適切な処方を行えるのは,ネクサバールに関する知識を十分に持ち患者を適切に管理できる医師のみです。ですから腫瘍専門医であれ肝臓専門医であれ,そのような知識と能力を持つ必要があります。副作用を適切に診断,管理できない場合は,治療の中止につながり,効果を上げることはできません。
工藤 そうですね。ネクサバールの効果を最大限に引き出すには副作用対策が最も重要で,休薬,減量を行いながらもできるだけ長く投薬を続けることが最大のポイントだと思います。
Bruix スペインでは,肝癌の診断と治療のためのガイドラインを,肝臓専門医,腫瘍内科医,放射線科医などの協力のもと策定しました。ガイドラインの最初の項には,「肝癌は肝臓病学,腫瘍学,放射線学,外科学など必要とされるさまざまな分野の専門家が協力して管理すべきである」とあります。
ガイドラインでは,特にChild‐Pugh A(註:肝硬変の重症度を表す分類でA-Cに分かれ,Aが最も軽症)の患者のみに限定して使用することを推奨しており,ここでの勧告で肝癌の合併症の管理法,ネクサバールの副作用の管理法,および毒性管理に関するコンセンサスが得られました。つまり,米国で行われているようないわば「無秩序な処方」ではなく,「一定のコントロール下で処方する」合意が得られたわけです。ネクサバールは,処方しやすい経口薬ですので副作用などのリスクマネジメントが重要となります。医師を厳重に管理・教育する必要があり,一定の認定を受けた医師のみが処方できる体制なども必要になります。
工藤 日本では厚生労働省の指導のもと全例調査が行われ,また使用できる医師も専門医に限られています。また,Child‐Pugh Aの患者に限定して使用すべきであるという指導も徹底して行われ,他の治療法との併用も厳格に禁止されています。副作用のマネジメントも製薬メーカーが積極的に講演会を行い,徐々に浸透してきています。さらに,製薬メーカーが厚労省の指導のもと組織した適正使用委員会が,厳重に副作用報告をチェックしています。
Mazzaferro 日本は理想的な状態でネクサバールの使用をスタートしています。腫瘍内科医ではなく,主に肝臓内科医が処方しているのもうまくいっている要因の一つでしょう。欧米の臨床医も,SHARP試験(MEMO1)の患者選択基準に従って厳格にネクサバールを使用することを望みたいと思います。イタリアでは明確なベネフィットがある集団にだけ用いるよう,またSHARP試験の選択基準に厳格に従うべきというガイドラインを作成しています。この選択基準から外れる患者については,現在進行中の臨床試験に参加するべきで,現時点では適正に使用して無駄なコストを避けるよう努めるべきだと思います。
■副作用対策がドロップアウトを防ぐ
Bruix ネクサバールの登場は肝癌治療にとって大きなブレークスルーと言えます。ただし適正使用が求められるため,十分な専門知識と経験を有する看護師や医師が勤務し,フォローアップ体制が確立しており,電話による相談を受け,毒性についてコメントできるようなシステムを完備した病院などで治療を行うことが望ましいと思います。また,ネクサバールによる治療を月1,2例程度しか行っていない場合,医師の熟練度が足らずその効果を十分に引き出すことは期待できないとも考えられます。つまり,ネクサバールは肝癌のエキスパートセンターだけで処方するのが望ましいのです。
工藤 確かにその通りですね。日本では使用施設は厳重に絞り込んでいますし,使用前には適正使用該当症例かどうかをメーカーに確認してからでないと使用できません。ところで,ネクサバールの副作用によるドロップアウト率はどのくらいでしょうか。
Bruix 平均すると15-20%との報告もありますが,実際には施設により大きな差があります。われわれのエキスパートセンターでは,血管疾患や高血圧などの患者の併発疾患を慎重に評価し,必要に応じて治療開始前に症状を安定化させます。血圧コントロール,皮膚毒性について患者に十分説明し,休薬,減量により対処可能ということをあらかじめ知らせておきます。最初の1か月間は最も副作用が出やすいため,3割以上の患者で用量を調節します。そしてその後,全体の6割強の患者には全量を投与し,残りは減量させながら投与を続けることで安定期へと入っていきます。当院ではこのような治療を行うことで,副作用によるドロップアウトはほとんどありません。
工藤 エキスパートが治療するとドロップアウトがほとんど出ないというのは重要な情報ですね。日本の医師もこの事実を真摯に受け止め,ネクサバールの使用法・副作用対策に精通した医師のもとで治療を行うことが肝要です。逆に言うと,安易に肝癌の非専門家が使うべきでないということでしょうか。
Sherman その通りです。まだ不確実なデータですが,アジア人では白人よりも毒性が強く,皮膚反応がより出やすいことが示唆されています。間質性肺炎などもアジア人のほうが多い傾向にあるので細心の注意が必要です。ですから,少なくとも日本では十分に気をつけておく必要があります。
工藤 そうですね。イレッサやインターフェロンでも,日本人は間質性肺炎の頻度が欧米人に比べてやや多いことから,ネクサバールでも間質性肺炎,皮膚症状について十分な注意が必要だと思います。ネクサバールの副作用の管理と投与の方法について,もう少しご説明いただけますか。
Sherman 専門家は,一度用量を減量しても可能な場合はまた全量まで戻し使用しています。通常は,初期投与量を減量し,副作用が改善されたら全量投与に次第に戻します。...
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