大曲貴夫氏に聞く
インタビュー
2009.09.07
【interview】
臨床感染症診療の魅力とは?
大曲貴夫氏(静岡県立静岡がんセンター感染症科)に聞く
――“IDATEN感染症セミナー(以下,IDATENセミナー)”をはじめたきっかけは,どのようなものでしょうか。
大曲 IDATENは臨床感染症の妥当な知識・思考法の普及・啓発に力を入れ,セミナーやケースカンファレンスの開催,メーリングリストの運営などを行ってきました。私がアメリカで感染症医としてのトレーニングを受けて日本に戻ってきた5-6年前までは,日本で臨床感染症を学ぶ機会はほとんどなかったので,臨床感染症の裾野を広げたかったということがあります。
IDATENセミナーは,大野博司先生(洛和会音羽病院)が研修医のときに始めた勉強会をプロトタイプとしたもので,2005年1月のIDATENの誕生とともにこの研究会主催のセミナーとなりました。現在も大野先生が運営の中心となり開催しています。
――臨床感染症は,これまであまり取り上げられてこなかったということですが。
大曲 今でこそ臨床感染症関連のイベントは増えていますが,以前はまったくと言っていいほどありませんでした。昔から感染症や輸液は研修医が非常に関心を持つところなのに,実際の現場で適切な診療方法の教育は行われていなかったというのが実感です。
「思考のプロセス」を重視
――今回,『市中感染症診療の考え方と進め方』という,IDATEN初の書籍を出版されました。
大曲 これまでのIDATENの活動は多くの医師たちにとって非常に有意義な教育的機会であり,情報発信の場になっています。しかし,限界もありました。参加できる人も限られるし,内容も言語化していかないと適切に伝えることはできないと考えるようになりました。IDATENに対しても,臨床感染症のテキストを望む声や,セミナーやカンファレンスの内容をシェアしてほしいという強い要望が寄せられるようになってきました。「現時点での日本のスタンダード」を,より幅広く伝える手段が必要だとIDATENとして考え,今回の出版に至ったわけです。
――今回の書籍の特色は?
大曲 単に必要な知識をまとめただけでなく,実際の患者さんにどうアプローチして診療を進めていくかという,いわば診療の「思考のプロセス」というものを非常に重視しました。
臨床の現場では,まず「目の前の患者さんから情報を引き出す」というプロセスが重要になります。そして,その引き出した情報を自分の頭のなかでうまく取捨選択しながら組み立てていく。いわゆる診断推論を経て問題点を抽出し,それを吟味した上でどうアプローチし,治療していくかという流れを踏むわけです。これまでの日本の医学教育では,その部分の教育が貧弱でしたが,そこを身に付けられれば一人前の臨床医に大きく近づくことができると思います。ですから本書では,「実際の現場ではこう考え,こう進めているんだよ」ということをわかりやすく伝える内容にしたかったのです。
――実践を学べる書籍ということですね。では,どのようにして感染症の勉強を進めていけばよいのでしょうか。
大曲 いちばんの王道は,臨床感染症を適切に指導できる体制が整った医療機関を研修の場として学んでいくことです。ただこれは,現状ではすべての病院でできることではありません。そこで,現場の研修医の皆さんにまず行ってほしいのは,適切な知識を得ることです。幸い,今回の書籍をはじめ,感染症の知識についての資源はそろってきました。次に研究会などに参加して,疑問や思いを共有できる仲間や場を持つことです。そこで疑問を解決しながら日々の実践につなげていきます。
しかし,実際に現場で診断と治療を行っていくためには,指導医の存在がやはり重要です。感染症の適切なマネジメントを身に付けていくためには,臨床の場で指導医とぶつかって得られる経験が必要なのです。
――指導医は育ってきていますか。
大曲 新臨床研修制度が始まり,指導医は感染症診療の指導も行う必要が出てきましたので,臨床感染症に関心を持つ指導医が増えているという印象を持っています。もはや臨床感染症の教育を無視して臨床研修プログラムを行える状況ではないため,良い指導医も育ってくると考えています。
若手にとって必須の素養
――医学生・研修医へ向けて“臨床感染症診療の醍醐味”を教えてください。
大曲 患者さんを人として診て,全身の問題点を包括的にとらえ診療を行う,いわゆる総合診療的な考え方に,最近の若い医師たちは強い関心を持ってきていると思います。
臨床感染症では,問題点がどこに局在しているかをえぐり出し,それが感染症なのかどうかを考えた上で,原因微生物を緻密に考え,適切な抗菌薬を選び,適切な対応で経過観察を行います。そのような総合診療的な部分が魅力の1つだと思います。
もう1つは,診断推論の流れが明確であることです。問題点の詰め方から,診断推理の流れ。つまり臓器を詰め,微生物を詰め,抗菌薬を詰め,そして経過観察という流れです。臨床感染症はその流れがわかりやすく,そしてロジカルです。臨床の他領域で,このような診断推論モデルが確立している分野はほとんどありません。臨床感染症診療の醍醐味はまさにそこだと思っています。私もそこが楽しみで感染症医をしている部分があります。
――若手医師のジェネラリスト志向が明確な流れになるなか,患者さん全体を診ることを大事にする点と感染症とがつながっている部分があります。
大曲 まさにそのように感じています。研修医の教育において感染症の知識が求められる時代になってきました。感染症は,初期研修医や若手医師にとって必ず押さえておかなければいけない素養だと思います。
――ありがとうございました。
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