新時代を迎えた子宮頸癌検診システム(井上正樹,平井康夫)
対談・座談会
2009.08.31
【対談】
新時代を迎えた
子宮頸癌検診システム
平井康夫氏(癌研究会有明病院 細胞診断部部長) 井上正樹氏(金沢大学大学院医学系研究科 産婦人科学教授) |
子宮頸癌の若年化が進むなか,検診の重要性はますます高まってきている。しかし,検診受診率を50%以上にすることを目標とした「がん対策推進基本計画」が2007年に策定されたものの,子宮がん検診の受診率は依然20%程度にとどまっているのが現状だ。
子宮頸癌をめぐっては,その発症原因がヒトパピローマウイルス(HPV)感染であることが判明してから,診断手法が大きく変わりつつある。また,世界中で使われ始めたHPVワクチンにも注目が集まってきており,これからの検診の在り方自体も大きく変わろうとしている。そこで本紙では,このたび医学書院から『カラーアトラス 子宮頸部腫瘍』を上梓した井上正樹氏(金沢大)と,婦人科検診に長く携わってきた平井康夫氏(癌研有明病院)を招き,対談を企画した。
■HPVが子宮頸癌を引き起こす
平井 最近,子宮頸癌が話題に上ることが増えています。子宮頸癌は検診によって容易に予防できるという認識を持つ医療者は多いと思うのですが,子宮頸癌がかなり増えている,それも若い人に増えてきていると言われています。実際,統計を見ると,以前は40-50代にピークがありましたが,最近では30-40代にそのピークが移ってきているようです。
井上 私も臨床医として子宮頸癌が非常に若年化していることを確かに実感しています。なぜ若年者に増えてきたかということが,癌の原因が明確になるにつれてわかってきました。
私が研修医だった1970年代には,子宮頸癌がどういう原因で発生するのか,まったくわかりませんでした。当時は,ヘルペスウイルスが関連しているとか,性行為そのものが関連しているとか,精子が関連しているとか言われ,性に関連した病気であることだけはなんとなくわかってはいました。そのような状況のなかで,1983年にハラルド・ツア・ハウゼン氏(2008年ノーベル医学・生理学賞受賞)が子宮頸癌の組織にヒトパピローマウイルス(human papillomavirus;HPV)と同じDNAがあることを報告しました。私は当時,非常にセンセーショナルな印象を持ちました。そして,「なるほど,これはコロンブスの卵だ」と思いました。
それ以降,全世界の多くの研究者がHPVの研究に参入しました。単にHPVが存在しているだけなのか,それとも原因として存在しているのか,多くの基礎医学や疫学,また病理形態学的研究が精力的に行われ,現在ではHPVが原因であるということは紛れもない事実として認知されるに至りました。そして,HPVが性交渉によって感染するということが明らかになり,いまの子宮頸癌の若年化に関連していると言われています。
平井 では,いったいどういう経過でこのウイルスが癌を引き起こすのか,それからまた,どのくらいの期間をかけて癌まで到達するのか,HPVの発癌における役割はいかがでしょう。
井上 多くの疫学調査研究や基礎医学研究から,子宮頸癌の発生におけるHPVの役割がかなり明らかになってきています。
まず,HPVは約8000個の塩基が連なった環状のDNAウイルスです。このウイルスは,皮膚や粘膜に乳頭腫(疣)を作ることが古くから知られています。HPVにはDNAの配列の差から100種以上のタイプがありますが,臨床的には癌組織に高率の存在する高リスクタイプと,癌とはほとんど無縁の低リスクタイプに区別できます。高リスクタイプのHPVが子宮頸部粘膜上皮の基底層に感染すると,約10人に一人の割合で,子宮頸部に前癌病変である異形成が生じます。そして,HPVの持続的感染者の約1000人に1人の割合で浸潤癌が生じます。HPV感染から浸潤癌までの経過は長く,5年から10年程度を要すると言われています。この長期間に及ぶ前癌病変の段階で検診により早期発見ができれば,子宮を摘出せずに子宮頸部を部分的に切除することで治癒ができます。そこに検診の大きな意味があります。
平井 世界的に見ると,子宮頸癌は女性特有の癌のなかでは罹患率,死亡率ともにいちばん高い疾患です。日本では,乳癌に続いて二番目ですが,それでも年間3千人弱の人が子宮頸癌で亡くなっています。しかも,癌が見つかると子宮を取らなければいけない場合もあります。これは若い人もかかりますから,少子化問題とも重なり,検診の必要性がますます高まってきているというのが私の実感です。
子宮頸癌細胞診の新報告様式――ベセスダシステム
平井 現在の日本の子宮がん検診についてお聞かせください。
井上 現在の子宮がん検診は細胞診,つまり子宮頸部の擦過細胞の形態診断で癌の検診を行う方法です。日本では1982年に老人保健法が制定され,行政指導による検診が開始されました。これにより,わが国の子宮頸癌の発生率や死亡率は減少したのですが,最近では下げ止まり,むしろ上昇に転じています。特に,20代・30代の若年層に増加しています。その原因として,性交渉開始年齢の若年化をはじめとする性モラルの低下が指摘されています。もう1つの大きな理由に,子宮がん検診の受診率が低いことがあります。若年者には特に検診を受けるように啓発することが大切です。
一方で,検診自体にも誤診などのトラブルが発生してきていることから,細胞診の精度管理が問題になってきています。医療者は精度管理に努める必要がありますが,その点についてはいかがでしょうか。
平井 日本の集団検診では,細胞診によって前癌病変,あるいは0期というごく初期の癌を見つける目的で,クラスI~Vの5段階の「日母分類」と呼ばれるクラス分類が子宮頸部の細胞診の結果として長らく使われてきました。これは結果を数字で表したもので,Iであれば陰性,Vであれば陽性で癌があることを意味します。そのあいだのII,III,IVという段階は疑陽性ということで精密検査を行い,それで本物の病変があれば治療するというシステムです。
やがて,HPV感染が子宮頸癌の原因であるということがはっきりしてきました。そこで,癌そのものを捕まえるのもいいけれども,HPVという感染自体を捕まえることで癌の発見,あるいは癌の予防ができるのではないかという考え方が登場しました。しかし,その考え方を取り入れて検診を実施しようとすると,クラス分類だけでは対応しきれない。また,クラス分類というのは非常にわかりやすいのですが,実際には数字の並びのみで,例えばIIIの疑陽性のなかに扁平上皮癌や腺癌も含まれてしまいます。簡略化したがゆえにかえって細胞診で得られた情報が,臨床家にそのまま伝わらないという問題も出てきました。
井上 精度管理に問題があったということですね。
平井 そうです。欧米ではそういったことが問題になり,より正確に精度管理を行うため,HPV感染などの微生物・病原体の情報も含めたベセスダシステムというものが1989年に成立し,クラス分類から移行しました(MEMO)。日本では,クラス分類にいろいろな情報を補いながら運用を続けてきましたが,さすがに支障をきたすようになり,昨年,クラス分類を作った母体である日本産婦人科医会が,ベセスダシステムに切り替えるということを総会で決議いたしました。その結果,昨年から今年にかけて,日本中でベセスダシステムが取り入れられています。HPV検査の結果を検診結果に盛り込んで報告できるのがこの分類の優れた点であり,これが非常に大きいと思っています。
MEMOベセスダシステムアメリカでは細胞診の精度の甘さをマスコミから指摘され,1989年細胞診の診断基準が改正された。この基本理念は細胞診を記号化したクラス分類ではなく,より明確に診断内容を臨床医に伝えるものであり,より記述的に,臨床医とのコミュニケーションを重視した点が特徴である。ベセスダ分類ではHPVが子宮頸癌の原因であることを基本概念として,細胞採取法,固定法,形態診断の限界とその記述,臨床医への報告書作成などにも言及している。子宮がん検診における細胞診の精度管理を重視した分類法と言える。 |
塗抹法から液状法へ
井上 これまでの細胞診では,塗抹法といって検体をスライドガラスに塗ってパパニコロウ染色を行い観察する方法を行ってきましたが,塗り具合や検体の乾燥,また検体の処理の仕方によって,実際には非常に見にくい場合がありました。それをより均一化するための「液状法」という方法がアメリカで開発され,新しいテクノロジーとして導入されてきています。これは,細胞を固定液の中で均一化したものをガラスに貼り付けて観察する方法です(図)。この方法ではスライドガラスを多数作ることが可能ですし,さらに残ったものからDNAを抽出してHPVを調べることもできます。費用対効果を考える必要はありますが,日本でも本格導入に向けて進んできているのではない...
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