感染症ナースのキャリアデザイン(堀成美)
寄稿
2009.07.20
【寄稿】
感染症ナースのキャリアデザインナース初のFETP(実地疫学専門家養成コース)を修了して
堀 成美(聖路加看護大学・看護教育学)
感染症に疫学で立ち向かう
2009年4月にメキシコで確認された急性呼吸器感染症の増加は,その後新型インフルエンザとして認知され,感染拡大防止策とアウトブレイクの実態を解明するための調査が専門家によって実施されています。各国では感染症が集団発生につながらないよう,また,発生した場合は迅速に発見し対応できるよう常日ごろから備えており,この業務にあたる専門家を育成しています。
日本では,国立感染症研究所にあるFETP-J(Field Epidemiology Training Program Japan:実地疫学専門家養成コース)がそれにあたり,2年間のOn-the-Job Trainingをベースとし,感染症実地疫学のスペシャリストが養成されています。筆者は,開設から9年目の2007年に看護師として初めて採用され,研修を受ける機会を得ました。本稿では,そこでの学びや経験について,今後の看護師のキャリアコースの可能性として紹介いたします。
現場の問題解決に疫学を応用できるスペシャリスト
米国CDC(疾病予防管理センター)がEIS(Epidemic Intelligence Services)として疫学を現場の問題予防・解決に応用できる専門家の養成を始めたのは1951年です。2008年までに医師・獣医師・歯科医師・看護師等を含む3117名が2年間の研修を修了。修了生の70%は公衆衛生,20%は大学を中心に関連業務にかかわっています。応募者には臨床医,獣医師・看護師・歯科医のほかに,疫学・統計学・栄養学・行動科学等の博士号取得者がいます(表1)。看護師の修了生は“Nurse Epidemiologist”として結核等のプログラムで活躍しています。
表1 米国CDC-EIS 研修生の背景 | ||||||||||||||||||||||||||||
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AAVM-CDCリエゾン最終レポート 2007/2008より(一部改変) |
日本のFETPと活動実績・研修
米国に続き,1975年にカナダ・タイ,1984年にはメキシコ・台湾にも同様のプログラムが設立され,遅ればせながら日本でも1999年にFETPが設立されました。1996年に大阪府堺市で発生し推定患者9500名,死者3名を出した腸管出血性大腸菌感染症の集団下痢事例の際に,自治体や国の責任の大きさが広く認知されたことがきっかけです。このため,FETPの運営は公費で行われ,2年間の研修費用の自己負担はありません。これまで北海道・岩手県・東京都・横浜市・岡山市などが医師を派遣してきました。しかし,公衆衛生領域の医師も各地で不足傾向にあり,長期の派遣が難しいといわれています(そのため今後は短期集中講義のようなプログラムも必要とされています)。また,日本では2005年入学の研修生から国立感染症研究所と国立保健医療科学院とのジョイントプログラムとなっており,修了時に国立保健医療科学院からMPH(Master of Public Health)が授与されます(2009年現在)。
FETPの研修(表2)のなかでも,特に臨床現場から報告される感染症の症例情報の集計・解析を行う日々のサーベイランス業務,自治体の要請のもとスーパーバイザーとともに行う疫学調査の訓練は,他の大学・大学院のコースでは得られない貴重な機会です。
表2 FETPのカリキュラムの中身と実績 | |
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国立感染症研究所感染症情報センターホームページより(一部改変) |
広がる応募資格
FETP開設当初の5年間の研修生はすべて医師でした。その後,社会のニーズに対応するかたちで他の職種も応募が可能となり,6期生は獣医師2名,7期生では臨床検査技師1名,そして2007年の9期生では看護師(筆者)と薬剤師(感染制御専門薬剤師)が加わりました。なお,10期・11期生は全員医師です。応募資格(表3)の「原則」に看護師は入っていませんが,感染管理業務の経験等をもつ看護師が挑戦をしてくださることを修了生として期待しています。
表3 FETPへの応募資格(2009年4月入学者用) | |
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国立感染症研究所ホームページより |
感染症対策チームに看護師が加わる意味
感染症に罹ること,また罹るかもしれない危機感は個人や社会に大きなインパクトをもたらします。統計や科学はもちろん大切です。しかし,適切な感染予防や受診行動が日常だけでなく緊急時にも行われるようになるためには,人間自身や集団が持つ“ヒト”としての因子をもっと重視する必要があると筆者は考えています。またそれは,感染症の制御・管理における目的達成のために必要な条件・手段であるともいえます。
看護師によるケアの視点は,さまざまな症例・事例において生かしていくことが可能です。感染管理で看護師が活躍していくためには,そのスキルを持ち,根拠を語り,言語化し,さらに提案していけるかどうかがこれからの課題となります。また,筆者自身の課題として,看護領域では感染管理以外扱われることの少ない感染症の“ケア”や“予防”,効果的な教育についても教育の現場での普及啓発に努めたいと考えています。
堀 成美氏 東女医大看護短大卒後,民間病院・公立病院感染症科勤務を経て,2007年より国立感染症研究所FETP9期生として学ぶ。2009年4月から現職。専門領域は,「性の健康」教育・プログラムや感染症対策へのコンサルテーション。2009年1月より雑誌「看護教育」にて“看護師が学ぶ「性の健康」教育”を連載中。 |
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