医学界新聞

2009.06.29

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


病理形態学で疾病を読む
Rethinking Human Pathology

井上 泰 著

《評 者》清水 誠一郎(公立昭和病院病理診断科部長)

推理小説を読んでいるかのような病理学!

 いささか乱暴ながら,世に言う理系をヒトとモノとの関係論,文系をヒトとヒトとの関係論と分類できるなら「決定版! 文系の病理学!」。これが私の考えた本書のキャッチフレーズです(著者も出版社も絶対に受け入れないとは思いますが)。また,日本語で文系の学問といった場合,文学,哲学,政治学,法律学,経済学,心理学など,多様な学問・(一部の)芸術が含まれ,言い換えれば叙情的なもの,合理的なもの,あるいは科学的思考法までが含まれますが,そのすべてが本書にはあります。

 本書の対象は生身の,全体としての人間であり,そこから説き起こされる,医師をはじめとする医療従事者と患者との,ヒト対ヒトの関係論です。厳密な臨床医学的な記述,肉眼所見とルーペ所見を中心としたきれいな病理形態写真とその的確な説明,豊富な文献渉猟とそのユニークな紹介,著者の手による(かわいい,失礼!)イラスト,果ては小説化などで多彩に描かれています(もちろん最新の分子生物学などの成果も多数取り入れてあります)。本書の腰巻には「推理小説を読んでいるかのような病理学!」とあり,ネタばれになるので内容に触れることができませんが,「診断にいたるプロセス」はまさに名探偵の謎解きを思わせるスリリングなものであり,著者の明敏で合理的な頭脳を反映しており,一方,通常の病理学の本では触れられることのない患者さんの心の襞の奥にまで踏み込む描写,分析があり,これは後期エラリー・クィーンの描く一人の人間として悩む名探偵のごとき著者の姿を彷彿とさせられます。

 本書は1991年より始まり2008年135回を数えた東京厚生年金病院におけるCPCを土台にして書かれており,もちろん,NEJMに掲載されるMGHにおける記録のごとく,豊富なレファレンスとともに正統な学術書・病理学教科書として読むことが可能です(本書のサブタイトルはRethinking Human Pathologyです)。著者は医師としては私の先輩ですが,病理医としてはほぼ同じ年月を過ごしてこられています。本書読後にこのような浩瀚(本書にぴったりな表現と思います)な書物を書くことができた著者に心から尊敬の念を抱くとともに,同じ年月を過ぎて不勉強・無自覚この上ない自分(なにしろ引用されている文献をほとんど読んだことがない!)を思うと赤面するしかありませんでした。他者を単なる手段としてではなく,また,目的として扱えというカントの倫理を持つ絶対的に自由なヘーゲルの精神が書いたとしか思えない「はじめに」からの少し長い引用を最後にお許し願いたい,これを読んで本書を読もうと思わない人はいないだろう……。

 「医療行為は,思いもよらず具体的な病気に見舞われた一個人との出会いから始まる。これは,おそらく間違いのないことだろう。その診断と治療を直接担う医師にとってとりわけこの事実は明瞭であり,しかも,この厳しい現実から放射される多義にわたる訴えと共感,そして怒りから,その担当医師は我が身をそらすことはおそらく出来ないだろう。だから医師を生業とする事は端から重く辛いものであり,そのような宿命を背負っている。と,筆者は思っている。このように医師の存在を定義するとき,医師は何を以って自らの幸せを考えるのかという,いわば,人間としての当然の要求と目的,強いていえば自らの矜持の有り様を模索せずにはおれまい。銭には変えられぬその矜持を持ちたい。そのような思いが,この書物を書き刻む筆者の根底にある。」

B5・頁352 定価8,820円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00741-2


そこが知りたいC型肝炎のベスト治療
インターフェロンを中心に

銭谷 幹男,八橋 弘,柴田 実 編

《評 者》石橋 大海(国立病院機構長崎医療センター臨床研究センター長)

最新のC型肝炎治療の実際がわかる

 このたび医学書院より,銭谷幹男,八橋弘,柴田実の3人の先生方の編集による『そこが知りたいC型肝炎のベスト治療』が刊行された。C型肝炎のキャリアは150万人とも200万人ともいわれている。2008年4月からは,国の医療費の公的助成制度も始まった。C型肝炎は,いまや国民病といわれており,肝臓専門医のみでなく,多くの国民にとっても非常に関心の高い疾患の一つである。そのために,肝臓専門医のみならず,非専門医であってもC型肝炎の最新の診断法・治療法・患者管理法を理解しておく必要がある。

 しかし,この領域においては,ここ数年,次々と新たな治療マーカーや治療薬が出現し,C型肝炎の治療指針は目まぐるしく変わっている。日常診療で忙しい医師にとっては,このような進歩をゆっくりと時間をかけて把握し,知識を整理する余裕がないであろう。簡潔な,しかもエビデンスに支持された内容の高い書が待たれるところである。

医療現場で知りたいことが何でも書いてある
 本書では,ペグ・インターフェロン/リバビリン併用療法など治療ガイドラインによる標準治療の解説だけでなく,近年大きく進歩してきたC型肝炎の治療の実際について,見開きでわかるように,知識がコンパクトにまとめられている。また,「妊娠・出産の注意」から「医療費助成」「C型肝炎の医療経済」まで,医療現場で知りたいことが何でも書いてある。さらに,日常臨床で生じる疑問に答えるべく,エキスパートの先生方の実際の経験による症例を通した治療対応,さじ加減が解説されている。本書1冊で,C型肝炎の最新のまさにベスト治療について,必要な知識,そしてそのこつ・ヒントが得られるものになっている。

医療現場を心得た編者と多数のエキスパートによる執筆
 編者の柴田,八橋両先生は,先に,レジデント向けの実践的なガイドブックとして評価が高い『肝疾患レジデントマニュアル』を編集された。柴田先生は大学勤務を経て,現在はご自分のクリニックを開設し,たくさんの肝炎患者を診られており,実地診療で必要なことを十分に心得ておられる。そして八橋先生は,国立病院機構長崎医療センターで多数のC型肝炎患者の診療に携わる傍ら,厚生労働省研究班や国立病院機構共同研究でC型肝炎の臨床研究を進めておられ,今やC型肝炎研究の第一人者である。さらに銭谷先生は東京慈恵会医科大学で肝臓専門の教授として,ウイルス肝炎のみならず肝免疫にも造詣が深い。

 これらの3人の先生方が編集者として本書をまとめることにより,本書が単に実用書にとどまらず,学問的にも価値のある書物となっている。日常診療で生じた問題の解決に必ずや役立つ1冊として,活用されることをお薦めしたい。

B5・頁212 定価3,675円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00738-2


医療事故初期対応

前田 正一 編

《評 者》中西 成元(虎の門病院医療安全アドバイザー/シミュレーション・ラボセンター長)

医療安全管理者が行うべきこと

 虎の門病院泌尿器科・小松秀樹部長の危惧した「医療崩壊」は現実...

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