医学界新聞

寄稿

2009.06.08

【特集】

アタマじゃなくて心で感じる
地域医療のエッセンス


 近年,地域医療教育の重要性が認識されつつある。2008年に改訂された医学教育モデル・コア・カリキュラムでは「地域医療の在り方と現状および課題を理解し,地域医療に貢献するための能力を身に付けること」が書き加えられた。また,2010年度からの医師臨床研修制度の見直しで必修科目が削減されるなか,地域医療研修は必修として存続することになった。医学生・研修医は地域医療から何を学ぶことを求められているのか。その答えを求めて,地域医療のプロフェッショナル,名田庄診療所の中村伸一氏を取材した(インタビュー関連記事)。


よりよい診療は,診察室の外で始まる

 名田庄診療所は,京都府と滋賀県に接する福井県の南部,大飯郡おおい町の名田庄地区にある。同地区には3000人が暮らしており,高齢者が約3割を占める。同地区から車で20分ほど走ると隣町の総合病院があるにもかかわらず,名田庄診療所への信頼は厚く,1日に平均して55人もの患者が訪れる。

 さまざまな訴えを持つ患者が来院する診療所だが,中でもやはり高血圧・糖尿病・高脂血症などの慢性疾患を抱えている患者が多い。取材時に同診療所での1か月にわたる研修の振り返りを行っていた,福井県済生会病院の卒後2年目研修医の笠松由佳氏は,「最初のころはどう接したらいいのかわからなかった」と,慢性疾患患者へのアプローチの難しさを語る。急性期の患者に比べて症状の変化が少ないため,悪化を未然に防ぐための的確なアドバイスと,わずかな変調を見逃さない観察眼が医療者には求められる。

 

診療所の薬品棚。時間外には中村氏も調剤を行う。このほか,多様な疾患を持つ来院者に備えて,X線テレビ装置・超音波診断装置・上部消化管内視鏡・下部消化管内視鏡など,プライマリ・ケアを行う上では十分な設備が整っている。

 例えば,糖尿病患者の体重が1kg増加した場合,医療者はどのようにアプローチをすべきなのか。わずかな体重増加も,看過すれば重大な症状悪化につながりかねない。ここで大切なことは,ただ機械的に食事指導をするのではなく,患者自身やその社会的背景にも興味を持ち,勤務時間のサイクルや同居家族,食事の時間・嗜好性などを考慮した上で,患者と二人三脚で対処していくことであると,中村氏は強調する。

 患者のことをよく理解するには,患者・医師関係だけではなく,同じ地域の住民として人間同士の関係を深めていくことも大切だ。診察室に限定されない患者との関係づくりが,良好な地域医療を実現するコツと言えそうだ。

 「人とかかわる仕事がしたいというのも,医師になろうと思った理由のひとつ」と話す笠松氏は,患者との距離が近い地域医療を魅力的に感じたようである。読者の皆さんはどうだろうか。

訪問診療の目的の一つは,お年寄りの体調の変化を見逃さないこと。「今日はいい天気ですね。お加減はどうですか」という問いかけへの応答とともに,表情などにも注意する。患者の動線を想定し,家具の配置,手すり,介護用具のチェックも行う。

地域一帯で支えあう医療

 地域医療の重要な役割の一つに,地域の人々の願いを実現するための手助けをすることがある。1991年に診療所に赴任してきた中村氏が感じとった地域の人々の願いは,「ずっとこの村で家族と共に暮らし,家で死にたい」ということ。

 この願いを支援するために中村氏は,まず地域連携の強化を行った...

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