佐藤禮子氏に聞く
インタビュー
2009.03.23
【interview】
『がん化学療法・バイオセラピー看護実践ガイドライン』発刊に寄せて
化学療法に携わるすべての看護師に,ひもといてほしい1冊
佐藤禮子氏(日本がん看護学会理事長 兵庫医療大学副学長)に聞く
翻訳書籍『がん化学療法・バイオセラピー看護実践ガイドライン』(医学書院)がこのほど発刊された。これは,米国がん看護学会が発行した原書を,日本がん看護学会の2008年度事業として,会員が総力を挙げて全訳したもの。がん薬物療法の看護に重要なエビデンスと実践のポイントが簡潔に示されている。この機に本紙では,本書の監訳者であり,日本がん看護学会理事長の佐藤禮子氏にインタビューを行った。
――米国がん看護学会(Oncology Nursing Society:ONS)発行の“Chemotherapy and Biotherapy Guidelines Recommendations for Practice, 2nd edition”の全訳書として『がん化学療法・バイオセラピー看護実践ガイドライン』が発刊されました。『がん看護コアカリキュラム』に続く,日本がん看護学会による翻訳事業となりましたが,出版の経緯についてお教えください。
佐藤 がん化学療法が外来治療へと急速にシフトしたことに伴い,看護師の役割が増しています。安全な外来がん化学療法の推進に向けて標準化された日本版看護ガイドラインを求める声が高まり,日本がん看護学会では「がん看護技術開発特別委員会」が設置され,同委員会で調査・研究を行っています。
日本版の作成に向け,さまざまながん薬物療法に関する実践書や教育書などの文献を集めてレビューを行ったところ,エビデンスレベルや実践的な内容,使いやすさにおいて,今回翻訳した原書が最もベストな内容との結論になり,2008年度の日本がん看護学会事業として全訳することになりました。翻訳ワーキンググループを中心に,手挙げ形式で約40名の翻訳協力者を募り1年足らずで翻訳を行いました。
――実際に現場のナースにどうお使いいただこうとお考えですか。
佐藤 まず化学療法を行う看護師たちにぜひ参考文献として活用していただきたいです。日米の医療事情の違いから,記載されている通りに行うのは難しいと思います。でもまずは手にとって,手元に置いて,今自分が行っている看護業務の意味をきちんと整理し,アメリカの標準的なプロトコールの中ではどの部分に相当しているのかを確認する,そういうことにまずは使っていただきたいです。
日米の違いを知り,さらに日本の看護を追求してほしい
――この本を手にされた若い臨床ナースから,内容が最新であるとの感想を聴いていますが,この書籍にはアメリカでは承認されて臨床で使われているけれども,日本では未承認という薬剤もたくさん掲載されています。
佐藤 それも重要な情報です。書籍には現在,わが国で臨床試験が進行中の薬剤も含まれています。また未承認薬を個人輸入されている患者さんも少なくありませんから,国内の標準治療で使われている薬剤ばかりではなく,未承認薬の情報を知ることも大切です。例えば臨床試験に参加している患者・家族に対してケアができる知識を身につけるためにも活用できるわけです。臨床ナースにはこの本をひもとき,日米を比較しながらこれから日本の看護がもっとやらなければいけない事柄も追求してほしいと思います。
――未承認も含めた最新の薬剤について知ることは,抗がん剤治療に携わるナースにとって必須の条件ですね。
佐藤 はい。生物学的製剤を用いたバイオセラピーもどんどん発展していくと推測されていますが,バイオセラピーにも1章を割いて解説されていますし,各薬剤による合併症や副作用の発生機序,リスクファクターや,それを踏まえた上での患者・家族への教育方法についても詳細に触れられています。特に外来の場合は治療後,患者さんが帰宅されますから,それぞれの患者さんが化学療法を受けながらどう日常生活を維持していくかを考えて,看護を行うことが必要なので,その知識も身につきます。
――外来がん化学療法看護の標準化や推進に向けて,今後の展望をご紹介ください。
佐藤 学会では『がん看護コアカリキュラム』の発行をステップとして日本版コアカリキュラムの作成作業を進めていますが,同様に,今回の翻訳出版も日本版の外来がん化学療法看護のガイドライン作成の足がかりとしています。既に先述の委員会が「外来がん化学療法看護の手引き(案)」を作成していますが,『がん化学療法・バイオセラピー看護実践ガイドライン』を臨床や教育の場で使っていただき,実用性や日米における差異などに関するご意見も反映させながら,日本版ガイドラインを完成したいと考えています。
書籍とはお話が離れますが,現在,化学療法は高度先進医療の中でも特に高額な医療費がかかっています。一方,現在の化学療法は外来にシフトしている現実があります。患者さんは,いったんは高額医療費を支払って,がんを抱えながら,還付を待つという状態に置かれるわけです。
そうした現実のなかで,わずかな延命であれば,そこまでの医療はいらないという患者さんも少なくないと聞きます。安心して外来で抗がん剤治療を受けられるために制度的な課題の解決も必要だと強く感じています。
看護研究者として歩むために
――佐藤先生は,これまで学会や大学院教育を通じ,多くの研究者を育ててこられました。看護研究を志しているナースにメッセージをお願いします。
佐藤 優秀な研究者は優秀な臨床看護師になれます。もともと看護研究は看護学が実践の科学であると言われるゆえんで臨床研究の場合,患者さんとの関係のなかでデータを収集するということはやはり優秀な臨床看護師でないとできないんです。ただ逆に,優秀な看護師だったからといって優秀な研究者になれるとは限りません。現場の看護師として行う患者さんとの対話と,研究者の立場で行う患者さんとの対話では,関係性が異なるのですね。
すばらしい研究で修士を終えて臨床に戻り,働きながら博士課程に進み,半年後ぐらいにまた指導を受けに戻ってきますが,臨床に戻って,論理的な展開を行う力が弱くなってしまう学生が少なくありません。研究とは自分の頭や心の中で展開するだけでなくて,いったん横に置いて,まったく客観的に展開するという思考で,この切り替えが必要です。臨床の流れのような感じで論文は書けません。まずは自分の書いたものを,誰が読んでも同じように読んでいけるように書けること,line by lineで文字に語らせることが重要。質問を投げかけると,「ここに書いてあるのは,こういうことなんです」と説明を始める学生が多いのですが,そこで私は「説明しなくてもいいから,いま言ったことを書いてきなさい」と言います。自分の論理を正しく言語化できないと論文にはできないのですから。研究者の姿勢として,客観的に見る力,対象との自在な距離のとり方を身につけてほしいと切に願っています。そして相手に迎合するのではなく,自分の論理を主張する力も身につけてほしいと思っています。
――ありがとうございました。
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