医学界新聞

2009.03.16

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


新 ことばの科学入門 第2版

廣瀬 肇 訳

《評 者》加我 君孝(東京医療センター・臨床研究(感覚器)センター長)

思考からどのようにことばがつながるか

 本書は,原題『Speech Science Primer, 5th Edition, Physiology, Acoustics, and Perception of Speech』で,元東京大学医学部音声言語医学研究施設,音声言語病理部門の教授であった廣瀬肇先生が渾身の力を込めて翻訳された第1版をさらに明快でわかりやすく第2版に改訂したもので,学生や初学者の理解を容易にしている。第2版はさらに充実し,頁数も約1割増えている。第2版には臨床ノートがコラムとして新たに加えられ,初心者にも理解しやすくなっている。

 言語は思考と情報伝達の道具である。失語症で言語中枢が障害されると,言語の“聴く・話す・書く・読む・計算する”という5つの要素が同時に障害される。そのために思考力あるいは思考表現が困難となる。とりわけ考えて話すことが難しくなる。『新 ことばの科学入門 第2版』は,思考表現の方法としての“話す”行為に伴う“音声”に関する入門書である。原著は2007年エール大学の音声生理学のハスキンス研究所の研究者によって発行された。原著そのものとしては第5版となる。訳者の廣瀬肇先生は同研究所に留学されていた。

 本書の構成はユニークで第I部のイントロダクション,第1章“ことば,言語,思考”で始まる。われわれはことばなくして深く考えることはできない。話しことばも思考の過程を経て相手に情報として伝達する手段である。ここでは難解なことばと思考について,思考からことばがどのようにつながるか,わかりやすく,かつ興味が持てるように記載されている。第2章は“ことばの科学の先駆者たち”が紹介されている。ことばの音響的性質についての研究は19世紀のドイツのHelmholzがパイオニアであり,現代の研究者についてまで紹介しているのは歴史的発展がよくわかる。Helmholtzは検眼鏡の発明,耳音響放射の一般式の提案など天才的な医師であり物理学者であった。

 第II部はことばの“音響学”で,第3章“ことばの音響学”として音の生理学的側面について聴覚音響生理学的な立場から解説されている。第III部は“ことばの生成”,第4章“生理学的基盤-神経支配,呼吸”,第5章“生理学的基盤-発声”で,神経生理学的,呼吸生理学発声の生理学の基礎的な解説である。第6章は“母音の構音とその音響学”,第7章は“子音の構音と音響学,韻律”,第8章は“フィードバック機構とことばの生成モデル”に分けて構音がどのようにして作られるか解剖学的な側面と音響的な面,さらに何種類ものフィードバックのメカニズム,そしてことばの生成モデルと文の生成モデルへと展開する。本書の3分の1がここで費やされている。難しい内容がわかりやすく記述されている。第IV部は“ことばの知覚”について取り上げている。ことばには意味があるが,これがどのように聴覚認知されるのか内耳から大脳に至るまでわかりやすく説明されている。音声によることばの意味の理解がどのような仕組みで認知されるか,神経科学および神経生理学的に解説されている。第V部は“ことばの科学の研究機器”である。この領域の研究にはコンピュータが不可欠であること,他覚的な研究方法として中でも音声を目で見るスペクトグラムが重要であることがわかる。他にわが国で開発された電気的パラトグラフも紹介されている。神経学の機能の測定法として事象関連電位,PET,f-MRIも解説されている。

 本書を便利な手引きとして,補章の“耳で聞く資料集”があるのは理解のために便利である。本書は“音声”を扱っているので,医学書院のホームページにアクセスすることによってウェブサイトで本書の音声サンプルを聞くことができるようになっている。巻末の用語解説も便利である。

 本書はもともと米国の聴覚言語障害や音声科学のコースを選択する学生用に書かれたもので,わが国では言語聴覚士の教育テキストとして,さらに医学や音声・言語の心理学を学ぶ学生の基礎テキストとして,座右の書として重宝がられるであろう。評者は研修医の頃,ベル電話研究所のデニッシュとピンソンの書いた『話しことばの科学――その物理学と生物学』(原題:The Speech Chain)を愛読したが,それ以来20世紀後半の40年を経て本書で“話しことばの科学”自体が神経心理学や神経科学,音楽・聴覚認知心理学とともに広く深く発展したことに感銘を受け,ここに推薦する次第である。

B5・頁328 定価6,510円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00715-3


加齢黄斑変性

吉村 長久 執筆
辻川 明孝,大谷 篤史,田村 寛 執筆協力

《評 者》米谷 新(埼玉医大教授・眼科学)

著者の眼底診療への熱い思いがこめられた書

 京大グループから上梓されたこの本を手にすると,大型で本文260ページもあり,タイトルからイメージされる以上のボリュームに圧倒されるかもしれない。しかし,ご安心あれ。本書は,高い専門性と学術性を備えながら,眼底クリニックのマニュアル,あるいは図譜など多彩な性格を併せ持っている。一言でこの本の特質を言い表すなら,モノグラフを教科書のオブラートで包んだ本ということができる。

 最初に京大グループと書いたが,実質的にはその多くが一人の著者によるものであり,この本の中に,加齢黄斑変性,そして眼底診療への著者の熱い思いが込められており,その結果としてページ数が増えたものと理解される。

 本書は5章から構成されており,第1章の基礎知識からはじまる。ここを読むだけで,この本がいかに丁寧に書かれているかが理解できる。黄斑の定義から始まり,加齢黄斑変性の疾患概念,分類等々すべてにおいて,現時点での最も妥当であろう考え方が示されている。

 この「考え方」は,膨大な内外の文献を渉猟したうえでの著者の意見であり,説得力があり,バランスのとれたものとなっている。このバランスの良さ,客観性を保とうという姿勢は全編で貫かれており,このような芸当は,今流行の分担執筆本ではなし得ないことである。

 加齢黄斑変性の診断に必須となった画像診断法については,欧米と日本での特にICGへのスタンスの違いが,本疾患についての考え方がなぜ違うのかという点を同時に,その歴史的背景から述べられている。しかし,光干渉断層法OCTは加齢黄斑変性の必須検査法であることは世界共通の認識である。本書では,最新のフーリエドメインOCT画像がふんだんに使われており,これが大きな特長となっている。

 さらに,カラー眼底写真,FAG,ICG写真だけでなく,模式図も多用されており,専門書でありながら,初心者にとっても眼底所見がわかりやすくなっている(写真222枚,色図36枚)。著者のたくさんの人に眼底をわかってほしいという気持ちの現れであろう。暇なときには,この画像を眺めるだけでも楽しめる。

 著者が,眼科基礎研究における大家であることは衆目の一致するところであろう。しかし本書の内容は,優れた臨床家でもあることを如実に語っている。臨床家として膨大な臨床例を見事に料理しきっている一方,第1,4章では,著者が単なる臨床家と一線を画す,科学者の目を感ずることができる。

 このような本を,一人で書ききることの凄さに,同じ畑にいるものは感服するか嫉妬するか,いずれかであろう。このような優れた教科書が世に出たことを素直に喜ぶものであり,専門医だけでなく,専門医をめざしている人たちにもぜひ読んでもらいたい。

 そして,繰り返しになるが,読み方,見方で,専門書にも図譜にも,眼底診療の手引きにもなる本であるが,本書の根底にある何かを感じ取ってもらいたい。その何かがある,希有なる本である。この本は。

A4・頁272 定価15,750円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00678-1


統合失調症治療ガイドライン 第2版

精神医学講座担当者会議 監修
佐藤 光源,丹羽 真一,井上 新平 編

《評 者》樋口 輝彦(国立精神・神経センター総長)

新たな項目も加わった,時宜を得た改訂

 4年半ぶりの改訂である。ガイドラインは治療法が進歩する速度に比例して改訂される運命にある。言い換えれば,改訂されないと治療の現状と合わず,古くなり,使い物にならなくなることを意味する。そのようにして見ると,本書の改訂が実質的には4年弱で行われたことは,この領域の治療の進歩の速度が速いことを意味するのであろう。

 今回の改訂は大幅に行われた。改訂の作業が部分的にとどまる場合は,さほどの労力を伴わないが,今回のような大幅改訂には大きな労力と長い時間を要する。一方,あまり時間をかけて改訂作業をすると,完成したころにはすでに古くなっている危険性がある。本書の場合,長い時間をかけずに要領よく改訂が行われている。その証拠に市販されている向精神薬の解説に直近の新薬が加えられており,新鮮さが感じられるのである。

 本書は5章で構成されている。これは初版と変わらない。第1章は疾患の概念,第2章は治療計画の策定,第3章は治療法の解説,第4章はその他の重要な問題,第5章は今後の改訂と研究成果への期待であるが,中心は第2章と第3章である。

 したがって,改訂もおのずとこれらの2章を中心に行われている。中でも変化の激しい薬物療法に関する章や項は全面改訂されており,その他のほとんどの章・項も部分的改訂がなされ,新たな引用文献が追加されている。ざっと数えただけで本改訂版には新たに150編の論文が引用されている。

 また,新たな項目として,認知行動療法,ACT,ケアマネジメント,自助グループ活動,早期精神病などが加えられているが,これらはいずれも最近注目されている課題であり,時宜を得たものと思われる。

 さまざまなガイドライン(エビデンス・ベーストやエキスパート・コンセンサスなど)が世界中で出版されているが,本書は可能な限りエビデンスに基づいた治療のガイドラインをめざしている。初版の場合には当時出版された米国精神医学会(APA)の治療ガイドラインが参考にされたようであるが,今回はそのAPAの治療ガイドラインの改訂版(2006)に国際早期精神病連盟のガイドライン(2005)や世界生物学的精神医学連盟の統合失調症治療ガイドライン(2006)を加えて,より幅の広いエビデンス・ベーストのガイドラインとなっている。

 本書のようなガイドラインは半永久的に改訂を重ねることが求められる。監修,編集,執筆に当たられた方々の熱意と労力に敬意を表したい。

A5・頁352 定価4,935円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00646-0


質的研究方法ゼミナール(増補版)
グラウンデッド セオリー アプローチを学ぶ

戈木クレイグヒル 滋子 編

《評 者》江口 重幸(東京武蔵野病院精神科)

懇切丁寧な構成で方法の理解と学ぶ面白さを同時に体感できる格好の入門書

 近年,医療・看護・福祉領域で,質的研究は一種のブームとなり,多くの入門書が出版されている。本書は質的研究方法,特に副題にあるようにグラウンデッド セオリー アプローチを学ぶための格好の入門書である。2005年に第1版が出て,本年この増補版が出版された。

 グラウンデッド セオリーは,質的研究を志す人が必ず修得しようと試みる方法である。しかし残念ながら,途中に立ちはだかるいくつかのハードルの手前であきらめることが多いのではないか。独特な概念である「ディメンジョン」や「プロパティ」あたりは理解しても,「コーディング」の実践のあたりにさしかかると独学では簡単に進めない急峻な峠となる。評者もこの辺でこれまでに何回かリタイアした経験を持つ。

 本書はこうした難所を無事に通過できるように,随所にさまざまな懇切丁寧な工夫が凝らされていて,読む者をさらに内奥へと導いてくれる。それらの工夫は,一方的に著者が講壇からモノを教えるふうでなくコアの概念をかみ砕いた「講義」,それだけを読んでいっても楽しい人形の写真や挿絵,「SIDE NOTE」などの囲み記事など随所に見られるが,増補版では新たにデータ分析ソフトなどが加わることでさらに豊富になっている。語り口やページレイアウトを巧みに切り換えながら,具体的な研究にたずさわる者が場面場面で考え,経験できるような流れが形成されている。

 会話体で起こされたバーチャル・ゼミナールという討論形式も,読者が書物から一方的に情報を受け取るというより,実際にゼミに参加し,それがどういうものか「もののやり方」をリアルに体感できる仕組みになっている。

 本書全体は10のセッションから構成されている。インタビューの作法や参加観察の方法から入り,プロパティ,ディメンジョン,コーディング,カテゴリー化などの中心的概念が丹念かつ平易に解説され,比較やカテゴリー関連を経て,具体的なデータ(「ナースQさんの語り」)の分析と,参加観察データの分析という順路をたどる。

 表紙のイラストが象徴的に示すように,本書全体が,カヤックを漕ぎ出して10の島(セッション)を巡る発見の旅に例えられている。目的の島々への旅という物語は,研究テーマを追うことの面白さとその際に必要な視点の複数性を浮かべ立ててくれる。

 本書には,入門書や教科書にありがちな教条的口調や中だるみはまったくない。一本のテンションが終始貫かれているように思われる。それはグラウンデッド セオリー アプローチという一見難しそうな方法を,何としてでも咀嚼して伝えようとする著者の情熱であり,その面白さをひとりでも多くの人に知らせたいというあふれるような思いなのであろう。

 本書を手にとって数ページ読み進んでみてほしい。そうしたら読者も著者に誘われ,パドルを握って紺碧の海に漕ぎ出し,点在する島々を巡りたいという気に必ずなると思う。

A5・頁236 定価2,730円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00700-9


心が動けば医療も動く!?
-医師と患者の治療選択-

山下 武志 著

《評 者》村川 裕二(帝京大学溝口病院・第四内科学講座教授)

行動経済学からみたEBM実践のヒント

 不思議な本である。心房細動の患者と治療にあたる医師の絡み合いが,行動経済学的な視点で料理してある。“行動経済学的”という表現が意味するものは,損得の判断はそれぞれの人間が持つ基準点や尺度,あるいは情報提供の方法に左右され,極めて揺らぎやすく主観的なものであるということらしい。

 「医師と患者が心房細動という一つの疾患にどう向かうか」ということが中心にあるが,心房細動はあくまで話のタネであり,タネを包む果肉を食べる。その果肉が認知,理解,判断,決定などの過程に無意識のフィルターやねじ曲げが入り込む事情を懇切に解き明かしている。

 第1部「エビデンスとEBM」で脳の係数とバイアスが語られ,第2部の「インプット(認識)における脳の係数」では具体例が与える強いメッセージ性と錯誤性が指摘されている。第3部「ブラックボックスにあるもの」ではプロスペクト理論が価値関数というS状曲線により説明され,基準点の置き方,感度の変化,損失の痛手に対する恐れが持つ意味を諄々と説明してくれる。

 第4部「アウトプット」……よくわからなかった。第5部「もっと根源にあるもの」は,それでどうするかというまとめだが,客観性のある感知(「脳の係数」を「×1」にすると表現される)をめざすことは偽りなり,むしろ自分自身が大いなるバイアスを持って情報を取捨選択していることを意識するがよいと読める。

 どんな医療を行うかは,患者の生活や嗜好,そして何よりも医師の側の都合がかかわってくる。“都合”という言葉は,医師の勝手な言い分に聞こえるが,まさに“身勝手な事情”なのである。患者にホンモノのインフォームドコンセントを持ってもらうことができるはずがない。医師は自分の利益になるように誘導しているだけである。なぜ,それがわかるかと言えば,自ら振り返れば推して知るべしと言おう。

 現実と理論のギャップは何か,そこに入り込む心理学的なバリアは極めて自然なものである。それを,今まで多くの医師が意識していなかったというところが,本書の“とんでもなさ”を光らせている。

 著者は分子生物学,細胞電気生理学,生体心の電気生理学,臨床電気生理学,非侵襲的心電図学のいずれにおいても仕事をしている。こんなに何でもこなす人間はまれである。あっちこっち手を出すのは,その考えるところが狭い入れ物に入りきらないのだろうか。どうも頭が空を飛んでいるようにみえる。本書によって,臨床心理不整脈学という分野を切り開いたとも言えるが,実態はもっと普遍性が高い。

 誰に薦める本かと問われれば,人間を相手にして仕事をしている人としか答えようがない。医師が医師のために書いた本なのに,これは医学書ではない。不思議な本と呼ぶ所以なり。

A5変型・頁182 定価2,940円(税5%込)MEDSI
http://www.medsi.co.jp/

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