医学界新聞

2009.01.26

新春随想
2009


看護師は間隙手

坂本 すが (東京医療保健大学看護学科長)


 昨年3月19日,厚生労働省の「安心と希望の医療確保ビジョン」会議において,大臣のヒアリングを受けることになった。この機会に,臨床で頑張っている看護師は何をしているのか,医療の「これから」に看護師がどう貢献できるかをわかってもらいたかった。

 看護師の仕事とは何か? 医療職ではない人にわかってもらうのは大変難しい。法的には「診療の補助」と「療養上の世話」となるが,「診療の補助」は「療養上の世話」の中に内包されるべきもので,分離するものではないと思う。看護師は,「24時間を通して,患者の生活が最善になるようにと考え,行動していく」職業である。

 私は,これを“間隙手”(かんげきしゅ)と呼ぶことにする。野球で例えるなら,一塁と二塁の間に飛んできたボールをキャッチし,患者が最もいい状態になるようにする役割である。

 医療現場にはさまざまな専門職が集まり,それぞれの仕事を行っている。しかし,24時間患者サイドに立ち,患者の生活全体(身体的,精神的,社会的な問題を含め)をみているのは誰かと問われれば,それは看護師しかいないだろう。誰もが見過ごしそうなボール,つまり患者の抱えるさまざまな問題を的確にとらえ,さらにチームと協力し,効果的に解決へと導くのだ。患者の深刻な谷間を見抜いて対応していく仕事だ。

 そのためには,看護部門にとどまらず,患者のためならエリアも超えていく姿勢が必要である。ある問題が患者に生じたとき,看護師は,チームの誰が中心になって解決にあたるのか繊細な判断をし,常に患者にとっての最善を念頭にチームと協働する。医療スタッフに対しても同じである。これからの看護師は,医師に伝えるかどうかを判断するだけではなく,どう伝えたら効果的かを考える。間隙手は主体的でなければならない。単なる調整役ではなく,患者の状態に応じて医師に報告するかしないかの判断を行うのも看護師の裁量権である。看護師は24時間患者のそばで,患者の状態変化をとらえて適切に対応する。看護師数の増加が患者の死亡率を低下させるという現状の分析結果(Aiken他:Hospital Nurse Staffing and Patient Mortality, Nurse Burnout, and Job Dissatisfaction, JAMA, 2002.)は,看護師の間隙手としての効果を表している。合併症などの危険性を早期に判断し,対応し,未然に防ぐことも看護師がよく行うことである。これも判断する裁量権があるからこそできることである。

 看護師の仕事はわかりにくい。それは当然である。看護師の役割,活動が変化し続け,拡大し続けているのであるから。しかしながら,説明は難しいと言ってはいられない。患者にそして社会に,よりよいケアを提供するために,看護師の仕事を積極的に説明していくことが重要となってきている。

 間隙手という役割はおそらく主体的な判断がなければ難しいだろう。主体的とは患者サイドに立つ看護師が患者のために一歩前に出なければ成立しない。

 どうすれば患者にとって効果的かを悩みながら発展してきた看護という仕事。私たちの仕事の意味を今一度再確認し,そして「YES, WE CAN」と言って患者を引き受けようではないか。


「いのち」について,日常から考え,論じ合う習慣を

波平 恵美子 (お茶の水女子大学名誉教授)


 「いのち」というものについて,社会全体でも個人においても,日常から考え論じる習慣を持ち続けることが重要であることを,改めて認識した2008年であった。

 昨年マスコミによって大きく取り上げられた周産期医療における救急体制の不備や産科医不足は,いわゆる「たらい回し」にされた妊婦の死亡という事態をきっかけにして,その深刻さが広く知られるようになった。しかし,どのように整備し医師の補充を図ったとしても,個々の状況では「いのちの選択」が行われざるを得ない。救急搬送されてきた妊婦が重症であっても,不測の事態が生じやすい出産の場では,立ち合っている医師が「こちらは安全な出産だから」と考え,搬送されてきた妊婦の治療に切り替えることは容易ではないだろう。

 医療の側が行う「いのちの選択」の極端なものは,大規模事故や大災害で一度に多数の死傷者が発生したときのトリアージであろう。それがどのように冷静沈着に,そして正確な医療上の知識に基づいて行われたとしても,黒色のタグを付けて治療をもはや行わないことを,ある個人に対して宣告することは強い葛藤を医療者が抱くことになる。

 文化人類学および医療人類学の立場から,私は1996年に『いのちの文化人類学』(新潮社)を著したが,その中で,日本をはじめ人間の社会はそれぞれの時代の全体状況に応じた「いのち」の観念と行動規範を発達させてきたこと,そして,医療と医療制度の発達は,個々人が「いのち」について選択したり決定したりする力が弱くなっていく傾向を生じさせることを論じた。

 今後は,子どものときから「いのち」について多面的に考え,自分の身体も含めて,周囲で起きている「いのち」を巡る現象をよく見きわめる力を養ってもらいたいと願い,現在『10歳からの生きる力をさがす旅』シリーズ(出窓社)を刊行している。


次世代の看護スペシャリストに託す夢

井上 智子 (東京医科歯科大学大学院教授・先端侵襲緩和ケア看護学)


 2000年問題が取りざたされていた時期から,はや10年が過ぎ去った。温暖化とともに地球の自転も早まっているのではないかと思えるほどである。1...

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