死を間近にした患者の声を聴き,死と向き合える看護者を育てるために,いま求められる教育とは(浅野美知恵,近藤まゆみ,竹之内沙弥香,宮下光令)
寄稿
2009.01.26
【寄稿】
死を間近にした患者の声を聴き,
死と向き合える看護者を育てるために,
いま求められる教育とは
卒前教育における死生観の育成
――トータルケアの視点から
浅野 美知恵(順天堂大学 医療看護学部 准教授 がん看護学・成人看護学)
「がん看護は,がんサバイバーシップの過程を総合的に援助するトータルケアでなくてはならない」。これを私自身が確信したのは,これまでの研究(社会復帰,がん罹患の意味,自分らしさの回復,配偶者の悲嘆過程,サバイバーシップ等)からでした。協力いただいた患者・家族へ還元できることは,現実に即した実践活動のできる看護師を育てることです。
がん患者のサバイバーシップと死生観育成の関連――がんサバイバーシップとは,がんと診断された時からがんとともに自分らしく生き抜くことで,患者の生から死まですべての過程が看護の対象となります。しかし,現代の看護学生の多くは,臨地実習で初めて人間(患者)の死に向き合います。核家族化・少子化により死を身近に体験することがない学生にとって,死生観は育まれ続けるのではなく,機会を捉えて育成されるのです。学生一人ひとりを尊重しながら,看護の精神に基づいて死生観を育成する教育のあり方を検討することは,生きる意味が曖昧になっている社会情勢の中では緊急を要する課題です。そこで,どのように教育していけばよいかという研究に着手し,死生観についても調査しました(浅野美知恵,佐藤禮子,小島操子:平成17-19年度文科省科研費萌芽研究)。
卒前教育におけるがん看護教育の果たす役割――終末期患者の看護を希望して実習を始めた4年生がいました。ところが,なかなかベッドサイドに足が向きません。看護実践力を向上させたい気持ちとは別に,終末という言葉が先入観となって,患者に向き合えない状況でした。このような学生には,その原因に自ら気づくように,そして患者のそばにいけるように臨床の指導者と配慮を行います。2年生では,がん患者の生を支え,死にゆく過程を援助するがん看護の授業があります。学生が生死について学び,自らの考えを表現するよい機会だと思いますので,リフレクション(学習の振り返り)を勧めています。また,学生が自身の生活体験を意味づけられるように授業内容と実生活を関連づけることも大事にしています。「終末期看護をもっと学びたい」「がん看護には興味があるけれど,やっぱり死は怖い」と,自分の思いを率直に表現する学生を,一切否定しません。しかし,看護のジェネラリストを育成するという使命から,時折,「看護とは」「人間とは」「健康とは」「cancer patient or patient/person with cancer」という問いを投げかけます。一方,肝に銘じて行っていることは,学生への倫理的配慮です。身内をがんで亡くしている,身内ががん治療中ということも十分推測されます。このような授業が終了した後の死生観のレポート提出時には,学生自身が自分の変化に気づくようです。
終末期という貴重な時間をその人と共有できること,看取る家族を支援できることなど,看護の醍醐味が授業に反映できるよう,今後も教育方法を探究しながら学生と共に成長していきたいと思っています。
◆主な研究テーマ:外来がん看護,トータルペインの理解を促す授業方法,がん看護教育における死生観の育成。所属大学院医療看護学研究科でがん看護学の教育にあたる。
ケアリングの文化や相手を大切に思う風土を病棟に育てるために
近藤 まゆみ(北里大学病院 患者支援センター がん看護専門看護師)
一般に人間にとって死は忌み嫌うものであり,できれば避けたいと感じることはむしろ自然なことです。だから,死を前にして苦悩を訴える患者のもとに足を運び続けることは楽なことではありません。医療者は死を前に苦悩している人に向き合うとき,自己が内包する潜在的な不安や戸惑いが湧き起こり,その不安を打ち消すために,話題を変えたり,いいことを見つけようと方略を考えたりします。その人に関心をとても寄せているのに,ナースステーションに戻ってきて「しんどいなぁ」とつぶやく。その人のそばに居続けることやその苦悩に向き合うことは大切なケアだと思っているのに,どうすればいいのかわからない不安。
新人の看護師にとって,終末期医療や看取りの体験は衝撃です。死が身近な存在ではなかったこれまでの生活が変化していく。戸惑いや不安,脅威。ところが,経験を重ねるうちにこれが慣れに変化していきます。新人の衝撃とベテランの慣れが混在しているのが臨床の場だと思います。この2つが触れ合うことで生まれてくるものがあるのではないのか。
とはいえ,忙しい臨床の現場では,看護師個人の「死を前にした人と向き合う体験」を語る場は多くありません。そのようなとき,A病棟の師長さんから「看護師の死生観や看護観を育みたい」という相談を受けました。その後,「看護師の情緒に焦点を当てた語り合い」の場をつくることになり,現在も終末期ケアや看取りの体験を分かち合っています。そこでは死の衝撃や怖さ,患者と自分との間に存在する意味ある関係性,愛情や大切さを感じる人の死による悲嘆,喪失感などが語られます。
また,B病棟では新人看護師の看取りケアを育てるために,1年間のプログラムを考えました。死の衝撃や不安を抱える新人看護師にプリセプターが中心になって情緒サポートを行い,エンゼルケアの講習会を通して遺体観を育てます。私にはこれが新人看護師に対する先輩たちのケアのように思えました。A病棟もB病棟も新人と先輩の看護師が触れ合うことで,新人の新鮮な感性と先輩の豊かな看護観が融合し,お互いの癒しと成長が生まれました。そして,...
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