沖縄にドクターヘリを導入して(井上徹英)
寄稿
2009.01.19
【寄稿】
沖縄にドクターヘリを導入して
井上 徹英(浦添総合病院院長)
日本のドクターヘリの拠点はわずか14か所
ヘリコプターを使うことにより,傷病者が発生した現場,あるいは離島やへき地など搬送に時間がかかる場所に医師を迅速に送り届け,いち早く治療を開始して搬送することができる。欧米などの先進国では既に常套手段として整備されており,例えばドイツでは全国80か所に医療用ヘリ基地が整備されている(表)。アメリカは500か所を軽く超える。医療用ヘリをドクターヘリと呼称しているのは日本だけだが,2008年の時点でその拠点は14か所。人口の多い先進国としては非常に少ない。
表 ドクターヘリ等導入における国際比較 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||
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平成18年9月14日厚生労働省医政局指導課作成表より抜粋,一部改変 |
当然ながらヘリが万能というわけではない。有視界飛行のため,悪天候のときは飛ぶことができず,安全に夜間飛行するためには追加装備や訓練,照明などの整備が必要でそのためには莫大な費用を要し,民間ベースでの恒常的な夜間飛行は現実的でない。松江市で2008年11月15日に開催された第15回日本航空医療学会のシンポジウムで,ヘリが飛べない荒天時の離島からの医療搬送をどうしたらいいか,ということが議論になった。隠岐島の場合,状況によっては自衛隊の中型ジェット機C-1に飛んでもらっているらしいが,いかにC-1でもひどい荒天では飛びようがない。船はもちろん無理である。
議論を聞きながら,「それなら」と考えたのが潜水艦だ。最初から沈むのを前提にしているのだから故障でもしない限りいかに荒天でもさらに沈むという心配はない。患者をどうやって艦内に搬入するかなど課題も少なくないが,ドクターヘリがあるならドクターサブマリンがあっていい。「実にいい考えだ」と,ひとり悦に入っていた。会の後にシンポジストの一人にそのアイデアを伝えたところ,「そんなアホなこと考えながら僕の真面目な発表を聴いていたんですか!?」。
発進基地は病院の敷地外に
2008年12月,沖縄県にようやくドクターヘリが導入の運びとなった。浦添総合病院が救命救急センター(新型)になったことを記念して,2005年7月に独自でまずは単発の医療搬送用ヘリを導入し,2年後に双発機に切り替えるなどして段階的に整備を行い,700人にも及ぶ患者の搬送を実施してきた。しかし,さすがに双発の医療用標準機の1億7000万円以上という費用負担は重い。潤沢な資金があるから始めたのではなく,有人離島の多い沖縄には医療用ヘリが絶対に必要だとの理事長の信念のもと,資金の集中を図ってきたわけだが,それももう限界であった。そんな矢先,苦労しながら作り上げてきた当院の医療用ヘリ搬送システムがドクターヘリとして認知され,支援を受けることができることになったのである。
病院敷地内にヘリポートを確保することは不可能で,ヘリ事業を開始したときは那覇空港を基地として医療スタッフは病院の近くにあるヘリポートでのピックアップ方式にしていたのだが,民間と自衛隊両用の那覇空港は離発着が多く,すみやかに飛び立つことができない。また,ピックアップ方式だと迅速性に欠けることを痛感した。
そこで,スイス航空救助隊(REGA)に倣って,発進基地を病院とは別の場所に設置して医療スタッフを張り付け,要請があればそこから現地に赴き,病院直近のヘリポートに搬送するという方式を想定した。しかし,米軍ヘリ墜落事故などで住民にヘリアレルギーが強く,人口が密集し居住地が狭隘な沖縄本島では,ヘリパッド,格納庫,燃料庫などが設置できる場所の確保は困難を極め,ほとんど不可能にも思えた。降りしきる雨の中,巨大滑走路は言うに及ばず,基地の中にゴルフ場があり,そのゴルフ場の中にもヘリポートがあるという広大な米軍の占有地をうらめしく思いながら,一定の広さがあり,周囲に人家がない場所はないかと探し歩いたのをホロ苦く思い出す。
ようやく探しあてたのが本島中部の西海岸に面した遊休地であった。しかし,その場所にはリゾートの規制があり,そのままでは建築物を建てることができない。屋根のない格納庫であれば建築物にはあたらないので建ててもよいということであったが,屋根がなければ何の意味もない。
もはやこれまでかと途方にくれていた私を見かねてか,土地管理会社が救いの手をさしのべてくれた。「少し時間はかかるかも知れないが用途変更の申請をしてみましょう」と言うのである。探すだけ探して,もはやここしかないという状況だった。「窮すれば通ず」の言葉がこれほど身に染みたことはない。
広域医療圏をカバーするには飛行機の導入も必要
今では,沿岸に面し防風林で周囲と隔てられたその場所には,格納庫,ヘリパッド,燃料庫,運航管理事務所,医師・看護師待機室がある。緊急のホットラインを通じて要請があれば,医療スタッフを搭乗させて3分程度で発進し,要請先の離島や国頭半島などで患者を収容し,病状などから最も適した病院直近の着陸場所をめざす。当院の場合は浦添市の沿岸に面して設置したヘリポート,南部徳洲会病院の場合は沖縄唯一の屋上へリポートに搬送し,ヘリは再び基地に戻って点検と燃料補給をして次の出動に待機する。これが現時点での沖縄方式のドクターヘリである。日本の場合はヘリの病院敷地内離発着が当初のドクターヘリの要件にされていたためあまり一般的ではないが,世界的にはむしろ発進基地方式のほうが標準である。
ヘリコプターの医療活用に執念を燃やしてきたが,ヘリだけにこだわっているわけではない。1000km以上もの長さにわたって点在する鹿児島から沖縄の南西諸島の医療搬送をカバーするためにはヘリだけでは無理で,どうしても固定翼,すなわち飛行機の導入が必要だ。決して容易ではないが,少なくとも潜水艦よりは現実的である。今後はその実現に向け,一歩ずつ歩みを進めていきたいと期している。
井上 徹英氏 1978年広島大医学部卒。日本心臓血圧研究振興会附属榊原記念病院,広島大病院等を経て,86年北九州総合病院麻酔・集中治療科部長,95年同院救命救急センター長。2003年浦添総合病院救急部長,同院研修管理委員長,群星プロジェクト研修委員長会議議長。04年同院副院長,05年同院救命救急センター長を経て,08年より同院院長。 |
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