MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内
2008.12.22
MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内
坂井 建雄,大谷 修 監訳
《評 者》青山 裕彦(広島大大学院教授・解剖学)
人体解剖学実習を擬似体験できる書
『プロメテウス解剖学アトラス』は,アトラス(図譜)というよりは,図をふんだんに用いた,そして図を主体にした局所解剖学的教科書というべきものである。第1巻(解剖学総論/運動器系)を初めて書店で手に取ってみたとき,その図が美しくかつ明解であることに惹かれた。第1巻は理学療法のような運動学を学ぶ分野にとりわけ好評であった。図の豊かさが立体構造をとらえやすくさせ,それが運動機能の理解につながる。このたび出版された第2巻は内臓が主たる部分を占める体幹部の局所解剖学であり,第1巻の特長がどれほど生かせているか,興味を持って読んでみた。
期待に違わず,図は大変わかりやすく構成されている。おそらく初学者でも容易に人体構造を三次元的に理解できることであろう。理解しやすい理由の一つは,何枚もの図が一つの視点から描かれていることである。例えば,胸部を前から見た図は,胸郭前壁を取り除いたところ(心臓はまだ心膜をかぶっている),心膜の前壁を取り去ったところ,心臓と心膜を取り去って肺,食道,大動脈,肺動脈を見せる,ついで肺も取り去って食道,大動脈,迷走神経を見せる,さらに壁側胸膜を取り去って胸郭後壁と大動脈,喉頭と気管を見せる,など合計14枚あるが,これらはすべて同一の角度から眺めたようになっている。コンピューターグラフィックス技術によりまったく同じ図を使い,さまざまな組み合わせで新しい図を作っているのであろうが,見事に統一されている。図の製作のみに8年を費やしたというのももっともである。その結果,それぞれの図はお互いに,あたかも人体の解剖を再現するようになっている。読者は混乱することなく,図を見比べながら,心臓を取り除いたり戻したりできるのである。
本文も,図に劣らず簡潔明解である。図を用いて説明する際の基本的情報が整っているのもよい。どちらから見たものか,その図を作るためにはどのような器官組織を取り除いてあるか,などはアトラスとしては当然の記載であるが,読者が迷うことなくその図に入り込むためには必須である。本文の読みやすさは,もちろん訳者の功が大であるが,本書の作り方にもよっているのであろう。謝辞によれば,人文科学者に,図も含めて全文を読んでもらい,その意見を取り入れて改訂していったという。これで合点がいく。同業者の場合,批判を求められても,科学的内容については十分な校閲が可能であろうが,図は「見ればわかるだろう」,文章は「この程度のことは書かなくても誰でもわかるだろう」という陥穽にはまってしまう。本を読める人であれば誰が読んでもわかる,というのが理想的であるが,その実現のためにはこのような労力が必要なのである。
解剖学教育(教科書)の世界的潮流は,臨床医学へのつながりが重視され,系統解剖学から,局所解剖学に移っている。とはいえ,器官系ごとに一体として学ぶ系統解剖学的アプローチも,機能的に説明しやすいという点から捨てがたい。特に生物学になじみの薄い学生が解剖学を履修する場合には,どちらかといえば,系統解剖学的なやりかたの方が学びやすいのではないか。もちろん,最終的には,各器官が他の構造とどう関わるか,人体の統合的構造を知らねばならず,それには局所解剖学的アプローチが必要となる。しかし初学者にとって,さまざまな器官の入り組んだ人体の立体構造を書物から読み取ることは容易なことではない。系統解剖学で学んだ事柄を局所解剖学と対応づけることが難しいのである。人体解剖学実習の役割の一つはその困難を解きほぐすところにあるが,その機会に恵まれない医療系の学生も多い。本書を使って,人体解剖学実習を擬似的に体験すれば,実習が不十分な環境にあってもそれを補うことができるであろう。幸いにして十分な実習のできる恵まれた環境にある学生にとっては,本書は,より充実した実習を行う助けとなるはずである。そして,解剖学とは久しくごぶさたという諸氏が,自身の専門分野を離れ,あらためて人体構造を見直してみたいという際,その目的にかなう一冊である。
A4変・頁392 定価11,550円(税5%込)医学書院ISBN978-4-260-00571-5
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