米国における老人ホーム医療の実際(山前浩一郎)
寄稿
2008.12.08
【投稿】
米国における老人ホーム医療の実際
山前浩一郎(ハワイ大学医学部老年医学科フェロー)
先進国において人口の高齢化はかつてない大きな課題となっている。特に日本の高齢化は世界で群を抜いており,65歳以上の人口の占める割合は20%を超えた(2006年)。高齢化問題は米国でも同様で,高齢者に医療を提供する老年医学専門医の養成が急務になっている。私は幸い,米国ハワイ大学で老年医学を学ぶ機会を得た。その過程で見えてきたものは老人ホームにおける医療の特殊性と重要性である。今回は米国の老人ホーム(Nursing Home:NH)での興味深いケアの概要を述べようと思う。
数字でみる日米の高齢者福祉
CDCから入手可能な統計を基にすると,1999年における米国のNH数は1万8000か所に上り,総ベッド数は約187万床,入居者は約162万人である。入居者数が年々増加しているのは想像に難しくない。また,NHにかかる医療コストは年間およそ688億ドル(1999年)である。
わが国でも,厚生労働省のHPから得られる情報から,年々要介護認定者数が増加していることがわかる。2006年度は2000年度の70%増である約440万人が要介護認定を受けている。65歳以上の国民の占める割合が上昇し続けているという事実と,日本人女性の平均余命が65歳で23年,85歳でも8年あまりあるということから,高齢者の介護をするのも高齢者という図式がいたるところに見受けられ,ますます老人ホームに対する依存が高まるものと考えられる。
米国ではNHに依存せずに自宅介護を受けている高齢者のためのサービスが充実している。例を挙げると,高齢者向けの公共トランスポーター,食事宅配サービス,アダルトデイケア等に加え,ケアホーム,フォスターホーム等のNHの代替となるサービスや,疲労した介護者のためのレスパイトサービスもある。こうしたサービスを提供することにより,NHへの依存を減らそうとしているのである。
日本も未曾有の高齢社会を迎え,こうした社会的サービスをさらに充実させ,長期介護にかかるコストを削減する努力が必要になると思われる。
NHの環境と介護目標
NHは規定数の看護師と看護助手のほかにソーシャルワーカーで構成されている。米国ではPT,OT,ST,呼吸療法士,薬剤師,ラボ,放射線技師は外部との契約であることも珍しくなく,複数のNHを掛け持ちしている。それぞれの患者の主治医がNHを訪問して診療に当たるのが基本だが,近年はNH専門に診療する老年科専門医が患者を引き継いで診察しているのをよく目にする。
最近はNHをより“自宅”のような環境にするという運動が盛んである(Eden Alternative)。従来のNHといえば病院のように冷たく,無菌的な印象であった。しかし,NHは患者の一時的な仮宿ではなく,住処であるというもっともな理由から,部屋を個人の趣味に装飾する,家族の写真・手紙を飾るといった簡単なことに始まり,ラウンジを作る,ナースステーションを見えないところへ移動する,天窓を設けて人工照明を減らす,魚・動物を飼う,植物を育てる,ピアノの設置,休日に子どもたちを招待するなどの環境の改善が取り組まれている。これらは日本でも取り組むべきポイントと言えよう。
米国のNH入居者は24時間介護が必要な長期介護の患者以外にリハビリや点滴治療,創傷治療などが必要な短期入居者が混在しているのが特徴である。医療コスト削減のために急性期病院を退院した患者がNHで治療を継続して自宅に戻ることが一般化している。日本でも,急性期病院との連携を図ることでNHのリソースを有効活用し,NHの経営を安定化させ...
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