感染性心内膜炎の診療ストラテジー(David T Durack,菊池賢)
対談・座談会
2008.12.01
【対談】
感染性心内膜炎の診療ストラテジー | |
More Blood Cultures
Save More Patients' Lives | |
David T Durack氏 デューク大学医学部顧問教授 |
菊池 賢氏 順天堂大学准教授 感染制御学・細菌学 |
感染性心内膜炎は,「原因不明の発熱に漫然と抗菌薬を投与する」ことの弊害を何よりも如実に教えてくれる疾患である。その治療方針の決定においては,起因菌の確定が極めて重要であり,世界中で使用されている「Duke診断基準」では,複数セットの血液培養陽性によって持続的菌血症を証明することが推奨されている。「Duke診断基準」の作成委員(1994年当時)であり,感染症専門医として著名なDavid T Durack氏の来日を機に,菊池賢氏との対談を企画した。
(提供=日本ベクトン・ディッキンソン株式会社)
適切な血液培養の実施には教育・啓蒙が最重要
菊池 日本では,感染性心内膜炎の診断,治療および予防に関して多くの問題があります。まず,診断に関しては血液培養の実施回数が非常に少ないことが最大の問題です。臨床医の多くは感染性心内膜炎を疑うべき患者の鑑別診断に感染性心内膜炎を想定せず,発熱患者に安易に抗菌薬を投与してしまいます。したがって,血液培養がほとんど行われていません。患者は2-3か所の医療機関を経てから,初めて感染性心内膜炎と診断されることも少なくありません。また,血液培養が2セット以上採取されることもまだまだ少ないのが現状です。
Durack これは日本だけの問題ではありません。血液培養が採取されない,あるいは採取のタイミングが遅れるといったことは,発展途上国で大きな問題となっていますし,米国でもしばしば見られることです。
問題は,どうすればこうした状況を変えられるかです。米国では米国感染症学会(IDSA)や米国微生物学会(ASM),臨床検査標準委員会(CLSI)といった組織がガイドラインを提供しています。日本でも関連する学会等がガイドラインを提供することが必要でしょう。ただ,一般に医師は血液培養のセット数には関心を持ちませんね。これを変えるのは容易なことではありません(笑)。ですから,若手医師に対して,科学的根拠に基づく医療の重要性を強調することが非常に大切だと思います。われわれは微生物や感染症などの専門家グループに若手医師を交えて,血液培養のセット数と菌の検出率の相関について検討してきました。これもよい方法だと思います。
菊池 米国に比べて日本の医学教育には不十分な領域があり,特に微生物学および感染症学の領域でそれが言えます。感染症専門医の数もまだ少なく教育内容も標準化されていません。まずは,医学生とレジデントの教育と啓蒙が重要ですね。
■見逃される感染性心内膜炎,診断に注力を
Durack 感染性心内膜炎を疑うケースにおける血液培養陰性率は,日本ではどれぐらいですか?
菊池 およそ15-30%程度です1-2)。
Durack それは高すぎるように思います。その多くは偽陰性なのではないでしょうか。私は本来の陰性率は5-8%くらいと考えています。培養陰性が多いということは,診断を下される前に抗菌薬が投与されていた結果,血液培養が陰性になったのではないかと推測されます。
菊池 同感です。原因微生物の同定,感受性検査が非常に重要な疾患ですから,診断前の安易な抗菌薬投与は慎むべきです。
Durack しかし,抗菌薬の適正な投与については,医師の教育が大変難しい。米国も同じです。われわれはガイドラインや教科書,メディアなどを通じ,微生物の薬剤耐性の問題を継続的に教育してきました。ここまで来るのに20年かかっていますが,状況は改善されつつあると思います。例えば,小児科領域について言えば,この5年間は発熱患者への抗菌薬投与がかなり減ってきています。
菊池 感染性心内膜炎を疑う場合は,まずは診断に注力すべきですね。
Durack そしてその際は,診断基準が曖昧とならないように,Duke診断基準を用いることが推奨されます(表1)。Duke診断基準では,血液培養で菌を検出することがとても重要となります。
表1 修正版Duke心内膜炎診断基準(Modified Duke Criteria)の要約 | |
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<参考文献> Li JS, Sexton DJ, Mick N, et al. Proposed modifications to the Dukecriteria for the diagnosis of infective endocarditis. Clin Infect Dis. 2000;30:633-638 |
血液培養の前に抗菌薬を投与せざるを得ない場合もあるでしょう。ただその場合も,(投与されている抗菌薬の影響を取り除く)抗菌薬中和剤の入った培養ボトルが今日では使用可能です。患者の状況が許すならば,抗菌薬投与を一時中止して数日から1週間待ち,もう一度血液培養を試みることも有効な手段です。
増加する「医療関連心内膜炎」
菊池 バルトネラやレジオネラ,抗酸菌など,血液培養で検出することが大変難しい菌もあります。血液培養ボトルの改善に関して,何かアイデアを持っておられますか?
Durack よい質問ですね。バルトネラなど一部の菌には分子生物学的方法が適しているものもありますが,すでに現在市販されている培地の性能はかなり向上しています。
より重要なのはもっと基本的なこと,すなわち血液培養を適切に実施することではないでしょうか(表2)。採血のタイミングを早め,より多くの検査を行い,より多くの血液を採取すること。これらが最も重要な要素だと思います。
表2 血液培養における最適な実践ガイドライン ――感染性心内膜炎疑いの場合 | ||||||||||||
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2008年Dr.Durack教育講演より |
菊池 世界的に見て,感染性心内膜炎の原因微生物の内訳は変わってきています。viridans group streptococciは減る一方で,MRSAやMRCNS,カンジダが増加しており,院内で発生していると思われる感染性心内膜炎は増加しています。
また日本では高齢化の背景もあり,医療機器による心内膜炎――例えば人工弁やペースメーカ,近年では埋め込み型除細動器に起因するものが増えてきています。
Durack 米国でも医療機器による心内膜炎は,間違いなく増加しています。このことはまた,古典的な医療関連疾患であるMRSA感染症が増加していることを意味しています。世界で見られるのと同じ状況を,日本も経験されていることでしょう。
それに,これは院内に限った話ではありません。日帰り手術や人工透析,在宅医療を受けている患者でも心内膜炎が多く見られるようになりました。私はこうしたものを含めて「医療関連心内膜炎」と定義したらどうかと考えています。
■常に標準的な治療から始め,評価を行う
菊池 では次に,感染性心内膜炎の治療に...
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