欧州リウマチ学会レポート(岡田正人)
寄稿
2008.09.15
【寄稿】
欧州リウマチ学会レポート
European League Against Rheumatism(EULAR)in Paris
岡田 正人(聖路加国際病院アレルギー膠原病科)
2008年6月11日から14日までフランスの首都パリで欧州リウマチ学会(EULAR)が開催された。米国リウマチ学会(ACR)と比べると歴史は浅いが,EULARはACRとともに関節リウマチ(RA)をはじめとする関節疾患の代表的な学会となっている。特にここ数年は生物学的製剤などの大きなスタディがヨーロッパで行われることも多いため,RAに関してはACRに勝るとも評価されることがある。
私は,2年前まで8年あまりパリの総合病院に勤務していたが,米国専門医維持のために毎年米国アレルギー学会とACRの参加を優先しており,欧州の学会は久しぶりであった。ACRとは一味違った,美しい街並の中で友好的な欧州人気質に満ちたEULARについてレポートさせていただきたい。
“Think globally, act locally”が日々の診療の鍵になる
一般病院の勤務医である私が年に何回も国際学会に出かける理由は,効率的に必要な情報を得ることで臨床的な知識が偏ったものにならないようにするためである。日本は北米,欧州と並んで経済的にも医療レベルにおいても世界を代表する地位にあるが,その3極は独自の環境で発展しているため,相互に学ぶことのできる点が多い。
語学的な障壁から他の2地域が日本からの情報を効率よく収集できないのと比して日本は有利な状況にあり,この機会を後期研修医の時期からできる限り活用すべきと考えている。学会中は朝から夜まで臨床的なセミナーや研究発表があり,インターネットで引用文献を検索しながらノートをとると相当の量になるが,帰りの飛行機でスライドに整理するまで勉強に専念できる貴重な1週間である。
また,大きなセミナーだけでなく,学会中に各国の専門医から,直接実際の診療の話を聞くことができるのも学会の利点である。欧州の有名大学教授が,関節リウマチにはステロイドの筋肉注射が当たり前だと考えていたり,国によってはリウマチナースが疾患活動性の評価,関節注射,スライディングスケールに沿ったメトトレキサートの増量を行っていたり,なかなか新鮮である。
高額な生物学的製剤の使用も,欧州先進国では米国や日本のように個々の医師の裁量に任されておらず,公的基準が満たされていることを,専門医が確認して申請する必要がある。しかし,逆に認められれば柔軟な国民皆保険で患者自己負担は実質上なくなるので,必要な患者が経済的理由で治療を受けられないことはない。予後判定に重要な抗CCP抗体もリウマトイド因子陽性陰性にかかわらず保険適応があり,逆にMMP-3は保険適応がない。
国内学会の常識が,他国からみると新鮮で参考になったり,逆に欠点が明らかであったり,情報化社会とはいえ,実際に会って話す価値は未だにあるようである。地域ごとの制度の中で最善を尽くして診療をするのではあるが,国際的な視野を持ち続けることもやはり重要である。
“欧米では”と日本の良い点を軽んじることなく,また郷に入って郷に従いすぎない,Think globally, act locallyはなかなか難しい。
早期診断,早期薬物療法 生物学的製剤の普及
同じリウマチ学会といっても,EULARとACRでは内容が大きく異なる。これは,リウマトロジスト(リウマチ内科専門医)の診療範囲がヨーロッパと米国では一致していないことからも当然である(図1)。EULARは関節疾患を中心とした学会であり,関節リウマチとともに変形性関節炎,脊椎炎などに多くのセッションが割かれているが,SLE,筋炎などの膠原病は関連分野ぐらいの扱いであり,米国のリウマチ膠原病内科医には物足りない内容であった。
近年進歩の著しい関節リウマチの治療は,今回のEULARでも中心の話題であった。早期診断,積極的な早期薬物療法,生物学的製剤の普及により関節リウマチを取り巻く状況は一変している。しかし,安易に診断名だけにとらわれて強力な治療をするのではなく,個々の患者の病勢や関節破壊の予後規定因子を考慮して診療することが,欧州ではガイドラインにも組み込まれている(図2)。今回EULARの期間中に発表された米国の新しい診療指針も,これを踏襲したものとなっている(図3)。
治療目標も生物学的製剤が広く普及する前に作成されたDASやACRの寛解基準でなく,腫脹関節がなく画像的に進行を認めない真の寛解を骨びらんが起こる前に達成することが新規発症患者における現実的な目標となっている。腫脹関節が残存しているような症例では,骨びらんが進行する可能性が大きいことが強調され,より目標を高く設定し,必要な症例では積極的な生物学的製剤の投与を行うこと,しかし超早期の患者においては従来のDMARDなどを組み合わせることにより,多くの患者で寛解が達成できることなどが報告された。現在は,薬物療法継続を必要としない治癒が目指せる早期に治療を強化すること,またそれを重症化しやすい患者群を絞り込んで行い,できるだけ副作用の少ない治療で達成することが目標となっている。
その他,ANCA関連血管炎に関しては,フランスでの1000例以上の検討により,予後判定と治療の選択に重要なFive Factor Scoreが10年ぶりに改訂され,蛋白尿が削除される代わりに,新たに予後良好因子として鼻副鼻腔病態の合併が加えられたとパリ大学コシャン病院膠原病関節炎内科のGuillevin教授から発表された(写真)。本邦でも患者数が著しく増加している乾癬性関節炎に関しては,Th17細胞系に作用するUstekinumabが皮膚炎と関節炎の両方に効果があることが報告された。
6月のパリは過ごしやすい気候で,訪れるには最もよい季節である。また夜も午後11時前まで明るいため,学会が終わってからでも十分にセーヌ沿いを散歩し,夜遅くまで開いている美術館も訪れることができた。ACRのようにがつがつと情報を仕入れる場ではないが,ヨーロッパらしい優雅な環境で知識の整理をする貴重な1週間であった。
来年は,デンマークの首都コペンハーゲンで第10回EULARが開催される。近年の進歩が目覚ましく,米国では専門研修マッチングでの競争が激化しているリウマチ膠原病分野を,欧州の観点からも感じ取っていただくために,ぜひ日本の若い先生方に参加をおすすめしたい。
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