医学界新聞

2008.09.08

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


「人は死ぬ」それでも医師にできること
へき地医療,EBM,医学教育を通して考える

名郷 直樹 著

《評 者》山本 和利(札幌医大教授・地域医療総合医学)

寺山修司・井上陽水になりたかった医師が周辺に越境する物語

 本書は,へき地診療所を離れた医師が,人を死なせないことを使命とする都市部の病院の臨床研修センター長になって,日々研修医たちとの間で繰り広げた「こと」を週刊医学界新聞に綴った1年間の実践記録・日記である。

 実在する名郷直樹氏と架空の存在丹谷郷丹谷起(ニャゴウ・ニャオキ)とが,主に現在の医療問題について3つの視点から切り込んでゆく。1番目は研修医教育であり,2番目が著者お得意のEBMについてであり,3番目が死ぬこと・生きること等の哲学についてである。

 研修医教育の章では,研修医との応対に苦悩しながら独自の哲学で対応している著者の姿が浮かび上がってくる。「何もしない」で何かが湧き出てくるのを待つ。雑用の多さに苦情を言う研修医に「役割」理論で対抗する。寝坊して遅刻した研修医に「よく寝坊するまで頑張った」と応じ,将来の進路に悩む研修医には「いい加減こそ主体的である」「自分の外に自分を探せ」と言い切る。

 EBMの章は,「○○との戦い」と題して3疾患が取り上げられている。高血圧の章ではSHEP研究,ALLHAT研究を,コレステロールの章ではMEGA研究を,糖尿病の章ではUGDP研究,UKPDSを俎上に臓器専門医の対応の仕方を一刀両断に批判している。最新の降圧薬は不要である,心筋梗塞低リスクの中年女性はコレステロールをあえて下げる必要はないという主張は具体的かつ明快である。そのとおりとうなずきながら,ページをめくってしまう。「EBMの落とし穴にはまるEBMの専門家」「病態生理は仮説に過ぎない」の詳細についても,科学的な診療を心がけていると自称する医師にはぜひ一読してほしい。

 本書には至るところに含蓄のある言葉が散りばめられている。著者が師匠と崇める元自治医科大学教授・五十嵐正紘氏の哲学に触れることができるのも本書の魅力である。30年前,誰もが臓器専門医になる時代に地域医療を続け,いつか総合医の時代が来ると信じて活動して来た私にとって,五十嵐氏の「丹谷郷君,次の時代の王道はねえ,今の時代の邪道から生まれるんだよ」という言葉は励ましでもある。

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