医学界新聞

寄稿

2008.09.08

【寄稿】

MSKCCでの産婦人科腫瘍学研修

松尾高司(University of Maryland Medical Center, Baltimore)


 Memorial Sloan-Kettering Cancer Center(MSKCC)はニューヨークにある1884年創立のがんセンターで,テキサス州にあるM.D. Anderson Cancer Centerと並んで,婦人科腫瘍学領域では常に全米1位,2位にランクされる。世界的にも有数な施設で,毎週のように全世界から施設の見学や招請講演の依頼がある。年間1000例を超える,いわゆるメジャーながん手術を,8人のアテンディングと6人のフェロー,そして4人のPhysician Assistant(PA)のスタッフでカバーする。腹腔鏡手術も盛んに行われ,近年導入されたロボット手術によるがん症例への適応も一昨年は200例を超えた。

 MSKCCはいわゆるフェローのための超専門医を育成する病院であるが,レジデントを対象にJosey K. Galloway財団により創設された最長3か月の短期研修を経験することができる。2-3年目の米国産婦人科レジデントであれば誰でも応募できるが,厳密な書類審査をパスしなければならず,また人数制限もあるので,希望する場合は早めにコンタクトを取ることを勧める。今回筆者は,この短期研修を経験したので私見を踏まえて報告する。

MSKCCレジデントの実際

 研修には総勢4人のレジデントが全国各地から集まった。全員が3年目のレジデントで,将来,婦人科腫瘍学のフェローシップを希望する者が多く,皆非常に高いモチベーションである。レジデントは病院に隣接する官舎に泊まり込む。官舎には何もなく,枕やシーツといったリネン類はすべてレジデントの持ち込みである。

 レジデントは3チームに分かれ,40床を超える婦人科がん病棟をカバーする。チーム単位で行動するので互いに顔を合わせることはほとんどなく,各チームのレジデントはそれをカバーするフェローと共に行動する。さらに,フェローは各チーム2-3人のアテンディングと連携する。各人が,文字付きポケベルか院内e-mailなどを用いて緊密な連絡を取っている。

 レジデントの朝は,6時半のフェローとのラウンドで始まる。それまでに各々で患者を診察し,バイタルや症状などの所見を取っておく。ラウンド中に治療方針を決定し,オーダーを行う。7時半には病棟をクロスカバーするPAに申し送りをして術場へ向かう。手術はフェローとの開腹で始まり,アテンディングは重要なポイントだけ手洗いし,閉腹時にはもう術場から姿を消している。1人のアテンディングが2症例同時に手術をする場合,彼らは背中越しに姿を現すだけで,すべてをフェローとレジデントで行う。これはレジデントにはうれしい時間である。

 手術の合間には,アテンディングと共に受け持ちチームの患者をラウンドする。また,病棟へ連絡し,PAとのupdateもこの時間に行う。PAは病棟のいわゆる雑用を一手に引き受けてくれる非常にありがたい存在である。一日の手術を終えると,当直帯の前にもう一度フェローと患者を診て回り,最後に引き継ぎをして官舎に帰る。

 しかし,実際には翌日症例の術前準備を行ったりするので,帰宅時間はどうしても遅くなる。また当直帯や週末は,1人で全3チームと泌尿器科がん病棟,Medical Oncologyの病棟をカバーするので,ポケベルは鳴りっ放しになる。その結果,米国新研修医制度が定める週勤務上限の80時間に対し,90-100時間は勤務しているのが現状である。

“全米トップのがんセンター”の魅力

 MSKCCはフェローのための施設であるので致し方ないが,3年目のレジデントというと,病院ではシニアの立場にあたり,インターンやジュニアレジデントを指導したり手術を執刀したりする立場にあたるので,Galloway Fellowshipでのこうした業務にはいささか物足りなさを感じると言わざるを得ない。

 しかし,MSKCCでの研修はこうした欠点を補って余りあるほどの得がたい経験をもたらしてくれると筆者は感じる。全米トップのがんセンターでの毎日はそれ自体が刺激的であり,さまざまな人と知り合う貴重な機会である。また,すべての治療指針が徹底的にエビデンスに基づいて決定されていく瞬間を直に肌で感じる様は,自分の不勉強を痛感する瞬間でもある。ロボット手術などの最先端の術式は見ているだけでも勉強になり,「婦人科がん手術の王様」といわれる進行卵巣がん手術をGynecologic Oncologistsのみで完逐し,腸管や胃等の切除再吻合,腸導管尿路変更,脾摘,横隔膜切除,そして骨盤全摘出術などを彼らのみでやってのける様は,そのGynecologic Surgeonとしての完全性を強く認識させられる。全米各地からやってきたレジデントはこうした充実した日々を経験することで,期待を胸に,夢を膨らますのである。

 レジデントはそのローテションの終わりにスタッフ全員により評価され,点数化される。また,アテンディングによる推薦状を取り付けることができる。婦人科腫瘍学のフェローシップへの応募に際しては,MSKCCの推薦状を必須としているプログラムがほとんどであり,MSKCCはこの分野のフェローを目指す者にとって登竜門のような存在なのである。また,MSKCCは短期研修を経験した者にしかインタビューのオファーを行わない。こうした図式は米国でのレジデントによるサバイバルシステムを見事に凝集している。

米国のフェローシップトレーニング

 日本のGynecologic Oncologistsの育成システムと異なり,米国では認定専門医による直接指導のもとに3-4年のトレーニングを行い,症例数の研鑽,研究報告,筆記試験,そして口頭試問をパスしなければならない。フェローシップではこうした超専門のトレーニングを受けることができるが,全米で30超のプログラムしかなく,定員は通常1名であるので,例年,誕生する米国産婦人科レジデント数1150名と比べると非常に狭き門である。

 トレーニングは2年の臨床と1年の研究が基本であるが,有名なプログラムでは2年の研究期間を有した4年制を敷いているところも少なくない。婦人科腫瘍学のフェローシップは基本的に臨床医の育成を目的としているが,各プログラムでさまざまな特色が見られ,PhDを取得できるコース,MPH(Master of Public Health)やMS(Master of Science)といった臨床研究指導医を育成するコースなどを設け,卒後にアカデミックなポジションを希望するフェローのオプションとなる。主要研究者養成のための講座を開いているプログラムもあるようだ。

フェローシップ応募の心得

 フェローシップの応募には,米国のACGME認定プログラムにおける産婦人科レジデント修了ないし修了見込みであることが最低条件である。さらに,毎年行われるCREOG testという全国進級試験とUSMLEのスコア,プログラム・ディレクターを含む3-4通の推薦状,医学部の成績表などが必要となる。外国人医師はこれらに加えてECFMGの認定証を提出する。

 応募は2008年度よりすべてオンラインで行うことができるようになった。履歴書は所定のフォームが準備されており,学歴,トレーニング内容,取得州免許,出版・発表・受賞歴,研究歴とその内容,ACLS取得の有無,趣味・ボランティア歴などを記入する。グラントを得ているレジデントはかなりの高い確率で採用されるようである。NIHなどのメジャーでないグラントの広告はACOGで毎日のように見ることができる。

 MSKCCは全米で唯一外国人フェローを短期で採用しているが,期間は2年のみで,終了後は帰国することが前提である。今回ドイツ人のフェローが勉強に来ていたが,将来は日本からも優秀なGynecologic Oncologistがやってくることを熱望してやまない。

 

 なお,MSKCCでの短期研修の機会をくださったDr. Nadeem R. Abu-Rustum, MD,ならびにフェローシップ・ディレクターのDr. Dennis S. Chi, MDに本稿執筆のご協力をいただいたことを感謝します。


 

松尾高司氏
1999年宮崎医大(現・宮崎大医学部)卒。同年阪大産婦人科入局。2004年セントルイス大産婦人科研究員を経て,05年より現職。

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