医学界新聞

寄稿

2008.08.11



【寄稿】

英国の腫瘍センターと地域,そして緩和ケアとの連携(前編)
つなぎ目のない緩和ケアを目指して

加藤恒夫(かとう内科並木通り診療所)


 最近,私の緩和ケア外来では,外来化学療法中の患者の増加が目につく。それに伴って治療中からの切実な緩和ケアニーズも増えている。それらに応える仕組みの開発は,在宅がん治療施策の推進とともに,いまや緊急の社会的課題であると思える。

 筆者は岡山で地域緩和ケアサポートチーム(「緩和ケア岡山モデル」)を主催しているが,その立場から,2008年4月,英国の代表的な3か所の腫瘍センターを訪れ,該当施設の外来化学療法室と地域ケアチームの連携の現状を調査した。訪問先は,Newcastle General Hospital Cancer Centre, Leeds Cancer Centre(St. James Hospital:最近完成したヨーロッパ最大の腫瘍センター),Manchester Cancer Centre(Christie Hospital)である。

 この訪問調査の許可取得は,英国のがんケアの代表的チャリティーであるMacmillan Cancer Supportの援助によった。なお,「緩和ケア岡山モデル」の詳細については当院ホームページを参照されたい。

ニューカッスル腫瘍センター外来と緩和ケア・地域ケアのかかわり
──治療期からのプライマリケアチーム,在宅サポートチームの関与

 ニューカッスル総合病院腫瘍センターは,人口200万人を対象とした広域の地域総合病院である。その腫瘍外来と地域のプライマリケアチームとの連携の実状をみるため,筆者は,腫瘍内科医であるDr. Graham Darkの外来に半日間同席した。彼は主に婦人科系の患者の診療を担当しており,筆者が同席した日は,9時半から13時までの間に7人の患者を診察した。みな進行がんであるが,化学療法によく反応して良いADLだった。

 日本との大きな相違は,7人すべての患者には既に,それぞれのプライマリケアチームである家庭医と地区保健師が関与していることである。さらに,該当地域の緩和ケア専門チームであるMacmillan Community Teamのサポートを既に受けているケースが多く,また,多くの患者は,地域ケア担当者により,オピオイドでの症状緩和が行われていた。診療のあとDr. Grahamは診療結果を口述(録音)し,それを診療秘書が代筆し,関係先に送付されて共有される仕組みとなっていた。

 もうひとつ印象的だったのは,ある患者に症状を伴う再発が疑われる情報が診療前に届いたときに,すぐMultidisciplinary Meeting Requestにカンファレンス依頼を記入していたことである。そのシートは自動的に診療秘書にわたり,放射線科医をはじめとする多科の検討会が調整される。「問題解決はチームで取り組まれるもの」との原則が生きている。

誰もが提言できる緩和ケアの必要性

 次に,同センターの緩和ケア専門医(Consultant)Dr. Mary Comiskeyにインタビューし,治療と緩和ケアのかかわりがいつからどのように開始されるのか実状を聞いた。彼女は12年前から緩和ケアに従事し,現在は,週の半分は同センターの専門医として,また半分は同地域を代表するMarie Curie Hospiceの専門医として,地域の緩和ケアの指導的役割を果たしている。

 同センターの緩和ケアチームは,彼女ともう一人の緩和ケア医,パートタイムの精神科医,ならびに3人のpalliative care nurse specialist,1人のsocial workerで構成されている。チームの任務は同センターの患者の緩和ケアニーズを満たすことである。同センターでは職員なら誰でも,「患者に緩和ケアニーズがあると感じた場合は直ちに提言できる」仕組みをとっている。そして,患者を担当している該当チーム(例えば,外来化学療法室に通院中の患者であればそこのチーム)との検討を行った後,必要があれば患者と接触し,地区担当のサポートチームに紹介される。

 つまり,同センター緩和ケアチームの任務は,主として入院患者に対してであり,外来の患者への責任はあくまでも地域の側にある。外来患者に対する役割は,治療中の患者の緩和ケアニーズの発掘と,患者を地域のチームに橋渡しすることである。「地域のことは可能な限り地域で解決する」ことが原則である。

 「患者が緩和ケアを提供されると聞くと,もう終末期かと驚きはしないか」との筆者の質問に,「かつてはそのような時期もあったが,今では緩和ケアの知識が国民に比較的よくいきわたり,患者が緩和ケアという言葉を忌み嫌うことはなくなった。ここまでくるには15年を要した」との答えが返ってきた。

自宅での化学療法
──地域がん化学療法専門看護師の活躍

 最近,活躍が注目されているCommunity Oncology Nurse(地域がん化学療法専門看護師)のチームによる在宅化学療法(ambulatory chemotherapy)の訪問現場に同席し,その実状を観察した。在宅化学療法は,今はまだ,National Health Service(NHS:国民医療保険制度)の対象ではなく,民間保険による私的医療として提供されている。今回インタビューした専門家たちはみな一様に,英国経済の発展と民間保険の増加につれて,今後の在宅化学療法のニーズは高まると予測していた。

 筆者が同行したチームは,全国をカバーするケアサービス企業のニューカッスル支所に所属し,そこには8人の地域がん化学療法専門看護師がいる。受け持ち範囲は,ニューカッスル南部の県境から北部はスコットランドとの境界までの広い地域で,患者は約200名。

 地域がん化学療法専門看護師はまだ認定制度の対象にはなっていないが,筆者が会った2人の看護師は,いずれも地区看護師と腫瘍センター看護師としての勤務経験があり,在宅ケアと化学療法の双方に精通している。ふだんは上述の化学療法センターに直接出入りし,スタッフや患者と密接な連携をとりながら地域でのケアに当たっている。Dr. Mary Comiskeyをはじめとするセンターの職員たちと非常に親しく情報交換している彼らの姿が印象的だった。

 このチームが実施している在宅化学療法は比較的単純なレジメが主で,腫瘍センターと同じ手順で実施されている。すべての薬物は中央管理され,混合されたものを看護師が搬送。現場で,医師が指示した手順書に沿って施用し,すべての手順が済むまでの間現場に滞在して監視する。アナフィラキシーショックなどの異常事態に備えて,薬物が入った安全キットケースや酸素吸入装置が必ず搬入されている。また,薬物の廃棄は,漏れないよう持ち返って一括処分する等,厳重なリスク管理が行われている。これまでに重大な事態に至った症例は経験していないが,呼吸困難のために救急搬送を要した事例が少数ながらあるとのこと。

 筆者が同行した患者宅は,郊外の住宅街にあり,72歳の婦人が乳がん再発の治療を受けていた。現在はハーセプチンが処方されていたが,前回のシリーズではタキサン系の薬剤を自宅で使用したとのこと。「自宅での化学療法に不安はないか」と質問すると,「化学療法中に十分に話を聞いてもらえ,24時間体制で腫瘍センターに直結した専門的対応をしてもらえるため,かえって心強い」と応じた。

 ニューカッスルは,高齢者の在宅ケアの仕組みが整備されている地域として,日本でもよく知られている。今回は,その仕組み(プライマリケアチームと専門職との連携)が,がん治療の中にも生かされている実状がうかがえた。地域ケアの仕組みは,少し工夫をすれば多くの疾患にも使える共通資源となりうることの証左であろう。

2795号後編につづく

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