医療崩壊を防ぐために(舛添要一・岡井崇)
対談・座談会
2008.06.16
〈『臨床婦人科産科』2008年6月号より〉
医師不足はどうなる? 医療事故は刑事訴追?
“危機”を超えて“崩壊”とさえ言われる昨今の医療環境。この窮状の打開に向けて,舛添要一厚生労働大臣にかかる医療界の期待は大きい。「舛添氏は何かやってくれそう」と大臣就任を最も喜んだ医師の1人であり,無過失補償について取り上げた小説『ノーフォールト』の著者としても知られる日本産科婦人科学会常任理事の岡井崇氏に,現場で苦悩する臨床医を代表して舛添氏と対談していただいた。
なお,本対談は厚労省から死因究明制度に関する第三次試案が出される前の2008年3月25日に収録を行った。また本稿は対談のダイジェスト版で,全文は発売中の『臨床婦人科産科』6月号に掲載されているので,ぜひご一読いただきたい。
医師は不足している
岡井 今,私たち現場で働いている医師の感覚では,産婦人科だけでなく,ほかの科の医師も不足しているというのが実感です。もちろん科による偏在や,地方と都会の格差問題もありますが,日本の医師数は外国と比較して足りないのではないかという気がします。人口1000人当たりの医師数は,日本が2,アメリカが2.3,フランス,ドイツが3.3,イギリスが2.1となっています。
もちろん国によってそれぞれ医療制度が違うので一概には言えませんが,日本は基本的に医師を働かせる効率が悪い体制を取っていますね。
例えばイギリスでは専門医制度が非常に発達していて,患者さんは日本のようにフリーアクセスできません。まず一般家庭医にかかって,そこから紹介されないと専門医に診てもらえない。これは,国民にとっては非常に不満の強い医療体制ではありますが,少ない医師数で診療を賄える体制です。それでも日本より人口当たりの医師数は多いのです。そう考えると日本はますます1人当たりの負担が大きくなるというわけです。
舛添 厚労省は従来から医師数は十分であって,偏在しているだけだという言い方をしてきたのですが,私はそういう状況ではなくて,医師は足りないことを認識しておりますし,国会でも公式に言っております。
ただ,どれだけいれば十分かということは,定量的になかなか言えないのは確かです。例えば人口1000人当たりの医師数がアメリカが2.3で,日本が2なら,それほど違いはないようにみえますが,メディカルクラークを含めて,医師を支える体制がしっかりしているアメリカと,そうではない日本を比べれば,同列には論じられません。
イギリスの例もまたシステムが違うわけで,一概にこれだけいれば十分だということは数では表せませんが,現状からみたら十分であるとは言えません。つまり,「不足している」という認識で,まず施策を変えるべきであると思います。そのうえで,診療科による偏在,そして地域による偏在への対策などをきめ細かくやっていくべきだと思っています。
岡井 現実には,今すでに産婦人科や小児科など科による偏在が問題になっていますが,実は外科の入局者もかなり減っていて,10年後ぐらい後には現場で足りなくなる恐れがあります。早く対応しておかないと,10年後に大臣になられる方が苦労されるかもしれませんよ。
舛添 医師はまさに10年単位で養成しなければいけないので,医師数の試算は不断に見直していく必要があると思っています。それで軌道修正して,余るのなら減らせばいい。そういう柔軟性が必要だと思います。
■診療関連死因究明制度の問題点
岡井 次に,私たち医師がいま一番気にしている診療関連死の届出の問題ですが,厚労省による「診療行為に関連した死亡に係る死因究明等の在り方に関する検討会」(以下,在り方検討会)の第二次試案が出ました。日本医師会も一応了承していますが,実際に現場の医師からは問題だという声がいくつも上がっていて,日本産科婦人科学会からも意見を出しています。
舛添 拝見しています。個人の産科の先生方からも,毎日,直接メールをいただいています。これの最大の問題は,福島県立大野病院の件ですよね。
岡井 ええ。禁固1年の求刑ですからね。その患者さんを助けるために一生懸命やった結果が禁固なのですから。禁固といったら犯罪者ということです。これはたった1例でも,ものすごく大きな衝撃なんです。
結局,第二次試案でも,原因を調査して,その結果,重大な過失があれば報告書を刑事手続きに使うとしている。「重大な過失」というのは,「在り方検討会」の説明では,「本当にひどい事例だけなんだ」と言うのですが,条文のなかに「重大な過失」とあるのは問題です。大野事件も「重大な過失」ということで訴追されているわけですから,何とかその表現を変えてもらわなければいけない。大臣の力で何とかなりませんか。
舛添 私も大臣になる前からこの福島県立大野病院の事件は取り扱ってきていますから,これでは医師が萎縮してしまうと思います。ところがそういうことを言うと,逆に国民の側,患者の側からは,なぜ大臣は医師の側に立つのかと,ものすごい批判があるのです。
岡井 それはわかります。
舛添 「患者のことも考えてくれ」「われわれは医師を信用していない」と,ものすごい不信感があるのです。医療メディエーターなどを導入するという話に対して「ノー」という人は,「医師が逃げるんじゃないか」と言うのです。
調査委員会をつくってそこで真相究明をすると言うと,医師を逃がすために委員会をつくるのではないかという,まったく逆側の意見が出てくるわけです。私もそんなに不信感があるのかとびっくりしたのですが……。
ですから,患者側,医師側の両方の意見をきちんと聴ける組織はどうあるべきかという視点から考えないといけません。まだいろいろな議論をする必要があるので,軽々に結論は出しません。
しかし,いつまでも待てる話ではないので,今度,第三次試案を出します。例えば第三次試案では,医療機関が調査委員会への届出を行った場合,医師法21条に基づく異状死としての警察への届出は不要とします。それから,委員会の設置目的は,関係者の責任追及のためのものではなく,真相究明のためのものだということを明記します。そして,その届出義務を無限に広げるのではなくて非常に限定します。
重大な過失,標準的な医療行為の定義とは
舛添 さらに,先ほどの「重大な過失」がある事例というのは何なのかということについて,「診療録などの改ざん...
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