手と足を動かし,2週目から現場へ(トヨタ記念病院)
2008.06.09
手と足を動かし,2週目から現場へ
トヨタ記念病院(愛知県豊田市)
トヨタ記念病院の臨床研修委員会は,医師のほかに看護師や事務職で構成され,新人教育体制の“カイゼン”を継続的に行っている。今年はオリエンテーションをカイゼンした。
一昨年までは導入教育(オリエンテーション)に2週間を割いていた。しかし,用意周到に準備をし,朝から夕方まで一方的な講義を続けても研修医の居眠りが始まり,壇上から見るその風景に指導医は困惑し,研修医の顔を覚えることさえできなかった。
「これでは意味がない。そのぶん実際の医療現場でのOn the Job Trainingに費やしたほうがよいのではないか?」。試行錯誤の末に導入教育を昨年は5日間,さらに今年からは4日間にまで短縮することに踏み切った。こうして絞りこまれたものが,表の研修スケジュールだ。
表 トヨタ記念病院における主な導入教育プログラム(2008年度) | |
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基本的な医療実習のほか,トヨタ自動車の新入社員テキストを利用したビジネス教育や,自動車会社らしく交通安全・防災教育を行うのも特徴的。トヨタ記念病院主催で,近隣病院と合同のACLS講習もある。 |
縫合や静脈路確保など基本手技を繰り返す
プログラム内容は,各診療科による疾患のレクチャーを廃止する代わりに,「手と足を動かすもの」かつ「実際の現場ですぐに必要な基本手技」を中心に絞り込んだ。
取材日に行われた外科実習では,救急外来などでも必須のスキルである「縫合・抜糸」を学んだ。最初に指導医が「針刺し事故は研修医がいちばん多い。基本を押さえることが大事。それと後始末も忘れずに。針を紛失したりすれば,看護師さんが後で探し回って大変な思いをする」と注意点や心構えを述べた。次に縫合キットを用いて,持針器の持ち方から糸結びの方法までを実習した。研修医によって得意・不得意がはっきりと分かれたが,見事な縫合を見せた研修医に聞いたところ,「大学時代にキットを使った実習はあった。練習をすればうまくなると思う」とのことだった。
さらに翌日の外科実習では,リアリティを追求し,人間の生身に近いとされる豚足を使用。人工縫合キットの感触との違いを実感することになる。
内科実習も,採血や末梢静脈路確保など基本手技が中心となる。末梢静脈路確保では,血管の探し方(高齢者や小児,血管が細い場合の注意点も)や穿刺のポイントを学び,その後は研修医同士で練習を続ける。
また,動脈血採血については,大腿動脈からの採血を経験している研修医がわずかにいたのみで,橈骨動脈からの採血は全員が初めて。採血をするほうもされるほうも最初は恐る恐るだったが,結局は指導医が見守るなか全員がチャレンジした。
実習が終わる頃には,研修医の腕や手首は絆創膏だらけ。患者の立場になって痛みを経験することも,教育における必要な要素なのだろう。
先輩研修医によるオリエンテーション
内科実習の指導は,2-3年目研修医が複数名であたる。新人の陥りやすい誤りを,昨年まで同じ立場で研修を行っていた先輩研修医がマンツーマン形式で教える。トヨタには「マスター養成プログラム」なる,教え-教えられる風土が根づいているのも特徴だ。教えることによって自分自身も得るものが多いことを,実感してほしいという。
今年初めての試みとなった「ERアップデート」も,2-3年目研修医による企画だ。同タイトルの人気セミナーに参加した先輩研修医が,症例をもとにクイズ形式で救急診療のピットフォールを伝授。最後には「患者本位の人は,みな教えるのが好き」という,人気指導医の格言を紹介した。
なお,オリエンテーション3日目からは早くもER当直が始まる。まだ見学段階で実務はゴールデンウィーク明けからではあるが,初めて患者を診るときのストレスを少しでも緩和するために早期から開始している。先輩研修医からは「緊張するかもしれないけど,まずは患者さんの話をしっかり聞くだけでも十分」とエールが送られた。
救急外来が混んで大変なのは,薬剤師だって同じ
最終日の薬剤科実習では,処方監査や薬剤調剤の現場へ足を運ぶ。医師は電子カルテに指示を入力すれば終わりだが,薬剤科の仕事はそこから始まる。投与量や併用禁忌などをチェックし,問題があれば疑義照会を行う。また,注射薬は在庫切れになることがないよう,トヨタ方式の“かんばん”で管理されている。こうした患者さんのもとへ薬剤が届くまでの一連の流れと,そこでの薬剤師の業務を学んだ。
さらに,調剤室では軟膏の混合に挑戦。実際に混合の作業をやってみると思いのほか手間がかかる。研修医からは「これを5分以内にやらないといけないのか」と驚きの声があがった。
忙しい時間帯に混合など手間のかかる処方が複数入ると,薬剤師は対応しきれない。「救急外来が混むと,研修医のみなさんと同じように薬剤師も忙しい。救急患者さんの処方は,必要性を見極めたシンプルなオーダーにしてほしい」と,薬剤師からアドバイスがあった。
最後に,米国でチーフレジデントの経験もあり,研修プログラム副責任者の河合真氏(統合診療科医長)が研修医に贈った言葉を紹介する。
「プロフェッショナリズムというのは,他人から押し付けられた規律に従うことではなく,“自分が自分に求める規律”に従って行動すること。皆がこの研修でプロの医師になることを期待します」
研修医には,チーム医療の重要性を学んでほしい。
岩瀬三紀氏(研修プログラム責任者/統合診療科部長)に聞く ――トヨタ記念病院におけるオリエンテーションの狙いはなんでしょう。 岩瀬 まずはアイスブレイキングです。指導医と研修医,あるいは研修医同士がお互いに顔を合わせて緊張をほぐし仲間意識を育て,親しみが持てる雰囲気を作ることです。 医学的な知識や技術は2年間でゆっくりと身につけていくものですが,「千里の道も一歩から」。その「一歩」に役立つものをオリエンテーションでは厳選しましたが,それでも毎年のカイゼンが必要だと思います。 ――初日の新入社員紹介ではどんなことをされているのでしょうか。 岩瀬 当院の職員は約1000人いますが,その場に200人以上が集まります。新研修医が紹介されるほかに,病院長からは経営目標の話もあり,昨年のベストレジデント賞の表彰も行います。 ――病院集会も兼ねているのですね。 岩瀬 そうです。このベストレジデント賞は,医師以外にもERのナース,コメディカル,事務,研修医も含めた多角的な評価を入れて選出します。病棟はローテートのタイミングが研修医によって異なり評価は難しいのですが,ERはどの研修医も月に5-6回入り,それが2年間ずっと同じペースで続くわけです。それと,他職種が評価する最大のメリットは,上司がいないときの姿がわかることです。 ――いないときですか? 岩瀬 例えば,初めのうちは当直時に必ず上級医がついていますが,半年以上経って診療に慣れてくると単独で診察します。そのときの姿で成長ぶりが分かるのです。 患者さんへの対応が最初はすごく丁寧だったのに徐々にいい加減になってしまったり,逆におとなしく優しい性格で最初は頼りない感じがした研修医が,自信をつけて徐々に人気が出てくるパターンもあります。ERは患者さんからの評価も厳しい場ですから。 さらに,協力する他職種への態度も同じです。上司がいなくても必ず誰かは見ています。そういう人たちの評価が大切なのです。 ――オリエンテーションでは,薬剤科実習もあります。 岩瀬 薬剤師さんが困っている姿というのは医師の耳には案外入ってこないんですよね。でも,「夜間当直帯においていちばんかわいそうなのは,実は薬剤師さん」というのが僕の持論です。 ERに来る患者さんは,具合が悪いのに待たされ,診察を受け,その間に検査にも行きます。「検査に行く際,研修医の説明が悪くて違う場所で1時間も待たされた」などといろいろなところで不満を抱えるのですが,最後に会計を終えて薬局で薬を受け取る際にまた待たされたりすると不満が爆発するのです。当院では「ERカイゼン会議」を月に1回開き,薬剤師も含めた他職種から意見を聞きます。 初期研修で学んでほしいことは,チーム医療の重要性です。いまの医療は,自分ひとりでいくら頑張っても患者さんは絶対に満足してくれません。他職種との協力が不可欠です。「トヨタウェイ」と呼ばれるチャレンジ・カイゼン・現地現物・尊重・チームワークという風土がトヨタにはありますが,医療現場にもそれは当てはまります。ERはそのすべてを学ぶ最適な場所であると思います。まさに現地現物なのです。 |
トヨタ記念病院(稲垣春夫病院長)
513床。研修医は1年目13名,2年目14名が在籍。研修プログラムは,ER主体のプライマリ・ケア教育,毎週2回のモーニングセミナー,海外からの指導医招聘などの特徴がある。
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