医学界新聞

インタビュー

2008.05.26



【interview】

宇都宮宏子氏(京都大学医学部附属病院 地域ネットワーク医療部/退院調整看護師)に聞く

生活の場に帰るという目標が患者さんと共有できると,患者さんはすごく生き生きとしてくるし,何より看護師自身が変わる。


 入院から在宅療養生活への円滑な移行を促したり,患者と家族の生活の質向上を図るなどの「退院調整」の取り組みが全国に広がっている。2008年度の診療報酬改定では,後期高齢者の退院調整に対して加算が新設された。

 退院調整といえば専任者・部署の仕事と思われがちだが,京大病院においては病棟看護師が主体的に退院支援に取り組む仕組みを構築し,注目されている。本紙では,退院調整看護師の宇都宮宏子氏にインタビューを行った。


――以前は訪問看護師をされていたそうですね。

宇都宮 それまで急性期しか知らなかった私にとって,訪問看護の現場は驚きの連続でした。生活のなかで患者さんが力を取り戻していったり,その姿を見て「家では介護できない」と弱音を吐いていた家族が支えとなったりします。適切なマネジメントができれば,ほとんどの方が在宅で最期を迎えることができることも知りました。

――入院医療から在宅医療への移行が難しいのはなぜでしょう。

宇都宮 入院中は24時間3交替のケアで,安全管理の面からも「何も起こらない」環境を病院側がつくらざるを得ない状況があります。その状態から,独居や昼間に介護者がいないところにいきなり帰そうとするから,当然無理が出ますよね。

 入院早期から退院支援が必要な患者さんを把握して準備を進めないと,スムーズな在宅医療への移行はできません。例えば点滴や注射は,在宅医療でも継続可能な時間帯を検討する必要があります。そういう問題意識が,訪問看護に携わるなかで芽生えてきました。

言語化されない「入院時のズレ」

――京大病院では,退院調整看護師やMSWだけでなく,病棟看護師自身が主体的に退院調整に取り組む仕組みを構築されました。

宇都宮 退院調整を始めて半年ぐらいして気づいたのが,「入院時に患者・家族が期待していた退院時の状態」と,「医療職がイメージする状態」のズレです。主治医から退院の話を持ち出されたとき,患者さんは「もっとよくなると思っていた」,家族は「こんな状態では連れて帰れない」と言います。患者さんも医療者側も退院時のイメージは最初から持っているのに,お互いにそこを言語化しないがためにズレが大きくなるのではないでしょうか。

 現代の医療では,病気とサヨナラできる退院はほんのわずかです。たとえ手術で癌を取ったとしても,再発や転移の不安を抱えたまま生活の場に戻り,抗癌剤治療を続けることになるかもしれません。入院時から患者・家族が期待する退院時の状態を把握し,主治医もまきこんでの話し合いができるのは,病棟看護師しかいません。病棟看護師が「患者さんを生活の場に帰す」という意識を持つか持たないか,この違いはとても大きいと思うのです。

病棟看護師が担う退院調整

――では,病棟看護師はどうやって退院支援に関わればよいのでしょう。

宇都宮 当院では,退院支援のプロセスを次の3段階に分けています。

第1段階……入院時に,退院支援が必要になる患者か否かを特定する。
第2段階……検査・治療・リハビリ等の状況から,必要な介護や退院後も継続すべき医療管理・医療処置を主治医・リハビリ担当者と検討し,患者・家族と共有する。
第3段階……ケアマネジメントを行う。

 第3段階はMSWや退院調整看護師が担いますが,第1-2段階は病棟看護師が主体となります。第1段階では,入院時スクリーニングシートを用いるなどして,居住形態や介護者の同居の有無,利用している在宅サービスの状況などを把握します。退院調整が必要と判断された場合は,第2段階で「退院支援カンファレンス」を定期的に開催します。

 最近増えてきているのは,この第2段階で在宅スタッフを交えたコンサルテーションを行う病院です。例えば,同じ法人の訪問看護ステーションの所長が院長回診に同行したり,病棟の退院支援カンファレンスに参加したりするケースです。そうすると,在宅から病棟看護師へのフィードバックもできます。「Aさんは退院後に訪問看護を利用して,いまこういう状況です」と訪問看護師が報告すると,病棟看護師は自分たちの退院支援がどうやって生活につながっていくのかが見えてくる。こうした関わりが,すごくいい循環を生んでいると思います。

 受け持ち看護師による退院前後の自宅訪問を業務として位置づけている病院もあります。すると,病院にいるときとは患者さんの表情がまったく違うので,看護師は驚きます。訪問看護師に同行すれば,「吸引の指導法を在宅向けにシンプルに変えてみました」とか,生活の場にあった医療提供の方法も教えてもらえるわけです。

 ですから,退院調整専任の看護師がひとりでがんばるよりも,病棟のスタッフレベルで退院調整の意識が共有できていることのほうがより重要だと思います。

退院前カンファはあくまで“バトンタッチ”の場

――2008年度の診療報酬改定では,「後期高齢者退院調整加算」(100点,退院時1回)が新設されました。

宇都宮 点数が多いか少ないかは別として,財源があまりないなかで,退院支援部門と専従者(看護師または社会福祉士)の配置が位置づけられたのは評価できると思います。

――これから本格的に退院調整に取り組む病院も増えるでしょうね。その際の留意点は何でしょうか。

宇都宮 今回の算定要件は後期高齢者に限定されていますから,ケアマネジャーとの連携が必要となります。講演会などで私がいつも強調しているのは,「介護保険のサービス担当者会議と退院前カンファレンスは別もの」ということです。サービス担当者会議は,介護保険で使うサービスの関係者による会議です。退院前カンファレンスは,急性期医療を終えたあとでも継続する医療上の問題と,そのことで発生する介護上の問題を検討する,あくまでも“バトンタッチ”の場です。そこをイコールにして退院前カンファレンスでケアプランまで立てたりすると,逆に入院期間が長くなり,生活者に戻るタイミングを失いかねません。

 これから退院調整に取り組む病院にはイメージしにくい部分もあるので,私たちも退院調整の事例をまとめて情報発信していかなければならないと感じています。

――では,今回の加算について,今後の課題は何でしょう。

宇都宮 今回は後期高齢者に限定した加算ですが,退院調整で私たち専任部門が走り回らなければいけないのは,実際には若年者の場合が多いのです。例えば,癌が転移して退院時は車椅子になったような方の場合,使えるサービスも限られているし,障害を受容する過程も含めて非常に大変です。次回の診療報酬で対象年齢の制限を撤廃できるかどうか,この1-2年が勝負だと思います。

 退院調整の専従者を以前から置いている施設では,当院もそうですが,看護師の意識づけが変わったことで離床が進み,平均在院日数が短縮化し,退院による苦情も減ってきています。そういう成果は出ていますが,経済誘導でやり始めた場合には,質を担保する仕組みが要るのではないかと思います。

■退院調整が看護を面白くする

――各地で退院調整の勉強会もさかんになってきましたね。以前のシンポジウムで,宇都宮さんが退院調整の魅力を語られていたのが印象的です。

宇都宮 十何年ぶりに急性期の現場に戻って感じたのは,もちろん病院や病棟の差はあるとしても,急性期の看護がますます「診療補助業務」中心になっていることでした。私の学生時代から「看護の自立」が謳われていたにもかかわらず,いまだに医師の指示待ちで,アセスメントやインフォームド・コンセントにおいて看護の専門性を発揮する場面が急性期では少なくなっているように感じるのです。

――昔のほうが看護は面白かったのでしょうね。

宇都宮 面白かったですね。函館で働いていた頃は漁業従事者の患者さんが多かったのですが,イカ釣りの時期には漁船で生活することもあって,ストレス性の胃潰瘍になることも多いのです。漁業ができない時期に入院して,医療者はそこで「そんな生活をしていたら駄目」と簡単に言うわけです。でも仕事は辞められないし,そういう生活を簡単に変えられたら誰も苦労しないですよね。

 医療者にできるのは,こちらが期待するほどは薬をきちんと飲むことはできなくても,「せめてこの薬だけは中断しないでおこうね」と話したり,早めの受診を促したりすることです。病気と生活をまるごと,その人の物語としてみることが看護師としてすごく大事だなと,その頃から思うようになりました。

 その後,訪問看護を経験してそういった思いはさらに強くなったし,生活の場にいるからこそ持てる強さがあることを実感しました。もしかしたらそういった強さを,いまの急性期医療は奪い取っているのかもしれません。

――ただ,急性期病院は医療安全や感染管理,記録などの業務に追われて余裕がなくなっています。

宇都宮 そこは忙しくてできないというのとは別の要因もあると思うのです。先日も摂食・嚥下障害の認定看護師さんが「口腔ケアはしていても,何のためにやっているのかの意識づけが弱い人が多い」と嘆いていました。「食べられるようになるための口をつくっていこう」という目標がなくて,ただ業務としてやって,チェックして終わり,となってしまう。

 看護師の仕事は「診療補助業務」と「療養上の世話」に分けられます。療養上の世話というのは単に看護を提供するだけではなく,その人が病気や障害を持ちながら生きるための工夫を一緒にしていくことですよね。麻痺が出たとしても,健側を使いながら自立して排泄する方法を考える。昼間に家族がいなければ,せめて排尿だけでもポータブルトイレや尿器を使ってできることを目標にしていく。ではそのためにはどうやって離床させていくかということを,“指示を仰ぐ”のではなくて,リハ・スタッフと“相談しながら”,看護師が中心になって患者さんと決めていかなければなりません。

――リーダーですね。

宇都宮 そう,看護師は「生活療養のリーダー」なんです。その役割を果たせるようになると,看護は面白いんですよ。

看護に目覚める

――退院調整を通して,看護に目覚めるような看護師もいますか。

宇都宮 たくさんいますよ。外科病棟の若い看護師が「退院調整に取り組むまでは,ターミナル期の患者さんのそばに行くのが怖かった」と振り返っているのですね。行けば「家に帰ってみたい,口から何か食べてみたい」と要望されて,医師からは「絶対に無理」と否定される。自分にはできないことばかりなので怖かったと言うのです。

 でもいまは,在宅で看取りを終えたり,看取りは無理でも外泊をしたりという経験ができているので,患者さんがどんな最期を望んでいるのかを聞けるようになった。これまでは天井を見たまま最期を待つことしかできなかったような患者さんと,家に帰ることを目標にしてIVHの管理を一緒に勉強したり,車椅子に乗り移る方法を考えたりする。「そういった過程こそがとても大切だということもわかって,ベッドサイドへ行くのが怖くなくなった」と,その看護師が話してくれたのです。

――ベッドサイドに行くのが怖いというのは看護師としてつらいですね。

宇都宮 医師も同じですが,ターミナルになるとやはり足が遠のきます。もちろん,緊急度の高い患者さんがいればそちらを優先せざるを得ないのでしょうが,そういうときに家族が帰って寂しいからナースコールを押すような患者さんに対して,「さっき行ったばかりなのに,また!」と怒ったりするんです。でも,本来はその気持ちを受け止めないといけないし,それができていない自分に対して怒りも感じる。そうなると,専門職としてのモチベーションが下がってしまうのではないでしょうか。

――それが離職につながっていくようなところも……。

宇都宮 あると思いますね。楽しくないですもの。

 退院調整というのは,退院させることだけが目標ではありません。患者さんにとって闘いの場である医療の現場から時には身を引いて,あきらめることになるかもしれない。でも,それは人としてあきらめることでは決してないですよね。人としての生活は続くわけで,生活の場に帰るという目標が患者さんと共有できると,患者さんはすごく生き生きとしてくるし,何より看護師自身が変わります。患者さんの生き生きとした姿が,看護師にとっていちばんの力になっているのかなと思いますね。

 退院調整を通じて,患者さんの生活療養のことを急性期の看護師が見つめ直すようになりました。このことがいちばん大きな,重要な変化なのだと思います。

(了)


宇都宮宏子氏
京大医療技術短大(現・京大医学部保健学科)卒。大阪・函館で急性期病院勤務のあと,高松・京都で訪問看護の世界に入る。夫の転勤と子育てのなかで“好きな看護の仕事”を続ける道を模索した結果,さまざまな医療現場を垣間見ることに。介護保険制度創設時(2000年)にできた京大病院地域ネットワーク医療部において,02年7月より勤務。在宅ケアの経験を活かして退院調整に取り組む。

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