医学界新聞

インタビュー

2008.05.26



【インタビュー】

看護診断を現場に定着させるために

黒田 裕子氏(北里大学大学院クリティカルケア 看護学教授,看護診断研究会代表)
棚橋 泰之氏(東京臨海病院 看護部教育担当看護師長)


 電子カルテ化や業務の効率化の流れのなかで,看護支援システムの導入を計画している病院が非常に増え,看護診断の需要が高まっている。その一方で,看護診断を現場に取り入れて,うまく活用し,定着させていくのは難しいという声も聞かれる。本インタビューでは,看護診断を現場に定着させるべく尽力している黒田裕子氏と棚橋泰之氏に,看護診断を取り入れることの意義や,忙しいなかで定着させていくにはどのような工夫が必要なのかうかがった。


看護の視点で患者さんの問題を明らかにする

――近年,看護診断が現場に必要だという声が高まっています。

黒田 背景としては,まず厚労省が2001年に保健医療分野の情報化に向けたグランドデザインを公表し,「2006年度までに全国の400床以上の病院の6割以上に電子カルテシステムを導入する,また,診療所についても全体の6割以上に導入する」という目標を掲げたことが挙げられます。そのなかに看護支援システムが導入されたのですが,すべての記録をテキストで入力するわけにはいきません。そのため,看護支援システムのなかに看護実践を表わすためのどのような言葉(言語)を内蔵し,どう使うかという整理が,現場では急務になっています。

 そのようななか,看護診断については今いちばんエビデンスの高い言語として,NANDA-Iがパワーを持っています。NANDA-Iは現在13か国語に翻訳され,日本でも私たちの調査において,400床以上の病院の7割以上が使っているとの結果が出ています。

 NANDA-Iを最大限に生かすには,13領域あるNANDA-Iの分類構造Ⅱの枠組みでつくったデータベースシートを基に,入院時初期情報を13領域で入力し,アセスメントして診断に導いていくプロセスを歩み,187個からなる看護診断を分類構造から選ぶというシステムが効果的です。そうすることで,思考の一貫性がつきます。ただ,その診断プロセスにおけるアセスメントが非常に難しいですね。

 NANDA-Iの13領域の枠組みには,身体的側面だけでなく,心理的側面,社会的側面,保健医療行動的側面の診断名が約50%含まれます。つまり,患者さんから心理面や社会面,行動面などについての情報を得ることが必須になります。ところが,現場の看護師はともすれば症状や疾患などの情報に偏りがちです。患者さんの気持ちやご家族,職業などの情報については,ルーティンで得ていない施設も多いのが現状です。もちろん患者さん全員からそういった情報を得る必要はありませんが,看護師独自の介入が必要な場合にはきちんと情報を得て,看護の視点で問題を明らかにし,診断名で表わすことが非常に重要です。

 その過程で,診断指標や関連因子,危険因子をきちんと選定し,ケアプランに反映させていきます。そして,看護師が実践する介入に対してNICを選定し,看護介入後の成果についてNOCを用いて評価します。そうすることで看護過程のすべてにNANDA-NIC-NOC(以下,NNN)が使えます。NANDAもNICもNOCも膨大な言語ですが,ある程度理解して選定し,設計していけば,看護支援システムの中枢部分を構築できると思います。ただ,NNNは看護過程の計画・立案の部分に使うものなので,日々の記録についてはSOAPやフォーカスチャーティングなど,どのような言語を用いてもよいと思います。

――共通の言語を規定することで,どのような効果が期待できますか。

黒田 まず,お互いにコンセンサスを得やすい,理解が深まる,端的な言語で言いたいことが伝わるというメリットがあります。また,看護実践を客観的に記載できるので,医師やコメディカルなど他職種に看護を示しやすくなります。ただ,専門用語も非常に多く難しいので,患者さんやご家族に開示するときにどうするかという問題が,今後の課題としてあります。

“看護とは何か”を理解する

――東京臨海病院では,6年以上前にNNNを導入されたそうですが,そのきっかけを教えてください。

黒田 最初のきっかけは,「病院開設にあたり電子カルテを全面的に運用するため,NNNをぜひ導入したい」と,東京臨海病院の職員が私たちのNNNの研修に来ていたことです。それから私は何十回も東京臨海病院に行き,とにかくゼロから教育しました。その後私の研究室で看護診断を研究していた棚橋さんが東京臨海病院に就職し,教育も継続して行うことができたので,かなりスムーズに導入できたのではないかと思います。

棚橋 NNNを導入する際にはいくつかのポイントがあり,当院でもそれに留意しながら教育を行っています。第一段階としては,看護診断を行う意義や看護過程をきちんと理解していることが重要です。

 次に,データをとり,正確なアセスメントを行うために13領域を理解する。情報収集ができない場合は対人関係スキルを整える必要があるため,手順書を作成するなど,定着できるような工夫をします。当院では院内で講義を何回も行い,水準を保てるようにしているほか,監査をかなり厳密に,質的な部分も含めて行っています。

 もう1つ,身体的側面と心理社会的,保健医療行動的側面のアセスメント能力を身につけることが重要です。身体的側面は手がかりも客観的であるため,少しのトレーニングで習得しやすいですが,心理社会的,行動的側面というのは,例えば“患者さんの状態が心配だ”というようなことはなんとなくわかって,それに介入することはできても,その裏には何があるのか,他のデータとあわせたらどうなのかといった部分がなかなか育ちません。その部分こそ看護師としてやるべきことだと思っているけれど,言葉にならないというような現象があるので,そこをつなぎあわせる作業をしています。

黒田 同時に,NNNのそれぞれを構造的に理解することが重要です。そのために,“看護とは何か”“看護師は何をする人か”など,看護を全体論的に見ることが重要だと思います。

棚橋 “看護とは何か”という問いはいちばん重要だけれど,意識して教わってこなかったのではないでしょうか。私は,看護診断は看護を可視化したものであり,可視化のために専門職として実践するものだと思います。専門職たるゆえんは,看護師が独自に専門職として判断をするということで,それをNANDAが示しているのです。

診断用語の「不安」と日常会話の「不安」は違う

棚橋 いろいろな病院の看護診断導入に関わるなかで問題だと思うのは,クリニカルパスや標準看護計画にまで診断用語を使うなど,本質的な部分が理解されないまま,言葉だけが先行してしまっているということです。

黒田 患者さんの健康問題と診断名を単にあてはめると思っている人が多いのですが,診断指標1つ考えるのも大変なことなのです。思考過程がまったく無視されていると,単にレッテル貼りのようになってしまい,疾患が同じなら同じ診断と誤解されがちです。

 「不安」という言葉も,看護診断でいう「不安」という現象と,自分たちが日常的に使っている「不安」というのは違うのです。けれど,そこの価値がわかっていないと,自分たちが経験的に理解している「不安」がいきなりゴールになってしまいます。そうすると,自分が理解しているものと,診断で用いるものの定義が合致せず,混乱してしまいます。診断用語としての「不安」は,患者さんが困っていて,私たちが助けてあげなければいけない現象としての言葉なので,一般の言葉と混同して使ってはいけないのです。

棚橋 日常的に,言葉の意味をきちんと理解しないままに使っているということもあるので,院内研修では『広辞苑』を使って学習しました。

成功体験が大事

――看護診断を学ぶうえで注目を集めている中範囲理論を学ぶ意義を教えてください。

黒田 診断用語のなかには,非効果的コーピング,ストレス過剰負荷,悲嘆などの概念があるのですが,これらは中範囲理論から出てきています。ですから,中範囲理論を理解して,なぜその概念が看護として重要なのかがわからなければ,表層的に言葉だけが踊ってしまうのです。また,用語の定義も,診断指標,関連因子もすべて一貫性があるので,理論を理解することは非常に重要です。

棚橋 中範囲理論がないと,情報と情報がつながりません。AとBとCという情報をつなげると,患者さんの健康問題が顕在化してくるのに,中範囲理論を理解していないとそこが見えないのです。ですから演繹的な見方もできないし,帰納的な見方もできないということが起こってしまいます。

 私は,現在専任で教育を担当しているため,看護診断に関するいろいろな問い合わせがきます。「診断がわからない」という場合には,患者さんのデータを出してもらいます。というのは,患者さんは看護師それぞれに出すサインが違うんですよ。ですから,「あなたのみている患者さんは,どういう人?」と聞いたうえで,「じゃあ,こういった現象から,こういうことが言えるかな」というふうにできるだけ領域に引き寄せていき,「それはこの理論で語れるんだよ」ということを,その場で見せるようにしています。

 看護診断を行うには患者さんがどういう人か,全体的に見ていかなければいけないのですが,表層的に見えてきたデータだけで語ろうとするのでわからなくなってしまうのだと思います。ですから,先ほどお話ししたように“看護とは何か”というところに立ち戻り,理解を促すことも重要です。

――忙しい現場のなかで,NNNを定着させていくコツはありますか。

棚橋 NANDAはその患者さんが示している反応を私たちが査定して,診断用語として表現したものです。そして,その成果を表わすのがNOCです。ですから,自分たちの実践が患者さんにどのような影響を与えたのかがすぐにわかるわけです。そのような体験を積み重ねていけば,「ここまで考えて,患者さんがこれだけよくなった。やってよかった」と思えるようになります。

 また,当院では最近患者さんに対しても看護診断の開示を始めました。「自分たちはデータをもらって,このように考えました。そして,このようなゴールを考えています」と患者さんに示して共有しています。自分たちが一生懸命考えたことで患者さんに貢献できたという体験をすると,どんどん自発性が出てきますね。そういった,スタッフのモチベーションを上げる工夫が必要だと思います。

黒田 診断をするときには,「この健康問題が解決したら,患者さんの状態はこのようによくなる」ということを同時に考えなければいけません。それが成果につながっていきます。頭のなかで,自然に自分たちはここに向けて介入するのだ,援助するのだということが関係づけられてくる。それがNIC-NOCなんですね。

一日にして成らず――病院独自の設計を

――NNN導入を検討中の施設が気をつけるべきポイントは何でしょうか。

黒田 NNNを導入する場合,その施設にあわせて設計していく必要があります。例えばNICをカテゴリー化してその施設の会計システムとどのように合わせるか。また,中には日本の法律では認められていない介入や行動もあるのでそれを除く作業や,抽象度が高く理解が難しい行動について解説を入れる作業など,施設独自の工夫が必要で,準備に1年ぐらいかかります。

棚橋 クリニカルパスが普及しているなど,それぞれの施設の特徴があると思います。それを生かしながら,どのようなシステムがスタッフにとってよいのかを考えて設計することが,その後の運用においても非常に大切です。また専門職として,なぜ電子カルテにNNNを導入するのか,どのような効果があるのかをトップがきちんと理解し,スタッフに周知することも重要です。

 導入部分だけでなく,その後の維持も大きな課題です。私たち自身もそうですが,看護診断を行っていくなかで,日々「本当にこの診断でいいのか?」という疑問が出てきます。そのときにいいサジェスチョンができるスタッフがいる施設はなかなかありません。

黒田 ですから,その中枢の人を育てていくというのが,私たちの役割だと考えています。各施設においてもまずは中枢の教育スタッフを育てることから始めなければ,なかなか皆には回っていかないです。ちょっと研修に行って,そこで知りえた知識をすぐに使えるというものではないんですね。タイプの違ういろいろな事例をいくつもこなすことでアセスメント能力が上がっていく。繰り返し診断を行い,論理的思考能力,まさにcritical thinkingを磨かなければいけないのです。

医学書院 看護診断セミナーに向けて

黒田 看護診断セミナーでは,基本的な理解ができるようなしっかりした講義をしたいと思っています。また,事例を用いながら,わかりやすい内容にしたいと思います。とにかく,現場の人が活用できるというのが大事なことですね。

棚橋 私は現場の側から,看護診断を取り入れるにはどうしたらいいのか,具体的にお話ししたいと思います。また,看護記録監査のニーズが非常に高いので,今回のセミナーで初めて取り入れました。監査は基本的な理解ができていなければ到底できるものではないので,できるだけ詳しく解説します。今後は,次のステップとして,組織でブレーンになる人を育てる,少人数の研修を開催したいと思っています。(了)


黒田裕子氏
1977年徳島大教育学部看護教員養成課程卒。聖路加看護大大学院看護学研究科博士後期課程修了。北里大病院勤務,東医歯大講師,日赤看護大教授などを経て,2003年より北里大教授。2004年より同大学院修士課程・博士後期課程クリティカルケア看護学教授。日本看護診断学会理事,看護診断研究会(NDC)代表。主な著書に『NANDA-NIC-NOCの理解――看護記録の電子カルテ化に向けて(第3版)』(医学書院)など。

棚橋泰之氏
1985年東京電子専門学校医学電子科,1990年北里高等看護学院卒。2004年日赤看護大大学院修士課程修了。河野臨床医学研究所付属北品川病院勤務,積善会看護専門学校専任教員などを経て,2004年より日本私立学校振興・共済事業団東京臨海病院看護部教育担当看護師長。日本看護診断学会評議員,日本看護診断学会用語検討委員,看護診断研究会副代表。

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