医学界新聞

寄稿

2008.05.12



【寄稿】

マッチングと医師不足,米国そして日本

本田 仁(Washington University感染症科フェロー/米国内科専門医)


 日本もマッチングシステムを導入後4年が経過し,研修医教育制度に変化をもたらした。医学生は研修先確保のため“就職活動”をしていくことが要求される。その一方で,医局制度のもと慣習的に行われていた医師派遣が滞り,地域での医師不足や偏在化など新たな問題にマッチングが直接あるいは間接的に影響したとも言われる。さらに,研修施設によっては人気のある施設と定員を満たせない施設の両極化も認められ,臨床研修施設にも変化が求められるのは必至である。

 ここではマッチング制度を先駆けて導入した米国のマッチングについて,内科を中心に紹介したい。

米国のマッチング

 米国のマッチングの歴史は今から50年以上も前にさかのぼる。1900年代初頭,インターンの獲得のため病院(プログラム)間で競争が激化し,プログラム側は医学生がまだ若い学年時より,学生の能力を十分吟味することなく獲得のために動き,医学生側も各プログラムを十分に比較することなく決めざるを得ない状況であった。その後,National Resident Matching Program(NRMP)が1952年に設立され,全米で統一したマッチングが導入される。

 現在までマッチング制度に改良を重ね,プログラムおよび医学生の双方の負担の軽減に大きく寄与している。最近はCouplesと呼ばれる夫婦・恋人が同都市,近隣プログラムに参加するための制度など,医学生に十分配慮した形をとっている。各科プログラム,さらに内科のフェローシップ(専門医研修)応募の際も多くの科でNRMPのシステムを導入している。

際限のない供給源

 米国のプログラムに参加する医学生は世界中から集まる。つまりレジデントになる供給源に際限がない。応募者は米国医学校卒業生(AMG),米国人で米国外医学校卒業生(US-IMG),Osteopathic Medicine卒業生,外国人で米国外医学校卒業生(IMG)に大別される。

 US-IMGは主にカリブ海近隣諸国,ドミニカ共和国などの医学部を卒業し,米国プログラムに戻る米国人であり,特にカリブ海の医学部は潤沢な資金を持ち,米国プログラムへの供給源としてその存在を大きくしている。さらに米国には,医学校(Medical School)の他に,卒業時にDoctor of Osteopathy(D.O.)の学位が授与されるOsteopathic Medicine(OM)がある。現在OMは,公立・私立を含め20校存在し,通常の医学教育に加え整骨医学に相当する分野の教育が含まれる。IMGは内科プログラムにおいてAMGに次ぐ供給源であり,インド・パキスタンを筆頭にシリアなど政治的に対立する国家からの参加も多い。

 このような事実は,私に驚きとある種の米国の懐の広さを感じさせる。だがもともと移民国家である米国では当たり前のことなのかもしれない。

AMGのみでは需要をみたせない

 AMGの全体のマッチング率は2007年が約94%で,ここ数年横ばいである。一方IMGは約45%である。卒後1年目(PGY-1)のマッチング率の推移を示す(図)。

 AMG間では高収入で労働時間の明瞭な科が人気がある。内科においては1986年から2003年にかけて専門科の需要増加のため定員数は約35%増加したが,AMG間の内科の人気は需要とともに増加しているわけではない。

 2007年度,米国内科366プログラム,計4798の定員数のうち4720がマッチしており,数だけ見ると98%がマッチしたが,AMGの占める内科ポジションは2680(定員の55.8%,ここ数年横ばい)に留まる。さらに2000程度のマッチング外採用があり(主にIMG),実際にAMGの占める内科ポジションは35-40%程度である。他主要科に関しても家庭医学科60%,外科22%,産婦人科28%のポジションをAMG以外の卒業生が占める。これは米国医療においてレジデント不足が深刻な状況にあり,AMGのみで決して満たすことのできない需要があることを如実に表している。

 またマッチングの定員数は各科により大きく異なり,内科の定員数は耳鼻科,眼科,皮膚科などに比べて圧倒的に多い。2007年度の全米において,内科4798ポジションに対して皮膚科は約320ポジションのみである。定員数の少ない科は狭き門となる。各科の専門分野においても同様に,定員数の設定がある。例えば,内科に進んだすべてのレジデントが循環器科のフェローシップに入れるわけではない。さらなるマッチングが待ち受けている。

 このように各科の定員に傾斜をつけることで,各分野の需要に応じたレジデントの分配が行われる。各科の収入差もまた,マッチングに大きく影響している。上述のようにAMGの志向は収入の高い科であり,放射線科・整形外科・皮膚科,内科では消化器科・循環器科などは収入が多く,より厳しいマッチングを切り抜けなければならない。

医学部の定員増加と新しい医学部の設立

 米国の慢性的な医師不足は深刻である。著名医学雑誌にも多くの医師募集広告が掲載されている。現在3000万人の米国人がいわゆる医師不足地域に居住していると言われている。アメリカ医科大学協会:Association of American Medical College(AAMC)は将来のさらなる医師不足を懸念し,2015年までに医学部定員の15-30%程度の増加を掲げており,さらに新設の医学部の計画が進んでいる。AAMCは2015年までに潜在的に10-15の医学部が新設されると推測している。これらの動きからも,米国がどれだけ医師不足を懸念しているかが理解できる。

 日本においても一昨年あたりから,医学部の暫定的な定員増加(10%程度),地域勤務枠の策定,メディカルスクール(大学院大学)設立などの議論が尽きない。これらの変革はいま起きている医師不足を早急には改善しないが,中長期的に意味のある戦略である。今後の医学部やメディカルスクールの新設には十分注目したい。

マッチングから見える現実:米国と日本

 2007年度,米国におけるマッチ総数は2万3253(PGY-1・2のポジションの総数)である。この数はマッチングしたAMGの総数(1万6262)を大きく超えている。残り約7000のポジションにおいては,英語という共通語と米国の経済力,世界でも有数の研修医プログラムを売りに,自国外の医学部卒業生を世界中から集め,米国の医療を保つため躍起になっている。

 その一方で,特に発展途上国からのIMGはレジデンシー修了後も米国に残ることも多いため,出身国からすれば米国のシステムはある種の頭脳流出を助長している感も否めない。だがそれほどまでに米国が将来のさらなる医師不足を杞憂しているのである。

 日本において,2007年度のマッチング参加者は約8600人である。必要レジデント数が米国の5割(対国民総数)だとしても,日本の新規レジデント数はそれにはるかに及ばない。さらにコメディカルの総数も少ない日本では,レジデントを含めた医師,コメディカル双方への負担が大きいのは周知の事実である。つまり日本の医療もまた,マンパワーの観点からすると危機的状況といわざるを得ない。

 またマッチングによってもたらされた初期研修修了後の各科の進路に定員数がないことは,需要に応じた医師の分布を実現するうえで障害となる可能性がある。各研修施設側の人気や研修内容に開きがある感もあり,自然淘汰的に消滅するプログラムも出てくるのではないだろうか。大学病院と市中病院,さらに田舎と都会の市中病院ごとの担う役割の大きな違いを生かしつつ,一定の質を確保したプログラムの整備が不可欠だという危機感の認識が,各プログラムの今後を左右するであろう。

 理想の医師になるべくよりよい研修先を模索する医学生の就職活動と,そこから生まれる競争は止めるべきではない。だからこそ筆者は,より需要に見合ったレジデントの供給の実現とマッチングのさらなる整備は必須であると考える。それは米国を真似るのではなく,そこから学ぶことである。今までの米国のマッチング制度での失敗を繰り返さずに日本のマッチング・レジデンシー制度が成熟していくことに,大きな期待を寄せている。


本田仁氏
2000年北里大医学部卒。日本で数年の研修を経て渡米。07年6月University of Hawaii内科プログラム修了。同年7月よりWashington University感染症科フェロー。米国内科専門医。

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook