医学界新聞


好発年齢の若年患者に向けて

寄稿

2008.03.03



【Medical Frontline】

統合失調症発症危険状態における発症頓挫に対する取り組み
-好発年齢の若年患者に向けて

水野 雅文(東邦大学医学部精神神経医学講座・教授)

国際的な潮流となっている早期発見・早期治療の現状

 臨床精神医学の領域では近年,欧州や米国,豪州を中心に,統合失調症のような精神病に対する早期発見・早期治療への関心が急速に高まっている。

 早期発見と早期治療が転帰に影響を与え,十分な回復に不可欠の要因であることは一般医学の常識であるが,精神科領域では早期発見や予防といった概念は長く封印されていた。特に統合失調症においては,諦めにも似た空気の中で,治療といえばかつて精神病院と呼ばれていた精神科病院に収容する入院治療が中心であり,わが国の精神科には不幸にして地域ケアという概念はなかなか根付かなかった。

 一方,諸外国においてはクロルプロマジンの発見以来,1960年代初頭から次第に脱施設化とも呼ばれる地域化が進み,退院が促進され外来治療が中心となり,精神科病床は減少の一途をたどり,イタリアのように精神病院の全廃完了を宣言する国まで誕生した。結果的に地域ケアこそが治療の中心となれば,早期発見・早期治療の機運が高まってくるのも必然であろう。

 国際早期精神病協会(International Early Psychosis Association; IEPA)は現在会員約3000名の学術団体であり“Early Intervention in Psychiatry”というジャーナルも刊行されている。隔年の学術集会開催ごとに参加者が急増しているが,残念なことに日本からの参加はまだ少ない。

 実際に地域で進められているサービスは,国や地域により異なるものの,基本的な戦略はファルーン・マクゴーリモデルとか,Closed-in Strategyと呼ばれるものである。

 すなわち発症危険状態あるいは前駆期における非特異的な症候に着目し,これらを地域の中でゲートキーパーが見いだしたなら,それを確実かつ迅速に専門家の治療へとつなげる地域ネットワークのことである。現時点でこれが最もうまく機能しているとされているのは豪州・メルボルンのEPPIC(Early Psychosis Prevention and Intervention Center)あるいはオリゲン(Orygen)と呼ばれる地域介入システムである。

早期介入のための前提

 早期介入を是として進めていくためには,偽陽性を最小にする診断スキルの獲得,早期介入による転帰改善のエビデンス,さらに早期治療手段の開発などが前提となる。

 偽陽性の最小化に関しては,現時点ではYungらの診断基準を満たした自ら援助探索行動を起こして受診した症例においては1年以内に精神病状態へ移行するものが約40%とされている。これらの症例は発症危険状態(ARMS: At Risk Mental State)にあるとみなされ,専門家による慎重なフォローアップや適切な介入の対象となる。今後,臨床診断のみならず,さまざまな生物学的指標も用いた診断技術の向上により,偽陽性がさらに少なくなっていくことが望まれる。

 早期介入による転帰の改善は当然のことではあるが,これをもとに早期介入を推進するためにはエビデンスが必要になる。現在もっとも強調されていることは,治療の遅れに伴う転帰の悪化である。精神科領域では1990年代から精神病未治療期間(DUP: Duration of Untreated Psychosis)と呼ばれる概念が生まれ,精神病症状の顕在化から治療開始までの期間として示される。

 DUPは単なる生物学的な治療の遅れのみならず,精神疾患にまつわる偏見(スティグマ)に...

この記事はログインすると全文を読むことができます。
医学書院IDをお持ちでない方は医学書院IDを取得(無料)ください。

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook