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医学界新聞

対談・座談会

2008.01.21



【座談会】

ベテラン臨床医のための
コミュニケーションスキル・トレーニング

箕輪 良行氏=司会
(聖マリアンナ医科大学教授・救急医学/同救命救急センター長)
永井 良三氏
(東京大学大学院教授・循環器内科/日本内科学会理事長)
大島 民旗氏
(ファミリークリニック/なごみ所長)
松村 真司氏
(松村医院院長)


 近年,「患者満足度」が診療の質の評価指標として注目されており,それを大きく左右するのが医師のコミュニケーションスキルであると言われている。箕輪良行氏(聖マリアンナ医大),松村真司氏(松村医院)らは「研修医たちが身につけているコミュニケーションスキルをベテラン医師に伝えたい」との思いから「コミュニケーション・患者満足訓練コース」(主催=地域医療振興協会など)を開催している。本号では箕輪氏を司会に,松村氏,前東大病院長であり内科学会理事長の永井良三氏(東大大学院),セミナー参加者の大島民旗氏(ファミリークリニックなごみ)にコミュニケーションが医療に与える影響についてお話しいただいた。


いまなぜコミュニケーションスキル・トレーニングなのか

箕輪 内科医をはじめとした診断・治療を行う医師の多くは,正確な診断や適切な治療を行うと同時に,患者さんの医療に対する満足度を上げて信頼関係を築き,いい結果につなげたいという思いがあると思います。とはいえ,医師側の一方的なアプローチでは理想的な医療は難しい。そこで必要となるのがコミュニケーションスキルです。

 しかし,どんなスキルをどうやって身につけたらいいのかは不明確ですし,「本当にコミュニケーションが治療に影響するのか」という疑問を持っている方も多いと思います。

 一方,卒前教育の場面では,OSCEの導入によりここ10年ほどでコミュニケーションスキルの教育が非常に充実してきています。ですから今の研修医は,傾聴やオープンエンド・クエスチョン,ドアノブ・クエスチョンなどそれ以前の医師には耳慣れないスキルも使えるようになっています。しかしそのような教育を受けていないわれわれやそれより少し若い世代では,スムーズに言葉が出ないこともある。そこでぜひベテランの先生に,コミュニケーションはトレーニングで改善することと,治療に大きな効果があることを知ってもらい,今後の診療に役立てていただきたいと考えて「コミュニケーション・患者満足訓練コース」を始めました。大島先生,受講された動機や感想をお話しいただけますか。

大島 日ごろ自分が行っている医療面接のレベルを知りたいと思ったことが受講のきっかけでした。また,研修医の指導をする際にドアノブ・クエスチョンや解釈モデルの話をしていたのですが,自分が実際にできているのかどうか不安だったこともあります。

 参加してよかったことの1つは,自分自身の力量が客観的に評価されることでした。コースでは計4回の医療面接を行うのですが,最初はいわゆる“よそ行き”の面接で教科書どおりの対応ができていても,2回目,3回目になると“地”が出てくるため,自分の癖がはっきりわかるのです。私の場合は,解釈モデル――患者さんが何を期待・心配して来られているかを把握すること――がおろそかになりがちで,自分で想像して面接を進めてしまう傾向があると実感しました。

 さらに,他の受講者の診療スタイルを見ることが非常に勉強になりました。具体的にはパニック障害の女性のケースで,別居しているお姑さんから頻繁に子どもができないかと催促されることが大きなストレスになっていたというシナリオでした。私が面接をした時は「家の中で気になっていることはありませんか」と聞いたためその話は出てきませんでした。しかし,精神科の先生が「まわりのことで気になっていることはありませんか」という聞き方をしたら,離れて住んでいるお姑さんの話が出てきたのです。先生が「お義母さんに何と言ってやりたいですか」と尋ねると,模擬患者さんが「もう放っておいて! と言ってやりたいです」と答えられたので,こういうアプローチの仕方があるのかと感心しました。

心不全でも“主訴なし”?

箕輪 ベテラン内科医である永井先生にとって,コミュニケーションを講習会でトレーニングするということは違和感がおありになるかもしれません。

永井 私自身は体系的なコミュニケーションの教育を受けていないので,専門用語などには多少戸惑うところがあります。しかし基本的には,コミュニケーションとは「いかに信頼関係をつくるか」に尽きると思います。どんなによい治療方針,治療方法であっても,医師-患者間の信頼関係がなければ,よい結果には結びつきません。患者さんは「その薬がいいから飲む」のではなく,「信頼できるこの先生が言うのだから従ってみよう」というプロセスを経るのだと思うのです。ですから,医療面接では診察の過程でどれだけその人のことを理解できるかが重要です。その人の人生をどのように受け止め,雑談から人生観や価値観をどう引き出していくか。場合によっては患者さんによって,言葉遣いなどの対応を変えることもあると思います。つまり「いかに個別対応できるか」が最も重要なので,訴えをきちんと聞くところから始まるわけですね。

 たとえば循環器では,“主訴は心カテ”というのがいまだに横行していて,心不全の患者さんのカルテに「主訴なし」などと書く医師もいます。寝ていれば主訴はないかもしれませんが,そのあたりをきちんと聞けるかどうかがカギです。病気を完全に治すことはできなくても,訴えはとってあげることができる。そこがスタートだと感じています。

箕輪 信頼関係をつくることと,雑談から上手に情報を引き出すことは,かなり難しいことだと思います。たとえば,「この人にとっては心カテをするよりも,家に帰るほうが大事なのだ」という判断をすることもあると思いますが,そういう感覚は教育しなくても自然に身につくものでしょうか。

永井 学生や研修医を見ていると,できる人は教えなくてもできるのです。ですから持って生まれた素質というのは大きいと思います。ただ,そういう人はきわめて稀で,大多数の方が試行錯誤して,失敗しながら身につけていくでしょうし,逆に一生かけても身につかない人もいます。このバラツキがあまりに大きいと病院の信頼度にもつながりますので,ある程度の教育が必要になってくると思います。

「形」で「心」を見せる

箕輪 OSCEでコミュニケーション教育が始まった時,最初になされた批判の1つが「形だけを教育しても仕方がない」というものでした。挨拶して,自己紹介をして,「ほかに何かありませんか」と締める,それは形であって心ではないというわけです。それについてはどう思われますか。

永井 礼儀をわきまえていることが患者さんとの信頼関係につながるという観点では,“形”というものもある程度必要だと思います。私自身も最近になって気がついたのですが,言葉遣いというものは,若い時にはあまり気にならなくても,年齢を重ねると気になってくるものです。若い時は友だち言葉のほうがフレンドリーだから,と思って使っているかもしれませんが,最近は患者さんも高齢の方が多く,社会でいろいろな役割を担ってきた方々ですので,若い医師や看護師が友だち言葉で対応するのは失礼です。そこは上の世代がきちんと教えなければいけません。できるだけ回診の時に示しています。研修医が友だち言葉で患者さんと話している横で,私がきちんとした敬語を使ってみる。すぐには効果が上がらないかもしれませんが,見ている人たちはきっと何かを感じてくれると思っています。

松村 若い医師は永井先生をロールモデルにして,自分の姿を素直にふりかえることができると思いますが,30代半ばから40代くらいの中堅からベテランの域に入りつつある,実力のある先生でも言葉やふるまいが気になる人がいると思うのですが。

永井 私の教室であれば直接注意しますね。たとえば,「この患者さんは血管がボロボロなんです」と説明する医師がいます。冠動脈造影で三枝病変が見られるような場合ですが,そんな時には「君,いくらなんでもボロボロという言葉は失礼だろう」と患者さんがいないところで注意しています。

松村 医師が面接時に,患者さんに理解できない専門用語や,不快感を催すような言葉を何気なく遣ってしまうことは多いと思いますが,そういう言葉の使用を避けることも1つのコミュニケーションスキルですね。

■コミュニケーションがリスクを減らす

1000回生まれ変わっても右と左は間違えない

箕輪 東大のような大きな病院で系統的に間違いやリスクを減らすという視点でどういったことを行えばいいとお考えですか。

永井 常に「思いやり」を忘れないことだと思います。目前の患者さんに対する思いやりというのは当然ですが,もう1つ忘れてはならないのは,医療人のあり方に,「思いをはせる」ことも重要です。医療事故や院内感染は,組織が大きくなるほど起こりやすくなります。たとえば,左右の間違えや人の取り違えなどのあってはならないミスでも,医療者1人につき100年に1回くらいだったら「仕方がないか」と思いがちです。しかし,医師・コメディカル含めて1000人の病院では,1人が100年に1回ミスをすると年間10回ミスが起こるわけです。これでは医療は成り立ちません。つまり,自分が1000回生まれかわっても右と左は間違えないという,その「思いやり」が必要なのです。1人ひとりの医療者が「自分が1000回生まれかわってここで働いていても基本は守る」という厳粛な気持ちで医療を行ってはじめて,近代的な病院は成り立つのではないかと思うのです。

箕輪 とても面白いお話だと思います。たとえば毎日40人の患者さんを診ている医師は,年間で1万数千人を診るわけですから,小さなミスをくり返し起こす人はとても大きなリスクを背負っていると言えます。私たちがコミュニケーションスキルを取り上げる理由の1つにも,そこにアプローチすることでリスクを減らせるのではないかということがあります。何かエビデンスを紹介していただけますか。

松村 主として北米で行われた研究で,コミュニケーションスキルと診療の指標との関連を示すエビデンスが示されています。まず,信頼関係ができていると患者は安心していろいろな情報を提供してくれます。そのため診断もつけやすくなります。また,患者さんは医師から指導された食事療法や服薬の指示も遵守してくださるようになります。その結果,たとえば血圧のコントロールがよくなり,長期的には動脈硬化や高血圧の合併症のリスクを下げることにつながります。同様の調査研究はいくつか行われており,他にも精神科の薬の管理・コンプライアンスや,糖尿病患者のHbA1cのコントロールとの関係も明らかにされています。また,訴訟が多い人は何らかのコミュニケーション不全がある場合が多いということも示されていますので,...

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