医学界新聞

2007.10.08

 

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


プロメテウス解剖学アトラス
解剖学総論/運動器系

坂井 建雄,松村 讓兒 監訳

《評 者》吉尾 雅春(千里リハビリテーション病院副院長)

臨床解剖学や運動学がちりばめられた系統解剖学書

 『プロメテウス解剖学アトラス 解剖学総論/運動器系』,まさに理学療法士をはじめとする運動機能に関わる職種のために誕生した解剖学書だと思います。なぜか? それは本書を開いてみればわかります。とにかく開いてみてください。近くに書店がなければ,医学書院のホームページをご覧ください。とりあえず,イメージは伝わります。

 まず何よりも,図がとてもきれいで見やすいのが特長です。画家の技量もさることながら,コンピュータを駆使した図は,私たちの目を間違いなく引きつけます。また,何層かに分けて三次元的に描画されているため,構造の奥行きを理解することを容易にしています。さすがドイツ生まれの解剖学書,という出来映えです。原書が発刊年に「ドイツの最も美しい本」として認定されたのも頷けます。

 『プロメテウス解剖学アトラス』がこれまでの系統解剖学書と大きく違うことのひとつとして,決して身体構造全体をただ網羅した解剖学書を意図していないということが挙げられます。解剖を学ぶ学生,あるいは臨床家たちがある課題を理解しやすいように,メリハリをつけた誘導を行っているのです。図示だけでよいところは解剖学アトラスらしく図を多用して導き,解説が必要な部位・構造については基礎から臨床に至るまで,文字情報および図・写真双方で突っ込んだ説明を展開しています。

 特に理学療法士にとって嬉しいことは,随所に運動学的視点から解説を加えていることです。解剖学書であるにも関わらず,てこの原理などを用いて興味深い運動学的説明が展開されています。しかも,それらの展開には簡単なものから複雑なものへという進度を感じとることができるのです。このように詳細で優れた運動学的説明を加えた解剖学書は他にありません。

 解剖学と運動学,理学療法士や作業療法士にとっては切っても切り離せない最重要領域なのに,なぜか教科書も講義も別々。そのような常識を打ち破って,系統解剖学の中に臨床解剖学や運動学,運動力学的解説が随所に,かつ詳細に述べられた,まさに夢の書だと思います。

A4変・頁560 定価12,600円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00239-4


グラント解剖学図譜
英語版CD-ROM付 第5版

坂井 建雄 監訳
小林 靖,小林 直人,市村 浩一郎 訳

《評 者》小澤 一史(日医大大学院教授・生体制御形態科学)

解剖学を学ぶということの「楽しみ」を提示

 大学医学部・医科大学における解剖学実習は,医学部教育の根幹をなすきわめて重要な実習の一つである。解剖実習では,教師は基本的事項,重要事項の道標を灯し,学生はそれをもとに自らの努力で,精緻に富み,機能と合理的に対応する人体の構造を学び,身につけていく。したがって,自ら学ぶ際の,信頼できるテキスト,アトラスとの出会いが,その後の学習効率を高めることはいうまでもない。

 今回,グラント解剖図譜第5版の日本語版が出版の運びとなった。“Grant's Atlas of Anatomy”は,世界における最も優れ,詳細なスタンダード解剖学テキストとして,大きな貢献を残してきているが,その図譜もまたきわめて優れた本である。本書の特徴は,なんといっても図が見やすく,豊富なことである。しかも,その図が多角的な視野から描かれており,人体構造を三次元的に理解するための大きな手助けとなる。このことは,人体解剖という目の前の「三次元」を考えるうえで,きわめて有用なツールとなることを意味している。近年の解剖学は,ただ身体の構造を知るだけの学問の概念をはるかに超えて,解剖学が臨床医学を学ぶ際の重要な課題解決の基盤となることを理解するのが大切なことと認識されている。その意味から,解剖学教育の現場では,すでにX線造影像,血管造影像,CT,MRIといった画像が紹介され,実際の解剖による観察との対比も積極的に行われている。その現状にぴったり当てはまるように,本書では随所にこれらの画像が加わり,まさに基礎医学と臨床医学を連結する立場も示され,学生に対し,医学部において解剖学を学ぶことの意味,意義を自然と伝えている点が高く評価される。

 さらに,体表解剖についての記載がきちんと示され,昨今,検査や画像データに頼る傾向のある医療に対し,あくまでも基本は「視診,触診,打診,聴診」であることを伝えようとしている意図が感じられ,まさにピリッと効いた香辛料的な役割を果たしている。各図の説明文は,簡潔で無駄がなく,要点をきちんとまとめており,違和感なく頭に入ってくる。これだけで十分に満足の内容であるが,付録のCDが思わず「おおっ」と思う充実と楽しさを含んでおり,解剖学を学ぶということの「楽しみ」を提示している。

 本書の監訳者である坂井建雄教授,訳者の小林靖教授,小林直人教授,市村浩一郎博士は解剖学者として気鋭のメンバーであり,また解剖学教育,医学教育に対する深い情熱を持った執筆陣である。各氏とも強い熱意と学生に対する深い愛情のもとに本書の日本語版出版に力を注いだ様子が読み取られ,その努力に心からの敬意を表すものである。このグラント解剖学図譜は,医学生のみならず研修医,専門医にも多大な情報を提供することは疑いもなく,心から推薦する次第である。まさに,「よい本に出会ったときの至福の喜び」である。

A4変・頁896 定価15,750円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00346-9


神経心理学事典

岩田 誠,河内 十郎,河村 満 監訳

《評 者》山鳥 重(神戸学院大教授・人文学部人間心理学科)

関連項目を拾うことにより教科書としても使える一冊

 神経心理学に関心を持つ人間にとっては,願ってもない書物が翻訳出版された。神経心理学は,脳損傷と心理障害,あるいは脳機能と心理現象の相関を追及しているが,問題が問題だけに,初心者にぴったりの,手元で使える参考書というのがなかなかない。記述が心理的側面だけに集中しているのも困るが,機能的側面だけに集中しているのもやっぱり困る。本書はこのバランスが絶妙である。神経解剖学も,神経生理学も,神経学(神経内科・脳外科・精神科を含めて)も,実験心理学も,認知心理学も,リハビリテーション諸科学も,とにかく神経心理学に重なる項目はすべて本書に収められている。この程度のサイズ(711頁)にしては,その手落ちのなさは憎らしいほどである。

 本書の魅力は編集方針にある。詳細な説明が必要な項目には十分な紙面が割り当てられ,簡単な説明で事が足りる項目は数行で済まされている。このめりはりがすばらしい。例えばAの項目を例にとると,重点項目に選ばれているのはacalculia失計算,aging加齢,agnosia失認,agraphia失書,alcoholismアルコール中毒症,alexia失読,amnesic syndrome健忘症候群,amusia失音楽,anomia失名辞,anosmia嗅覚消失,anosognosia病態失認,aphasia失語,apraxia失行,assessment評価,ataxia運動失調,attention注意,auditory perceptual disorders聴知覚障害,autism自閉症,autotopagnosia自己身体部位失認の19項目で,これらについては総説に近い詳細な解説がなされている。嗅覚消失,評価,注意,それにアルコール中毒が同じ重要性を持つものとして,失認などと肩を並べている点がきわめてユニークで,確かにこれぞ神経心理学である。

 さらに,これらの項目を執筆しているのは,失計算がXavier Seron,失認がGlyn W. Humphrey,失読がFrank Benson,健忘がAlan J. Parkin,健忘症候群がAndrew R. Mayes,失音楽がHarold W. Gordon,失名辞がGabriele Miceli,病態失認がGeorge P. Prigatano,失語がHarold Goodglass,評価がJ.R. Crawford,運動失調がJ. Graham Beaumont(本書編集者の一人),注意がMichael I. Posner,聴知覚障害がLuigi A. Vignolo,自己身体部位失認がGianfranco Denesと,それぞれの領域で求め得られる最高の人たちである。内容が充実しているのも,執筆者を見れば,なるほどさもありなんと納得させられる。

 編集方針でもう一つ見逃せない卓抜なアイデアがある。それは解剖学の項目で,脳,脳幹,小脳,脳神経,辺縁系,前頭葉,頭頂葉,側頭葉,後頭葉,感覚運動皮質,皮質有線野,視床,錐体路など,非医学系の専門家にとってややなじみにくい知識が大きな項目として拾い出され,それぞれが大局的な立場からうまくまとめられている。非医学系学習者への配慮が行き届いた編集である。

 本書は事典だが,教科書としても使える。むしろ教科書としての価値の方が高いかもしれない。ページを飛ばしながら,関連項目を拾ってゆくと,時間を忘れてしまう。通常の教科書より遥かに入りやすく,読みやすい。

 本書は翻訳書なので,項目が原語(英語)配列になっているが,項目検索はそんなに苦にならない。各ページの肩には英語表記が出ているし,最後には英語索引もある。日本語からの検索も,巻末の索引と巻頭の日本語用の見出し語索引を併用すれば,こちらもそれほど厄介ではない。この辺りは使用の便を考え,周到に編集されている。

 最後になったが,本事典には監訳者の一人岩田誠教授の漢字失読の業績が,彼の有名な大脳地図と共に引用されている。彼の他にも,数えてみると,14人ほどの日本人学者の業績が収録されている。この数は,わが国の神経心理学にとって,喜ぶべき数なのか悲しむべき数なのか,評者にはちょっと判断がつかない。

A5・頁744 定価19,950円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00019-2

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