医学界新聞


感染症診療Step Up ~見通しを立てて「流れ」をつかむ~

対談・座談会

2007.10.08

 

感染症診療Step Up
~見通しを立てて「流れ」をつかむ~

感染症マネジメント
大野博司氏 (洛和会音羽病院 ICU/CCU,感染症科,腎臓内科 総合診療科,トラベルクリニック)
大曲貴夫氏(静岡県立静岡がんセンター 感染症科部長)
九鬼隆家氏(都立府中病院 初期研修医)


 抗菌薬の開発・普及により術後合併症など重篤な結果を回避できるようになった。一方で,感染症診療においては「抗菌薬の種類が多すぎて……」「検査結果から抗菌薬をどう変更するのか」「治療効果をどう判断するのか」など,臨床で自らの判断に悩むことも多い。

 今回,米国で感染症の臨床トレーニングを受け,静岡県立静岡がんセンターでその腕を振う大曲貴夫氏,洛和会音羽病院で一般内科医として幅広い領域をこなし,『感染症入門レクチャーノーツ』の著者である大野博司氏に,学生時代から感染症に興味を持ち,現在,初期臨床研修中の九鬼隆家氏が,臨床で押さえておきたい感染症の知識・ポイント,陥りやすいピットフォールへの対応などを中心に話を聞いた。


見通しを立てずに培養結果のみで抗菌薬を選ぶべからず

大曲 感染症の薬剤感受性の読み方,細菌検査室との付き合い方は,研修医になって感染症の臨床と接するようになってから最初に直面するハードルの1つだと思います。そのハードルをうまく乗り越えると,“感染症って面白いかも!”と感じることができると思います。ハードルの高さは,相談できる先輩医師がいるかどうか,細菌検査室の有無,細菌検査室への相談のしやすさで大きく変わるのですが,九鬼先生の病院はどうですか?

九鬼 院内に検査室はありますし,相談しに行きやすいので助かっています。研修医の間でも培養を取る必要性は浸透していますが,手当たり次第に取っている場合もあり,メジャーな肺炎球菌などは理解していても,ちょっと珍しい菌や耐性菌が出てくると,どの抗菌薬を使っていいのかがわからなくなってしまう人もいます。先輩から「培養は取ったほうがいいよ」と言われているからとりあえずオーダーを出しています。培養後の見通しが立っていないままオーダーしているのかもしれません。

大野 薬剤感受性の検査は,菌と抗菌薬の関係を示しているだけなので,感染臓器などは無視されている点を押さえておきたいですね。そして抗菌薬選択の際,MIC(最小発育阻止濃度)を“たて読み”しないこと,どの感染症に対して治療しているのかを必ず意識することが必要です。そうしないとSIR(S:感受性+,I:中等度,R:耐性)のSが書かれているからと大腸菌の髄膜炎に第一世代セフェムを打ってしまうようでは困ります。

 微生物の検査は,あくまで抗菌薬と微生物の試験管内だけのデータにすぎない,ということを頭に入れておいてほしいです。あと,細菌検査室が自施設にあれば,翌日にはほとんどグラム陽性か陰性かがわかりますので,その時その時,入手できる情報を集めながら判断してほしいです。

大曲 九鬼先生が「見通しが立っていない」と言われたのは大事なポイントです。これはつまり微生物検査の結果が戻ってきた時には,その結果に応じて何をすべきかがわかっているかどうか,ということですよね。見通しが立っていれば,「起因菌としてAを予想していて,実際に培養結果でAが出てきた。ビンゴ!」と自信を持って原因微生物を確定することができますし,筋の通った抗菌薬の選択につながっていきます。反対に,見通しを立てないままとりあえず微生物検査に出すタイプの医師には,培養で検出されてきた菌すべてが“悪い菌”に見え,それらを闇雲に治療してしまいます。

大野 培養結果でSと記載されている抗菌薬のいちばん上のを選んで,「楽勝!」という感じですね。

大曲 そうですね。しかも,特定臓器の,特定微生物の感染症で使う抗菌薬は決まっています。ですから本来は,特定の状況での第一選択の抗菌薬の中から,感受性試験の結果,使用可能なものを選ぶはずなのです。でも感受性試験結果の臨床の場での生かし方を知らないと,単にSがついているからと,状況や適応を無視して抗菌薬を使ってしまうことが起こります。先ほど大野先生があげた,大腸菌の髄膜炎のケースに第一世代セフェムを使ってしまう,などというのが悪い例ですね。

 現在の日本の検査システムにおいて,感受性試験結果報告表のリストアップされた抗菌薬の中には,実際の臨床の場では自分が治療対象としている感染症に対しては使用できないものや,使用実績が乏しいものが時に含まれています。このことは実はあまり知られていなくて,研修医に限らず,知らない医師がかなりいます。まずは,自分が使うべき第一選択の薬剤はなにかということをしっかりと頭に入れておき,その薬剤が実際に使えるかどうかを感受性試験結果で確かめてから使う必要があるのです。これが本来の感受性試験の使い方です。感受性試験結果報告書でSと報告してある薬剤なら,何を使ってもいいというわけではないのです。

大野 治療の面でも,本来その臓器に感染は起こさないのに生えてくる菌もあります。例えば痰から腸球菌や,私がよく揶揄する「カンジダの肺炎」などに見事にはまってしまう研修医もいます(笑)。

 ほかにも「熱が出ているから血培(血液培養)取りましたけど,本人は元気なので帰らせました」というケースがありますね。血培は,敗血症を疑っている時しますので,入院させて経過観察するべきなのですが,なぜ血培を取ったのかを理解していないんですね。

耐性菌による感染を疑う前にもう一度チェックすべきこと

九鬼 以前,同僚に「誤嚥性肺炎が10日間と長引いていて,アンピシリン・スルバクタム(以下,ABPC/SBT)を使ってもよくならない」と相談されました。その患者さんはもともと医療機関と濃厚な接触のある方で,途中で取った培養から緑膿菌,エンテロバクターが出てきました。私はその当時,シュードモナスの肺炎が重症になるという認識がなく,持続的に悪くなっていたため,もしかしたら緑膿菌とエンテロバクターが悪さをしているかもと考えて,ピペラシリンとトブラマイシンをしっかりした量で使うようアドバイスしていましたが,すぐに呼吸器科の先生から「この臨床症状で緑膿菌肺炎はないよ」と指摘され,余計な治療をせずに済みました。

 臨床像の想像がちゃんとついていなかったことが,問題だったなと思います。微量の誤嚥が続いていると考えるほうが現在の状況を説明するには妥当であるという感覚を持っていなかったので,それで失敗したかなと思っています。

大野 今の例もそうですが,耐性菌に飛びつくのはいちばん最後にすべきですね。それ以前に,(1)薬剤熱や自己免疫疾患などの非感染性疾患,(2)抗菌薬の選択・投与量・投与経路の誤り,(3)排膿ドレナージ・異物除去の未達成,(4)細胞内増殖菌による感染,(5)複数の起因菌による感染,(6)宿主防御能の低下,(7)長期抗菌薬療法中の重複感染,(8)起因菌の耐性化,という流れで検討していくとよいでしょう。

 そして患者の状態を見抜くことが大切です。例えば改善傾向なのか,それとも反応もなく,どんどん悪くなっているかで,抗菌薬やアプローチを変えることが必要になりますから。

大曲 ですが,研修医を見ているとどうも症状が改善しないのは菌のせいにしたくなるみたいですね。その気持ちもわからなくはないですが……。実際は,感染症が思うように改善しない場合,耐性菌が本当の原因ではないことが圧倒的に多いのです。大野先生が示されたように,耐性菌以外の要因をまずチェックしていき,どこが問題なのかを解きほぐすことが大事ですね。

 感染症が改善しない場合に耐性菌以外の原因があることを知らない人が意外と多く,そうすると「耐性菌だろうから,バンコマイシンに変更!」といった考えかたをするようになります(笑)。問題は実は別のところにあるのですが……。これでは患者さんはよくなりようがないんですよね。

九鬼 今の例のように途中から“覗き見”や,一時的に関わることが多いのですが,先生方はピンポイントでアドバイスを求められた際,どのようなことに気をつけていますか。

大野 まず感染症コンサルテーションで丸投げされるケースと,サジェスチョンで終わるケースで違ってきます。概して,サジェスチョンされて「こうしたらどうか」という提案だけで終わると,九鬼先生が言った“覗き見”的な感じになりますよね。丸投げをされると,責任を感じて最後まで診るので関わり具合の違いで患者さんに対する適切な判断というのが変わるなあと思いますね。

大曲 確かにそうですね。私はワンポイントのアドバイスを求められただけの場合でも,単に一問一答的に答えるのを好みません。紙に書いて「はい。あとはよろしく」というような診療スタイルは極力取らないようにしています。私が感染症の研修を受けた米国ではそれでうまくいくこともありましたが,うまくいかないことも経験しました。

 こうした反省もあり,今は担当医チームときちんと意思疎通をして,患者担当チームの一員として患者にかかわれるようにしていただいています。最終的な判断はチームのリーダーである主担当医が行いますが,私たちは主担当医がいい決断ができるように,必ずいろんな問題点を持ち寄ってチームでディスカッションをし,プランを決定して提示しています。私たち感染症医は,主担当医に対して「いつも横にいますよ」というスタイルで取り組むほうがいいと考えています。

培養は陰性だから感染症ではない?

九鬼 施設に入所されている高齢者が,意識障害と発熱で受診された例で,最初は低体温で,敗血症も併発していると疑い,培養をしっかり取りました。最初はブロードスペクトラムにカバーしましたが,培養では何も生えてきませんでした。その後も,原因はわからないまま,症状が徐々に回復し転院されました。同期に,「培養が生えなかった場合,感染症が原因でない可能性はどのくらいあるのかな?」と聞かれ,調べたのですが,これだという答えは見つかりませんでした。血培が2セットとも陰性の場合,感染が原因で敗血症が起きたと言えるのでしょうか。

大曲 一般的には,「培養陰性だから感染症ではない」とは言いきれないですね。検査結果が陰性となった場合に,「だから菌はいないんだ」と早合点しないことが必要です。例えば肺炎球菌肺炎の患者さんがいたとして,喀痰の培養結果で肺炎球菌が生えてこない場合があります。他にも結核は,臨床的に結核と判断しても,培養で生えないケースは約20%もあります。

大野 高齢者の場合,誤嚥性肺炎+褥瘡感染+尿路感染と,同時に3か所問題があったりします。ここでも様子を見る余裕があるかによって抗菌薬をどこまで最初に広げるかが決まります。ICUセッティング...

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