医学界新聞

寄稿

2007.09.10

 

【投稿】
家庭医療-今日の診察から

佐野潔(パリ日本家庭医療センター開業医)


ある午後の診察室

 28歳女性Fさん。主訴は熱と鼻水。つい2か月ほど前,当科で出産したMちゃんと,3歳の兄Kちゃんをつれて来院。しんどそうだった。


 なんだ,また病気しちゃったの?

F ええ。2-3日前から熱っぽくて,今日はもう鼻が詰まっちゃってるんです。また風邪でしょうかね,先生。

 症状の出る前にどこか人ごみに行ったりした? それとも家族で誰か風邪ひいてない? 確か,アレルギーはなかったよね。

F そういえば,上の子が4-5日前から咳をしてます。またもらったのかしら?

 ちょっと診察しましょうね。

(のど,目,耳,首,胸の診察を終えて)

 やっぱり,のどが少し赤いし,鼻もじくじくしてるし,また風邪だね。でも胸の音はいいし,肺も大丈夫。まだ気管支炎にもなってないみたいでよかったね。蓄膿もなさそうだし。

風邪の原因は?

F でもどうして,最近しょっちゅう風邪ひくんでしょうね。

 まあ,どこかからもらったんだろうけど,体の抵抗力も関係するし……。最近ストレスたまってるんじゃない?ちゃんと食べて寝てる?

F まあ,そういわれると……。

 原因は,子どもとか,お父さんとか?

F いろいろとあるんですけどね。

 先生もご存じだと思いますけど,下の子はまだ生後3か月前でしょ。お腹がすくみたいで,夜なんか2時間おきくらいに起きて,泣いてお乳欲しがるみたいなんです。しかも母乳しか飲まないから,私,もう疲れちゃって。

 そのうえ,今は上の子が風邪引いちゃって,デイケアにも出せないんです。上の子が元気だった時は,時々お昼寝もできてたけど,今はもうだめ。

 それにうちの主人,最近帰りが遅くて,午前様の時もよくあるんですよ。いくら仕事が生きがいだからといっても,あれじゃあ身体を壊してしまいそうで。先生,何とかいってくださいよ。

 そうなんだ。こりゃ風邪だけの問題じゃなさそうだな。ところで母乳だけど,風邪の薬なんか飲んでないよね。それから赤ちゃんは鼻水出してない?

F 幸いまだみたいです。そうそう,主人,最近お腹がすいた時,胃がしくしくするって言ってました。潰瘍なんかできてませんよね? あの人のお父さん,昔,胃潰瘍で手術してるんです。

 どうも家中大変みたいだね。さてどこから手をつけようか?

背後にあるさまざまな問題

 まずお父さんに,今の家庭の状況をじっくり話して,少なくとも帰宅時間を8時くらいにしてもらう。それからお父さんは,夕食を9時までに食べること。お母さんは,夜十分寝るために,赤ちゃんをしっかり寝かせることが必要だね。つまり夜中に起きないように工夫するとか,夜の授乳をお父さんに手伝ってもらうとか……。

F 主人も疲れて帰ってくるのに,夜起きてもらうわけにはいきませんよ。それに,主人に母乳なんか出るわけないし(笑)。

 まず,お母さんは,昼間のうちに母乳を搾乳して,ボトルに入れて冷蔵庫に入れておいて。それで夜は,9時過ぎに,お乳からある程度たくさん飲ませてみてください。それをさせるには,4-5時間の授乳間隔を空けて,しっかり赤ちゃんのお腹をすかせること。そうすればミルクの1ボトル近くは飲むはずです。中途半端にしょっちゅう少量あげちゃうと,すぐお腹が空くんですよ。赤ちゃんはお乳飲んでると気持ちいいから寝ちゃうけど,げっぷをしっかり出して,眠いのを起こしてでも飲ませてみて。赤ちゃんはお腹いっぱいにすればするほど長く寝てくれますから。だから,9時にいっぱい飲ませて,その後お母さんはすぐ寝てください。

お母さんが寝る工夫

F えっ,寝ていいんですか。

 もちろん。すぐ寝るんですよ。そうすると次の授乳がおそらく12時過ぎくらいかな。その時にはお父さんに,ボトルに入った母乳を飲めるだけ飲ませてもらって。それでお父さんは寝る。

 そうするとたぶん,次に起きてミルクを欲しがるのは,4時か5時かな。うまくいったら6時以降になるかも。それで今度は,お母さんが起きて母乳をあげればいいんですよ。もうお父さんは朝まで寝かせてあげて。もしお母さんが9時に眠れないとか,咳で眠れないのなら,授乳直後に咳止めを飲んで,少し眠くなれば眠れますよ。お薬は6時間くらいたてば,赤ちゃんにもあんまり影響はないと思うけど,水だけはたくさん飲んでおいてください。そうそう,赤ちゃんには鉄分とフッ素は毎日あげてるかな。忘れないで。

F なるほど,そういうことをすればいいんですね。

お父さんの健康管理

F 私はそれでよさそうだけど,主人はどうしましょう。

 おそらく一度診察したほうがよさそうだね。いろいろと一家の大黒柱としての心構えでも説教しなきゃいけないかな。こりゃ冗談だけどさ。

 お父さん,きっと朝食抜きで会社でコーヒーでも飲んで,昼食べてからはずーっと家に帰るまでお腹すかせて仕事してるんだな,きっと。夜11時にお腹すかせて帰ってきて,ビール飲んで腹いっぱい食べてるんでしょう。

F 先生,どうしてわかるんですか?みんな当たってます。

 それで,きっと夜中にいびきかいてるんじゃない? 呼吸が止まらなきゃいいけどね。心配だねー。

F 実はずいぶん体重が増えてきて,いびきがうるさいんです。だから今は別の部屋で寝てもらってるんですよ。

 ちなみにご主人,タバコは?

F しっかり吸ってます。1日1箱!いい加減やめてほしいんです。

 じゃあ次回は,1週間くらい先で,ご主人と一緒に来てください。その時いろいろお話ししましょう。禁煙指導もね。コレステロール・中性脂肪や尿酸値,γ-GTPも測ったほうがいいのかな。

F わかりました。平日は無理なので,土曜日でもいいですか?

 それと,もうひとつ,私,産後から,時々下からの出血が続いているので,そのことも先生に聞こうと思って。今は止まってますから,次回でいいので診てください。いつもかかってた産婦人科の先生なんだか怖いし,じっくり話聴いてもらえないんです。やっぱり先生がいちばん話しやすいし……。

 ご主人も会社休めないしね,土曜日でいいよ。でも今からタバコを減らして,帰宅時間も早くして,お母さんを手伝うようにだけはするようにいっておいて。でないと,お母さん倒れちゃうよ。そうなったらお父さん,仕事どころの騒ぎじゃないんだけどね。くれぐれもお願いしますよ。

 今日は何もお薬は出しませんから,栄養つけて,水分とって,夜しっかり寝てください。そのための咳薬くらいだったら,市販のを使ってみてください。それで次回,出血のことを聞かせてもらいます。じゃあお大事に。

F どうもありがとうございます。次は,主人の首に縄でもつけて,引っ張ってきます。

あとがき

 風邪の患者だったはずが,知らぬ間に,赤ちゃんの授乳法からお父さんのタバコ,胃の問題,はたまたいびきの問題まで広がり,更にお父さんの中にある仕事,家庭,健康に対する人生観まで,医療の対象が広がっていった。

 家庭医療的見方で問題の背景を広げてみていくと,一つの臓器,一人の患者だけでは医療は行えないことがよくわかる。ここに家庭医療の面白さがあると思う。さまざまな医療の問題を臓器,性別,年齢,専門などで分断,分業してはならないし,一人の医師で性・年齢にかかわらず,ある程度(専門各科の外来診療に近いレベル)のことは何でもできるようにしておく必要がある。これらは,患者のニーズを主体に考える家庭医として当然である。

 これから真の家庭医療を担っていく若いパイオニアたち,これからはあなたたちの時代だ。これまでと同じ,入院管理中心の病院研修に明け暮れていては先達は乗り越えられないし,これからは全科にわたる知識・技術の習得と家庭医療的見方を学び,経験できるような外来中心の研修施設を早くつくっていく必要がある。世界と20年は溝をあけられている日本のプライマリケア・家庭医教育。どうにかならないものかと憂いつつ海外から見ているが,大国意識なのかいまだに井の中の蛙なのか,世界から学ぼうとする気持ちが薄くなってきているのは残念である。非建設的なアメリカバッシングはやめて,世界の,特に欧米の家庭医療を見習ってほしい。名医である必要はない。患者のあらゆるニーズに誠実に確実に応えられる良医として,世界で通用するレベルの高い家庭医に早くなれるよう,その研修の場をいち早くつくっていただきたいと期待している。


佐野潔氏
1978年川崎医大卒。78-79年横須賀米海軍病院,79-83年八尾徳洲会病院,83-85年ミネソタ大医学部地域家庭医療科レジデント,85-99年ミネソタ州ロックフォード・バッファローにて開業。99-2006年ミシガン大医学部家庭医学科准教授,06年から仏国パリアメリカ病院にて開業。米国家庭医療学会認定専門医・フェロー,ミシガン大客員准教授,滋賀医大客員教授。

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