MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内
2007.07.30
MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内
中井 久夫 著
《評 者》長嶺 敬彦(清和会吉南病院内科部長)
内科医の私はまだ5回しか読んでいない
◆実用書であると同時に,読者を鼓舞する「哲学書」である《ふつうの医療者が理解し実行もできるような精神医学を私はずっと目指してきた。いくぶんなりとも達成できているだろうか》と中井先生自らがあとがきで書いておられるように,本書のめざすところは誰でも実践できる精神医学である。精神科医でない私が読むと,明日から精神科医になれそうな気分になる。それくらい懇切ていねいで実用的な優れた本である。
こう書くと,本書がまるで精神科の“How to 本”つまり実用書と誤解されそうである。実用書は1回読めば新しい発見はない。しかし本書は2度,3度と読み返すたびに新鮮な感動がある。繰り返し読むことで,読者自らが考え,成長できるのである。例えば次のような記載がある。
《身体症状に対する精神療法は,まずていねいな身体診察です。診察せずに内科の薬を出したり,抗精神病薬を増量しては実りがないです。せっかくのチャンスなのにもったいない》(140頁)
1回目にここを読んだとき私は,「精神症状から身体的な問題を訴える患者さんには,身体診察を通して安心させることが大切だ」と,表面的な精神科での実践的な対応方法を学んだ。しかし2回目には《せっかくのチャンスなのにもったいない》というくだりが妙に私の前頭前野を刺激し,「身体を診察する行為は,ときとして精神療法になり得る。内科の薬も抗精神病薬も,身体診察という患者さんとの交流が基盤になければその効果を十分に発揮できない。身体症状と精神症状は奥深いところで繋がっている」と1回目より解釈が深くなったのである。
◆病的体験だけに目を向けない
通常,医学は病的な側面を取り除くことにすべてのエネルギーを使う。病巣を取り除くことに挑戦しつづけている。精神医学も幻覚・妄想を撲滅することにエネルギーを費やしている。しかしすべての妄想を消し去ろうとすると,抗精神病薬が必要以上に増量になり「身体副作用」が出現する。身体副作用を最小限にするにはどうすればよいのか,常々悩んでいたが,この本で一つの答えが見つかった。
《驚くべき病的体験,たとえば世界が粉々に分解するというような,まだ誰も報告していない現象を話してくれる患者がいたとします。その彼が友達と映画を観に行ったり,ベースボールをしたり,喫茶店に行ったりしたことを,私は驚くべき病的体験の話よりも膝を乗り出して興味を持って聴けるか。……》
つまり病的な側面だけを診るのではなく,日常を見ることである。妄想も健康な面も,患者さんのかけがえのないその人らしさとしてあるがままに傾聴すれば,自ずと抗精神病薬は至適投与量となり,身体副作用は減少する。
◆精神科医が独占するのはもったいない
この本を読めば,精神科医療での問題の解決方法が見えてくる。事例が豊富だからである。しかし繰り返すが,実用書とは異なり,何度読んでも新鮮に感じる。実用的な提言の奥に,深い思索(哲学)が隠れているからである。
その哲学は,科を問わず医学全般に応用が可能である。つまり人間理解に欠かせない視点を教示している。読めば読むほどその奥深さに気づく。私はまだ5回しか読んでいない。でも読むたびに新しい発見がある。本書を精神科医が独占するのはもったいない。すべての医療従事者が読むべき本の一つである。
先日大阪で,「抗精神病薬による身体副作用」に関するセミナーを行った。セミナーや学会などの講演会では,会場で医学書の販売がある。たくさんの医学書が所狭しと並べられていた。そのなかに,当然この本も平積みされていた。
私は田舎に住んでいるので,なかなか医学書を置いてある書店に行くことができない。そこで帰りに親しい人へのお土産にこの本を買ってかえろうと思った。ところがいざ自分の講演が終わり,書籍コーナーに立ち寄ったら,どうしてもこの本が見つからない。そこで係の人に「中井先生の本がありましたよね」と尋ねたら,80冊用意しておいたが講演の休憩時間に完売したとのことである。見つけたときに買っておけばと後悔した次第である。
「お買い求めはお早めに!」とお勧めする名著である。
尾藤 誠司 編
《評 者》白浜 雅司(佐賀市立国民健康保険三瀬診療所)
「医師アタマ」について問題提起してくれた画期的な本
総合診療の雑誌『JIM』で興味深く読んでいた連載「患者の論理・医者の論理」が,『医師アタマ』という実にうまいネーミングで1冊の単行本にまとめられた。題名だけで一本取られたという感じだが,通して読むことで,執筆者の思いがよりわかりやすく伝わってきた。一口でいうと,副題にある「医師と患者はなぜすれ違うのか?」という問いに対して,「医療における患者-医師間のコミュニケーション不全は,基本的に医師の論理が持つ頭の固さ,すなわち,『医師アタマ』に起因するものである」という仮説を立て,その仮説の検証として,医師側の思考プロセスの問題点を挙げ,現時点での対策をできるかぎり多角的に詳細に探求するという画期的な本である。
抽象的になりがちな上記の問題点を,わかりやすい症例を提示して一緒に考えさせてくれるのがいい。読みながら,自分の外来患者さんの顔が浮かんできた。BMI 30,血圧170mmHg,空腹時血糖160mg/dl,コレステロール260mg/dlの住民検診結果を持って来られた75歳の農業をしている男性。腹囲も90cmと典型的メタボリックシンドローム。型どおりの食事療法,運動療法を勧めたが,なかなかうまくいかない。「しっかり食べて,塩分もとらんと仕事にならない」という。一見すると,日に焼けていて私より元気そう。じゃあ,この患者さんに医師としてそれ以上介入しなくていいのか,迷ってしまう。医師が考える医学的診断,未来予測に基づく治療の必要性をどのように患者に理解してもらうか。確かにこの方は脳卒中など生活習慣病のリスクは高いが,それはあくまで確率の問題。この人に病気が起きるかどうかはわからない。
後半の各章で挙げられたすれ違いの対応策には,その根拠として医師-患者関係の論文が引用されているが,欧米のものが多く,日本の医師-患者関係に適応できるのか,少々疑問に思った。しかし,本書の問題提起が新たな研究のスタートになる予感もしている。
また今回は,自分たち医師が,まず医師の問題点に気付いて対応しようという姿勢で書かれたため,医師以外の筆者は稲葉氏1人だった。ぜひ次回は,もう一方の当事者である患者さん,他の医療専門職(看護師やケースワーカーなど,患者が話しやすい職種とのチームアプローチは,すれ違いの打開策のひとつではないだろうか),医療社会学や医療人類学の研究者など,医師以外の視点も含めた医師アタマの打開策を探ってほしい。
最後に尾藤氏が書かれた「健康のパートナーとして患者とともに考えることができるわれわれ医師は,やはり幸せだ」というフレーズが気に入った。私自身,時々すれ違いを感じることはあっても,この幸せを感じられるから今の仕事が続けられるのだと思った。それは,自分が地域に住んで地域で働いていて,患者の背景がわかりやすく,患者も私の背景がわかるからかもしれない。医療環境の激変の中で,この幸せを忘れかけている臨床の先生方にぜひこの本を読んでほしい。医師としてのやりがいをもう一度思い出すきっかけを与えてくれるだろう。
坂井 建雄 監訳 小林 靖,小林 直人,市村 浩一郎 訳
《評 者》佐々木 克典(信州大教授・組織発生学)
機知に富んだグラント解剖学の真髄を余さず伝える
解剖学は古い学問で,すべてがわかってしまっており,新しさの加わることのない領域だと揶揄されることも少なくない。それにも関わらず教科書は改訂され,あるいは新しく書き下ろされ,世に受け入れられているのも事実である。この理由は,解剖の魅力は断片的な知識の集積ではなく,人体構造の“見方”にあるからである。“見方”は無限で,観察する人の個性が著しく反映するものであり,それゆえ数多くの解剖学書が書かれてきた。その中には歴史の中に埋もれたものも少なくないが,時代の変遷に関わらず,改訂を重ねながら永く多くの医学生に影響を与えてきたものもある。その一冊が『グラント解剖学図譜』である。最近,原書第11版を翻訳した日本語第5版が刊行された。『グラント解剖学図譜』の凄さは,描写された図のはっとするような斬新さにある。それまで見たことがない,しかし見てみたいと思う部位を憎いほどうまく描き出したリアルな図が数多く挿入されている。それぞれの図の説明は,人体の構造を深く洞察した人でなければ,決して書くことができないような示唆に富んだものが多い。例えば,“縦隔の右側面は,いわば「青色の面」であり,奇静脈弓や上大静脈といった太い静脈が見られる”という説明を最初に読んだ時,「青色の面」という表現に,電撃に打たれる思いがした。この図譜を描いたGrant JCBは,その前に“Grant's Method of Anatomy”という,読めば知らず微笑んでしまうようなきわめて面白い,しかしアカデミックな解剖書を書いている。グラントの人柄を同僚らは,“物静かな機知と限りない人間愛”と表現しているが,彼の人柄が滲んだこの本が土台となり図譜は作られた。当然その中には機知と人間愛がここかしこに溢れている。これが『グラント解剖学図譜』の個性であり,長く受け入れられてきた理由であろう。
この図譜には常に臨床医学を念頭においたグラントの意図が生きている。私が医学部を卒業し,最初に研修した伊豆の病院で,外科チームのトップがグラントの図譜を紐解いているのを見た時,外科医が使える実践的な図譜であることを実感できた。外科医がある方向から人体にアプローチする場合,その方向でしか構造は見えてこない。しかし,彼らが見たいのは,まだ見えていないアプローチの先にある構造である。本書はそれを彼らの気持ちになって見せてくれる。また今回,時代の要求に応じ豊富な体表解剖写真と画像診断像が加えられており,この版の大きな特徴になっている。これらの像と解剖図の対比は正確で効果的であり,読者にわかりやすい。選択されている断層画像は人体を考えるうえで重要な面が多く,関連する模式図は適切である。しかし,グラントが生きていれば,少々無味乾燥なこれらの断層写真をさまざまに修飾し生命を与えたかもしれないと考えるのは期待しすぎだろうか。
この図譜の翻訳に監訳者として携わっておられる坂井建雄教授は古今東西の解剖学書にきわめて造詣が深く,数多くの翻訳を手がけてこられた稀代の解剖学者である。彼の豊かな学識に裏付けられた翻訳で,エスプリに富んだグラントの解剖学の真髄は遺憾なく読者に伝えられるであろう。若い感性を持つ医学生に,また人体の構造に常に関心を寄せる臨床医に座右の書にしていただきたい一冊である。
松田 晋哉 著
《評 者》齋藤 壽一(社会保険中央総合病院長)
医療職チームとして全職員がDPCを理解するための好著
松田晋哉氏の著書『基礎から読み解くDPC-正しい理解と実践のために第2版』が刊行された。著者は周知のごとく急性期医療を担う病院のベンチマークから診療報酬までの新しい評価システムであるDPCについて設計・開発から普及まで,厚生労働省の作業を中心的に主導してきた研究者である。本書はまさに,そのようなDPCのすべてを考究しつくした第一人者である著者だからこそ初めてまとめることができた好著となっている。DPCはこれを導入している360に及ぶ病院の関係者にとっても,その壮大な機能の一部を理解しているにとどまり,容易に全機能を掌握できない拡がりと深みをもった制度である。本書では例示された事例の診療報酬算定方式で示されているように,きわめて平易で具体的な記載により「DPCのすべて」が語られている。
全体の構成は明快な図が豊富で,各章ごとに重要な点が「Key Point」としてまとめられており理解を深める工夫がこらされている。厚生労働省からはすでにDPCについての膨大な統計資料が公表されているが,一般の医療従事者にとってその中から重要な情報を抽出し理解することはむしろ困難となりつつある。その点,本書で著者は巻末の参考資料を含めてDPCの役割や活用法を理解するうえで特に重要な情報のエッセンスを抽出してとりまとめて解説しており,平易でありながら大変に内容の濃い冊子となっている。
近年の病院経営は,多くの職種の職員それぞれの関わりによって支えられている。本書では「DPCと医療職」の章を設けて,病院の医師をはじめ,診療所医師,看護師,薬剤師あるいは診療情報管理士等多くの職種のそれぞれにとって,DPCの持つ意味を述べている。医療職チームとしての病院の全職員がそれぞれにとってDPCとは何であるかを理解することができる。DPC対象病院はもとより,準備病院として今後の参入を計画している多くの病院の職員に一読を薦めたい。
本書を読むとDPCは単なる診療報酬の支払いシステムではなく,病院の経営構造や医療内容の開示,ひいては医療制度の構造を分析し透明性を高めるうえで必須とも言えるシステムであることがわかる。それらを踏まえて,現在進められている医療制度改革についての方向性が示されている点も注目される。医療の質とコストについて検討する際のエビデンスはDPCによってきわめて有効に明示されるという著者の主張は,本書で述べられた内容を踏まえると理解できる。
世界に誇る国民皆保険制度が医療費の急激な増大によって揺らぐことが危惧されている。医療費について科学的根拠を持って討議,検討し医療制度を設計するうえで,DPCから掌握される指標を活用することは欠くことのできない作業になると思われる。さまざまな新しい,しかも大きな役割が期待されているDPCについて本書が今後も長期にわたって定期的に版を重ね,病院経営と医療政策の指針であり続けることを期待したい。
B5・頁196 定価3,150円(税5%込)医学書院
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