医学界新聞


Connecting Diversity――多様性を継ぎ合わせる

寄稿

2007.07.30

 

【寄稿】

Connecting Diversity――多様性を継ぎ合わせる
ヨーロッパ緩和ケア学会第10回大会報告

加藤恒夫(かとう内科並木通り診療所)


 ヨーロッパ緩和ケア学会(European Association for Palliative Care: EAPC)の第10回大会は2007年6月7日からの3日間,ハンガリーの首都ブダペストで,見出しに掲げたテーマのもとに開催された。EAPC大会が旧東欧圏で開催されるのは初めてだが,参加者は日本,アジア諸国,アメリカからを含めて2000人あまりを数えた。

 筆者の本学会参加は2005年の第9回アーヘン大会(ドイツ)に続き2度目であり,ヨーロッパにおける緩和ケアの最近の動向を観察したので,本稿でその現状を報告し,日本の今後の道に供したい。

今EAPC大会の特徴

 前大会と比べた今大会の特徴を以下に列挙する。

 第1は,何よりも,緩和ケアがヨーロッパにおける健康政策の対象と認識され,各国はWHOや国際ホスピス緩和ケア協議会(International Association for Hospice Palliative Care: IAHPC)と連携しながら公衆衛生的取り組みを開始したことであろう。つまり,人の生死にあたっての「苦悩からの予防」を健康政策の正式な課題としたことである(後述も参照)。

 第2は,がん以外の疾患を緩和ケアのテーマとして意識的に拡大していることである。前大会で,Julia Addington-Hall(英国サザンプトン大学)が“Palliative care in chronic condition. Extending our borders”と題する講演を行って,それへの取り組みが開始された。今大会のシンポジウム,ワークショップ等のテーマを例にとると,知的障害者の緩和ケアが2セッションあり,高齢者の長期ケア施設での緩和ケアや心疾患の緩和ケアが3セッション,神経疾患の緩和ケアが1セッション組まれていた(なお神経難病については,英国では緩和ケア運動の開始当初よりその対象とされており,近年ではさらにパーキンソン病や認知症も対象とされ始めている)。

 第3は,緩和ケアの質の確保をめざすための手順の統一に踏み出したことである。オピオイドの使い方,終末期ケアの水分の補充,緩和ケアにおけるセデーション等の手順について,ガイドラインとまではいかないものの,各国の政治・文化の多様性を超えて,統一した見解が出され始めた。

 第4は,緩和ケアにおける教育の重要性が改めて認識され,EAPCの共通カリキュラムが提案されたことである。各職種,そして学生から専門家に至る各レベルに応じた教育の重要性が,強調された。

 第5は,研究の重要性が改めて確認されたことである。それも,各国それぞれに不統一なテーマで研究がなされることがないよう,研究のためのタスクフォースをEAPCが中心となって組織し,研究の優先順位を決め,その指導に従った計画的な研究を各国が実施することとなっている(Vienna Declaration, 2006)。

「ブダペスト・コミットメント」

 以上のような特徴が打ち出された今EAPC大会は,次回ジュネーブで開かれる第11回大会までの必達目標として「ブダペスト・コミットメント」を正式に採択し,今後2年間に各国がそれぞれの国情に応じて下記の3点を実現することとした。

 (1)実施組織をつくり(Empowerment),(2)それぞれの実行計画の内容を定義し(Define the Commitment),(3)本宣言にもとづくそれらの実行をEAPCは責任を持って援助すること(Advocacy),である。

人権政策としての緩和ケアへ

 今大会では,緩和ケアの普及に際しては国家的政策が重要なことが,繰り返し強調された。たとえば先述したように,EAPCはIAHPCとWHOとの協働事業の一環として,「緩和ケアにおける基本的薬剤一欄」(Essential Drugs in Palliative Care)を発表してその普及に努めようとしていることが挙げられる1)

 また,「緩和ケアにおける公衆衛生的取り組み」の重要性も改めて強調された。これは,ヨーロッパにおいては緩和ケアの位置づけが明らかに変わってきたということである。近代ホスピス運動の草創期当時の思想である「哀れみ・慈しみ(Compassion)としての緩和ケア」から,「人権(Human Rights)としての緩和ケア」へと変化しつつあると読み取れる2)

日本の緩和ケアへの教訓

諸団体の協働土壌づくりを
 今EAPC大会のテーマは「多様性を継ぎ合わせる」であった。つまり,国家・民族・政治・文化などの多様性を残しつつ,それぞれの状況に合わせた緩和ケアの推進組織を各国でつくり,EAPCの共通ゴール(ブダペスト・コミットメント)達成を義務づけた。

 それに比して,単一の文化・民族とされる日本では,まだ,国内的に緩和ケア関連の諸団体が参加する協働の場がない。緩和医療(ケア)やがん治療の専門職団体,市民を含めた団体等,各種団体の専門性や構成が異なったとしても,まずともに一つのテーブルを囲み,中長期の共通ゴールを確認し,目標を定めてともに歩むことができるようにする土壌づくりが求められている。

まだ「がん」だけが対象なのか?
 日本で終末期ケアが開始されて四半世紀が過ぎた(死の臨床研究会の創設は1977年)。また,日本緩和医療学会も本年で第12回大会を迎えた。年月だけでは,日本は緩和ケアの先進国といえるが,日本の多くの関係者が「緩和ケア=がんの終末期ケア」と考えているためか,緩和ケアの基盤整備はいまだ進んでいない(少なくとも,緩和ケアを日本独自に定義した報告書は見られない)。

 確かに,がんは主要な緩和ケアの対象であり,そこから緩和ケアが出発したことは事実である。しかし,日本の緩和ケアが,すべての人の「生と死」を包み込む懐の広さと深さを持たなければ,人々の「尊厳Dignity」と「よい死Good Death」を実現する社会的権利の擁護は果たせない。

がん対策基本法と在宅ケア促進の落とし穴――緩和ケア基本法策定に向けて
 本年4月のがん対策基本法の施行により,日本の緩和ケアはこれで大きく進歩すると考えられているようである。しかし影もある。今後ますます,緩和ケアの政策対象(法律・人材・予算の配分)は「がん」のみに注力されるという落とし穴である。がんで亡くなる人は全死亡数の3分の1であり,他はがん以外で亡くなっている。その3分の2の多くの人が,終末期になんらかの苦悩を抱えている事実を見つめなければならない。

 一方,厚労省は終末期ケアの政策を在宅に向けて急旋回した。しかしこれも問題が多い。今後,「在宅死=よいこと」と無条件で賞賛され,また,在宅での看取りにつけられた高額な診療報酬上のインセンティブ(1万点)により,在宅療養中の健康状態の悪化時に必要な医療が受けられなくなる危険性がある。

 さらに,これからの本格的な高齢化社会を迎えるにあたり,在宅ケアの基盤づくりと「社会と医療と人権」の議論なくして在宅ケアを推し進めることは,本人の意思の重視と緩和ケアの医療の質を担保できない危険性が残る。緩和ケアは,「患者主体」の医療であり,がんのみを対象としたり,医療費を抑制する医療ではないことを銘記すべきである。がん対策基本法が英国のように緩和ケア基本法(Palliative Care Manifesto)に変わることを心より望む。

(参考文献)
1)Lima L: The International Association for Hospice and Palliative Care List of Essential Medicines for Palliative Care. Palliative Med, 20: 647-651, 2006
2)Stjernsward J: The Public Health Strategy for Palliative Care. J Pain Symptom Manage. 33(5): 486-93. 2007