食道癌診断・治療ガイドライン改訂のポイントと概要(桑野博行,加藤広行)
寄稿
2007.07.02
【Medical Frontline】
食道癌診断・治療ガイドライン改訂のポイントと概要
桑野博行(群馬大学大学院病態総合外科学教授)加藤広行(群馬大学大学院病態総合外科学講師)
食道癌診療は,診断技術の向上に伴い,リンパ節転移のない早期癌に対しては内視鏡的切除術が広く普及している。手術療法においては手術手技および周術期管理の向上により,上縦隔の徹底的リンパ節郭清や頸・胸・腹部にわたる3領域リンパ節郭清が実施されるようになり,手術治療成績が向上し,5年生存率が50%台へと達するようになっている。また食道癌は他の消化器癌に比べ,化学療法や放射線療法に対する感受性が良好であり,切除不能な高度進行癌や再発癌のみならず,切除可能な症例にも根治的化学放射線療法が施行されるようになり,食道癌の治療法が多様化している。
そのような現状の中で,食道癌治療ガイドラインが日本食道疾患研究会(現:日本食道学会)に設置された「食道癌の治療ガイドライン作成委員会」により,2002年12月に出版された。その目的は日常の食道癌診療に役立てることで,多くの施設に共通して使用でき,現時点で最も妥当と考えられる標準的治療法を推奨するものである。
しかし初版のガイドラインにも記載されているように,食道癌に対する治療指針は解剖学的特性をはじめ,様々な問題点(表1)があり,画一的な治療法を作成することは困難である。このような食道癌診療における特異性を踏まえて,日本食道学会に設置された「食道癌診断・治療ガイドライン検討委員会」にてガイドラインの改訂作業が進められ,2007年4月に『食道癌診断・治療ガイドライン』が出版された。本稿では食道癌診断・治療ガイドラインの主な改訂ポイント(表2)を示し,ガイドラインの要約を概説する。
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食道癌診断・治療
ガイドラインの概要
本ガイドラインでは新たな項目として,「診断」「食道癌治療後の経過観察」および「緩和医療」の分野を加えた。特に「診断」の項では「癌の進行度診断」に加え,「全身状態の評価」についても言及。さらに各項目に「Clinical Question」を設け,その各々に対する推奨レベルを「Center for EBM」による分類に基づいて推奨度を記載した。
1)食道癌の診断
新たな項目で,癌の進行度診断と全身状態の評価を設けた。進行度診断は各種画像診断により壁深達度,リンパ節転移,遠隔転移によって診断し,全身状態の評価は活動状態(Performance status:PS)と各種重要臓器機能(心・肺・肝・腎)を評価して慎重に決定することを推奨している。
2)食道癌の治療
食道癌治療のアルゴリズム(図)を掲載し,それぞれの治療についてClinical Questionを設けて解説している。ここでは各治療の要約を示す。
(1)内視鏡的治療
内視鏡的治療は従来の病変粘膜を把持あるいは吸引し,スネアで切除する内視鏡的粘膜切除術と,ITナイフ,フックナイフなどによる広範囲の病変を一括切除する内視鏡的粘膜下層剥離術による内視鏡的切除が主で,その他の治療として光線力学的治療,アルゴンプラズマ凝固法,電磁波凝固法がある。
(2)外科治療
頸部食道癌,胸部食道癌,食道胃接合部癌(腹部食道癌)に対する外科治療は,切除,リンパ節郭清,再建について概説。周術期のステロイドの有用性や反回神経周囲のリンパ節郭清についてはClinical Questionを設け,推奨している。その他の治療法として,内視鏡補助下食道癌手術やステント治療の適応について言及している。
(3)術前補助療法
現状では切除可能例(T1―3N0,1M0)に対する術前化学療法の効果は明確でない。また術前化学放射線療法は,欧米では食道癌切除例の長期生存率を向上させうる併用療法であるが,本邦では局所進行例を対象に実施している施設が多い。しかし,本邦での高いレベルのエビデンスはなく,本邦において術前化学放射線療法を推奨するだけの十分な根拠はない。
(4)術後補助療法
術後化学療法は本邦でのランダム化比較試験で無再発生存率が有意に向上し,その再発予防効果が明らかにされている。しかし,欧米のランダム化比較試験では両群に差を認めず,術後化学療法が治癒切除例の生存率を向上させるという根拠はない。また治癒切除後の術後放射線療法を標準的治療とする根拠は少ない。
(5)化学療法
食道癌治療における化学療法単独の適応は遠隔転移を有する症例や術後の遠隔再発例に限られる。現在では5―FU+シスプラチンが最も汎用されているが,生存期間延長のエビデンスは明確でなく,姑息的な治療としての位置づけである。
(6)放射線療法
放射線単独療法に比較して,同時化学放射線療法では有意に生存率が向上するが,術前化学療法後の放射線療法では生存率は向上しない。放射線単独根治照射では通常分割法で60―70Gy/30―35回/6―7週が必要だが,同時化学放射線療法での根治照射には,少なくとも通常分割法で50Gy/25回/5週以上に相当する線量が必要である。
(7)化学放射線療法
同時化学放射線療法は放射線照射単独に比し有意に生存率を向上させることが証明され,非外科的治療を行う場合の標準的治療として推奨している。同時化学放射線療法の適応症例は,T1-3N0,1M0(UICC分類,2002年版)の切除可能症例,切除不能局所進行例(T4N0,1M0)および一部の鎖骨上窩リンパ節転移を有する(M1/LYM)症例である。切除可能症例の外科手術との比較では後ろ向き研究で手術に匹敵するとの報告もあるが,現時点では治療選択肢の一つとして,手術に適さないあるいは食道温存を希望する症例を適応としている。
(8)食道癌治療後の経過観察
食道癌治療後の経過観察は,初回治療の種類や初回治療時の進行度によって考慮する必要がある。再発の早期発見・早期治療により長期生存が可能な場合があることを念頭において,有効な経過観察システムと,異時性の食道多発癌や他臓器重複癌の発生に留意することが重要である。
(9)再発食道癌の治療
再発食道癌の治療は初回治療の種類によって個別に考える必要があり,さらに再発形式がリンパ節再発か局所再発か遠隔臓器再発か,または複合再発かによっても治療法が異なる。また再発時の患者の全身状態も治療法の選択に影響を与える。
(10)緩和医療
緩和医療はすべての癌領域で共通に行われるべき医療であるが,食道癌では特に,嚥下障害,栄養障害,瘻孔による咳嗽などによりQOLの低下をきたす場合が多く,治療初期から症状緩和やQOL保持・改善のための治療法を検討するべきである。
食道癌診断・治療ガイドラインは,食道癌の診療に携わる医師を対象とし,治療の安全性と治療成績の向上を図り,治療成績の施設間差を少なくすることを目的とし,現時点での最も妥当と考えられる標準的な治療法を推奨している。本稿ではガイドラインの改訂にあたり,改訂のポイントとその概要を述べた。
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