医学界新聞


精神医学と精神医療の発展に向けて

2007.07.02

 

精神医学と精神医療の発展に向けて

第103回日本精神神経学会開催


 第103回日本精神神経学会が5月17-19日の3日間,井上新平会長(高知大)のもと,高知県立県民文化ホール(高知市)ほかで開催された。うつ病をはじめとする精神疾患患者は増加の一途をたどっており,地域・社会が精神科領域に期待する医療の質,形態も多様化している。このような時勢を受け,今学会はテーマを「精神医学へのこれからの期待・精神医療の新たな試みの発信」とし,最先端の病態研究の知見から,退院・地域移行支援の方策まで,さまざまなセッションが開催された。


 1998年以降,国内での自殺者は増加が続き,年間3万人を超えている。昨年,自殺対策基本法が成立。実効性のある施策は国民全体の願いである。重篤な自殺企図者の8-9割は企図時点で何らかの精神疾患を発症しているといわれ,精神科の担う役割は大きい。本学会でもシンポジウム「自殺問題と予防対策」で,厚生労働科研費補助金の研究課題「自殺対策のための戦略研究」(略称J-MISP)が進める社会保障制度の整備に向けた自殺対策研究について報告がなされた。

“避けることのできる死”を減らすために

 はじめに山田光彦氏(国立精神・神経センター)が,J-MISPのフレームワークを概説。社会的な要因が複雑に絡み合う自殺のリスクファクターを分析したうえで,地域への包括的な介入,ハイリスク者への直接介入などさまざまな切り口での自殺対策の必要性を訴えた。

 続いて,J-MISPを構成する2つの研究試験の具体的な取り組みについて講演が行われた。

NOCOMIT-J
 「NOCOMIT-J」は自殺者の多い地域で複合的な自殺対策プログラムを,行政や地域団体などさまざまな社会資源と連携し包括的に行う地域介入試験。

 大野裕氏(慶大)は地域への介入事例として,過去の自殺対策にもかかわらず自殺死亡率が高い南九州地区などでの取り組みを解説。「(自殺対策を通じた)“ある種の地域起こし”が必要」とした。

 粟田主一氏(仙台市立病院)は都市部での介入事例として,仙台市で予防対策の施策化が進んだ要因を分析。同市での先行事例,法整備と連動した国・県の動きなどの背景に支持されたほか,都市部では豊富な民間社会資源の有効活用が複合的に奏功したと解説した。

ACTION-J
 自殺者の約半数に自殺未遂歴があるとされ,自殺企図は最大の危険因子だ。

 「ACTION-J」は精神医学と救急医療が連携して,自殺未遂者の再企図を防止する方略を研究する多施設共同試験。救急部門に入院した自殺未遂者に対し精神医学的評価・心理教育や包括的なケースマネジメントを実施,防止効果を検証する。

 自殺企図者への介入研究の報告は国際的にも数少ない。太刀川弘和氏(茨城県精神保健福祉センター)は自殺企図時に,臨床現場で精緻で複合的なケースマネジメントを行うことの困難さを指摘。そのうえで,エビデンスに基づいた有効な施策実現に向け,多施設共同で多数症例を対象とする効果研究を行うことの意義を述べた。

 河西千秋氏(横市大)は「多くの重症自殺企図者が搬送される救急医療施設を拠点にした自殺予防活動は実効性がある」と本研究の意義を強調。また,2005年から横市大病院で開始した救命救急センターへの精神科医常勤配置について解説。常勤配置や多職種による早期からの介入効果として「自殺未遂直後から個別的なアセスメントや専門的ケアができる」ことを挙げ,再企図率の減少に加え,救急病床の回転率向上にも寄与していると述べた。

 医療機能評価機構の調査では,一般病院・総合病院における自殺事故の疾患分類の第1位は悪性腫瘍(35%)。そして精神疾患(13%),整形外科疾患(9%)と続く。いま,“避けることのできる死”を防ぐための取り組みが,すべての医療者に求められている。

■早期介入への包括的取り組みが急務
 ――未治療期間の短縮が鍵

 疾患の早期発見,早期治療は,すべての診療科において共通のテーマであるが,精神科,特に統合失調症における早期介入(early intervention)は,今後のより積極的な取り組みが望まれる研究分野である。このテーマに関して本学会でもいくつかのセッションが行われた。

 地域ケアの先進国・イタリアでの研究実績がある水野雅文氏(東邦大)は教育講演「精神疾患の早期発見と早期介入」のなかで,統合失調症の治療臨界期(発病後およそ5年)までに行われた有効治療の成否で難治例と寛解例に分かれるとする研究結果を報告。長期予後の視点,そして地域移行の視点から,前駆期に適切な介入を行い顕在発症への進展を抑止する治療が求められている,と述べた。

 合わせて水野氏は,陽性症状の出現から服用開始までの未治療期間を指すDUP(Duration of Untreated Psychosis)の長さが長期的転帰に影響を及ぼすとする国内外の研究データを紹介。早期治療に対する理解を重ねて求めた。

 また,統合失調症の好発年齢である若年者の発症予防にフォーカスした取り組みも必要とし,具体例として海外の施設やウェブサイト,そして本年5月に東邦大大森病院に新設された精神障害予防のための複合的デイケア「イル・ボスコ」の紹介を行った。

 早期介入の実現には,有効な早期治療に加え病態の一層の解明も望まれる。特別講演「精神疾患のトランスレーショナルリサーチ:分子機構とバイオマーカー」では,澤明氏(米国ジョンズホプキンス大)が最先端の病態研究の知見について講演した。

 はじめに,統合失調症では神経発達期の問題が病因に関与している,との共通認識を確認。そのうえで,神経発達期からいかに長いタイムラグをおいて顕在発症に至るのか――時間軸を含めた病態への理解を深める方策を論考。「統合失調症の脆弱性遺伝子の存在が明らかになった現在,遺伝子改変動物モデルが今後の研究の主流になるだろう」と述べ,遺伝子改変マウスによる研究について解説した。

 一方で,精神疾患のバイオマーカーが不足している現在,動物モデルだけでは病態の精確な診断にはなお問題があると指摘。あくまでも患者組織に立ち返って研究を進める必要があるとし,新しいニューロンを探るための鼻腔経由で低侵襲に採取した患者組織による研究を紹介,論を結んだ。