医学界新聞

寄稿

2007.05.14

 

【寄稿】

地域で医師を育てる

川越正平(あおぞら診療所所長)


「君はどんな医師になりたいのか」

 筆者は,医学部卒業前から,「どんな医師になりたいのか」,「どうすれば優れた医師になることができるのか」という命題について仲間と議論を重ね,医師卒後研修問題に取り組んできた。のちに医師法改正に連なる10年にわたる議論の中で,医学書院より『君はどんな医師になりたいのか』をはじめ,3冊の本を出版させていただいた。その中で,「疾患の種類によらず心身各部の診療の求めに応じ,地域において患者の生命と生活に責任を持ち続ける医師」こそ,最も必要とされていると考え,『主治医』という概念を提唱した。自らそのような医師としての実践を志し,人生で最も困難なEnd of Lifeというステージを支える在宅医療を中心に据えた地域での開業を決意した(図)。

あおぞら診療所の概要と重層的な医師研修の取り組み

 1999年4月,東京都心から約20km,電車で約30分,首都圏のベッドタウンである千葉県松戸市に,医師3名によるグループ診療の診療所を開設した。人口47万人の松戸市全域を守備範囲としている(およそ直径10km,車で30分以内で到達可能なエリア)。

 地域に貢献する診療実践を行うこと,「地域で医師を育てる」ことをめざして,日々の臨床と教育実践に取り組んでいる。2004年11月には市内に分院を設立し,「地域が病棟」との理念のもと,2つの診療拠点で常勤医師6名,非常勤医師4名,研修医2名の陣容で,約400名の在宅患者の診療に取り組んでいる。

 医学生や看護師の実習,研修医の地域保健・医療研修はもちろんのこと,3年目以降の医師を対象とした継続的な在宅医療研修や,在宅医療のノウハウを学び独立開業をめざす医師のための開業前研修など,重層的な医師研修に取り組んでいる。

当院における地域保健・医療研修の実際

 地域ネットワーク構築を指向する当院にとって,訪問看護ステーションやケアマネジャー,各種介護保険事業者,行政などとの連携,そして病診連携,診診連携は生命線である。在宅医療を研修の中心に据え,地域の資源を可能な限り動員して,現場で織りなされる地域医療や在宅ケアの醍醐味を盛り込むことをめざしている。

 虎の門病院が新医師臨床研修制度にのっとったプログラムを1年前倒しして導入したことに伴い,全国に先駆けて2004年度に12名の地域保健・医療研修を受け入れた。05年度以降は虎の門病院に加えて,東京医科歯科大学医学部附属病院,みさと健和病院の3つの病院から研修医を受け入れている。これまでの修了者は3年間で通算58名に達している(05年度21名,06年度25名)。

 1か月間という短い期間ではあるが,学生実習のような見学中心ではなく,体験型の研修を盛り込むべく,さまざまな工夫を行っている。1週目は指導医の訪問診療に同行し,当院の在宅診療の流れや地域の医療事情を把握することに注力する。2週目からはデイサービスや訪問看護ステーション等での院外研修を織り込む。そして,月の後半には,研修医の到達度を確認しつつ,訪問診療を担当させたり,訪問看護師の臨時対応に同行するなどの体験型研修の比率を増やしてゆく。

 研修医に訪問診療を担当させるにあたっては,必ず常勤看護師を同行させ,接遇を監視するのはもちろんのこと,病状の変化や治療方針の決定に際しては,携帯電話を用いて現場から指導医に報告,相談する形で,体験型研修の機会と診療の継続性や質を担保している。

多様な経験のための工夫

 さらに,癌終末期患者の診療期間がきわめて短いことを鑑み,月初に依頼のあった患者1名を厳選し,副主治医としてのかかわりを実践している。その結果,より頻繁に医師が診療することは患者にとってもメリットが多く,かつ研修医にとっても初診から(場合によっては看取りまで)より深いかかわりを経験することができる。

 また,地域の優れた家庭医に外来診療の研修をお願いし,地域医療において重要な位置をしめる家庭医療,特に小児プライマリケア(外来診療,乳児健診,予防接種等)についての研修機会を確保している。

 その他,往診時に現場で救急搬送を決断した際など,取り急ぎ準備する必要がある診療情報提供書を作成する,実際に救急車に同乗して搬送先病院でプレゼンテーションを行う,身体障害にかかる診断書の下書きを実際に担当し,身体障害者福祉法への理解を深めるなどの研修も随時盛り込んでいる。

ポートフォリオの活用とオーダーメイドの研修プログラム

 研修開始時点において,基本的なプログラムの骨格はあるものの,実際に研修が終了する頃には,さまざまな変更が行われることになる。具体的には,ポートフォリオの手法を積極的に活用し,ほぼ毎夕指導医とともに日々の振り返りを行っている。その際,研修医の到達度を確認するとともに,それぞれの指向性や気づきを尊重しつつ,翌日以降の研修内容を弾力的に変更するという手法である。以下に,オーダーメイド研修の実例を挙げる。

・病診連携に興味を深めた研修医とともに病院を訪れ,地域連携退院時共同指導を行った。
・地域における薬剤師の活躍を知りたいという研修医が訪問薬剤管理指導に同行した。
・リハビリ医を志す研修医の希望を踏まえ,訪問歯科診療の研修(内視鏡を用いた摂食嚥下評価)を盛り込んだ。
・へき地医療にも関心があるという研修医が実際にへき地医療の現場を垣間見る機会を設けた。
・家庭的な外来研修をより厚く盛り込むために,他施設の地域保健・医療研修との研修医交換プログラムを開始した。

 一方,おざなりの講義は教育効果が低いことが明らかであることから,あらかじめ予定した講義というスタイルの座学は実施していない。気づきの中から生じてくる課題やニーズに応えて,日々の振り返りが臨機応変にレクチャーに発展するという...

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