医学界新聞


メインテーマ「生命と医療の原点」――いのち・ひと・夢

2007.04.30

 

第27回日本医学会総会開催
メインテーマ「生命と医療の原点」――いのち・ひと・夢


 4月6-8日の3日間,全国の医療関係者が一堂に会する第27回日本医学会総会が岸本忠三会頭(阪大前総長)のもと,「生命と医療の原点-いのち ひと 夢」をテーマに大阪国際会議場(大阪市)など3会場で開催され,総会参加者は2万5000人を超えた。また,初めて市民に向けた企画展示EXPO2007は「いのち」「ひと」「夢」のテーマに沿って,桜が咲き誇る大阪城ホールを中心に開催。医療の国際比較や日本の最新医療などがわかりやすく展示され,3月31日から9日間で36万人を超える来場者を記録し,成功裡に終わった。

 本総会の特徴として,シンポジウム・パネルディスカッションともに専門性に特化し,各領域の最新医療情報を得るようにプログラムが編成されていた。特別講演は宇沢弘文氏(経済学者),安藤忠雄氏(建築家),向井千秋氏(宇宙飛行士)が各日のサブテーマ「いのち」「ひと」「夢」に沿って講演し,会場を沸かせた。また,最終日の特別シンポジウムでは,医療従事者・一般市民の大規模アンケート調査結果も踏まえて医学・医療制度の理想像に向けた議論が交わされた。


会頭講演「“病”に挑む医学の未来」

 今総会会頭の岸本忠三氏(写真)は,情報伝達分子のひとつ,インターロイキン6(IL-6)の発見や,その受容体構造の解明などで知られる世界的な免疫学者である。研究成果を生かした抗体医薬の開発にも取り組み,1998年には文化勲章を受章している。

 会頭講演「“病”に挑む医学の未来」の冒頭では,病気を引き起こす細菌・ウイルスの発見から病気の原因となる遺伝子の同定へと進んだ20世紀の歩みを総括。21世紀は“還元”から“統合”へ,つまり「生命のプログラムを再現する」「生命体を人工的に作り出す」方向に進むと予想した。さらに,近未来における医学の進展の例として,癌や難病の標的治療としての抗体医薬の開発,リバース・ジェネティックスを応用した新興感染症に対するワクチンの開発,さらには体細胞を脱分化させ万能細胞をつくるという再生医学の試みを紹介した。

医学の進展と「すばらしい新世界」

 では,こうした医学の発展は,バラ色の未来をつくりだすのだろうか。氏はここで,英国の作家ハックスリーが1930年代に書いたSF小説『すばらしい新世界』を題材に提示した。そこでは,すべての子どもが試験管から生まれ,人工的で安定した社会を生み出す一方,人間が自らの尊厳を見失う逆ユートピアの姿が描かれている。

 同書におけるSF的世界は,現代の科学技術ではほとんどが可能になっている(現に,日本では100人に1人が体外受精児である)。一方で,技術の進展に伴う新たな問題として,「祖母が孫を産む(代理母)」や「死んだ夫の子どもが生まれる(細胞の凍結保存)」など,民法も想定しないような問題が起こっていると指摘した。最後に,「“いのち”を扱う科学・技術において重要な課題」として,発見に発見が積み重なって進歩する“知識”と,積み重なりあわない“知恵”の融合が重要と強調。進歩し続ける医学の未来に警句を発し,会頭講演を閉じた。

 特別シンポジウム「今日の医学教育,医療制度の問題点とその改革――医学,医療制度の理想像へ向けた提言」(座長=日本医学会会長・高久史麿氏,第27回医学会総会会頭・岸本忠三氏)では,全国医学部長・病院長会議代表の大橋俊夫氏(信州大)が,「国民の理解を得た一貫性のある医師育成グランドデザインの早急な作成」「医師育成ならびに医療財政を支援できるような日本発の医療産業を興隆させるため,官・民・医科大学一致して新しい産学連携事業を構築する」などを提言した。

 日本医学教育学会会長の齋藤宣彦氏(国際医療福祉大三田病院)は,「医師になるためのルートが1つでなくてもいい」との認識を示し,一般大学卒業後の「医学部学士編入」「メディカルスクール」といった道も望まれていると言及。そして大学には入試選抜に時間をかけ「医師の資質」を測るために,コメディカルや一般職員を含めた360度評価や医療ボランティア歴などを加味することを提案。さらにこれらを実行するための案として,9月入学も検討すべき課題に挙げた。

 黒木登志夫氏(岐阜大)は,国立大学法人化後の大学病院の財政状況などを報告。医療費節減政策から始まる,「破綻のスパイラルに陥っている」と強調。財務状況のシミュレーションでも財政悪化に歯止めがかからない見通しを紹介するとともに,研究活動も低下傾向にあると指摘した。

 日本学術会議会長の金澤一郎氏は,初期臨床研修制度の問題点として臨床医学では,(1)学部での臨床実習を充実すべきだった,(2)指導医に対する配慮が薄いなどを挙げた。また,基礎・社会医学については,卒後すぐに初期研修へ入るため「基礎・社会医学研究を始めるのが実質2年遅れることになった」との見解を示した。大学の国立大学法人化後,臨床教室で研究活動を行う余裕がなく,「臨床教室との連携で行われていた基礎・社会医学研究が停滞している」と指摘した。

 研修医の立場から鳥居秀成氏(慶大)が,卒後教育の問題点を挙げた。初期臨床研修制度について「プライマリ・ケア能力の習得に大きく貢献しているが,指導医・研修医ともに負担が大きい。うつ状態に陥るケースもある」と報告。必修科目について産婦人科・精神科は特殊性・専門性が高いこと,そして地域医療については学生実習で補える部分もあると言及。必修科目は内科・外科・小児科・救急のみとし,研修医の診療科選択期間を増やし,学生時代の受動的な学習ではなく,能動的・自主的な学習を促すことが必要ではないかと述べた。

 続けて医学教育モデル・コア・カリキュラムについて三浦公嗣氏(文科省)が口演。(1)医師として求められる基本的な資質,(2)学部教育における研究の視点の拡充,(3)地域医療臨床実習の学習内容の新設などで見直しを加えたことを解説。女性医師増加に伴う環境整備についても触れ,退職した女性医師の復帰支援,育児休業からの円滑な復帰支援などについても触れた。

医師と一般市民の認識の違いが浮き彫りに

 岸本忠三氏は,2006年11月1日から2007年3月31日にかけて日本の医療事情に関して実施されたアンケート結果(回答者数=医師5534名,コメディカル2425名,一般市民1万9083名)を発表。

 「治療の選択に関して患者の意見や希望が生かされているか」との問いに,医師の7割以上が「生かされている」と回答した一方,一般市民では4割弱に留まった。「日本の医療費(自己負担)は高いか」の問いには「高い」を選択した医師が4割超,一般市民が9割弱と差が表れた。また,「国民皆保険制度について」の問いには,医師・一般市民両者とも維持すべきと一致。「混合診療の導入についてはどう思いますか」の問いには,「部分的にはよい」を含めてともに6割超賛成する一方,支払能力による医療格差はよくないとする回答も3分の1を超えた。

 「医師数は充足しているか」には,三者とも不足している認識を持っていることが示された。しかし,小児科・産科・麻酔科・救急医療の勤務医不足の対応策は判断が分かれ,医師は「報酬を上げる」の42.7%に対し,一般市民は「強制的に医師を配置する」との答えが35.3%で最多となった。

■シンポジウム「新興感染症」

 シンポジウム「新興感染症――人獣共通感染症を理解する」(座長=富山県衛生研・倉田毅氏,北大大学院・喜田宏氏)では,はじめに喜田氏が「新型ウイルス対策の基盤は,毎年行われているインフルエンザ対策が基本」と述べ,自然宿主動物の特定や伝播経路,ウイルスの感染と発病の仕組みの解明,予防薬・治療薬の開発などを示し「先回り型の対策を講じることが重要」と強調した。

感染を予防するために

 川名明彦氏(国立国際医療センター)は人類が封じ込めに成功したものは,自然宿主がヒトのみで患者の識別が容易,伝播力も弱く,有効なワクチンがある天然痘のみと述べた。一時沈静化しているSARSは,野生動物にウイルスが保存されている可能性やウイルスキャリアがいる可能性があり,患者の識別が容易ではなく封じ込めは難しいが,再燃に備えることが重要と指摘。また,当初SARSは強い伝播力と思われていたが,実際には特定の罹患者が大勢に感染を広げるスーパースプレッディング現象によるものと提示した。

 次にクロイツフェルト・ヤコブ病(vCJD)の輸血による感染の危険性について,佐多徹太郎氏(国立感染研)が症例を交えて報告。また,vCJD潜伏期間が50年以上の長期と判明したため,今後さらに注視していくことが必要と語った。続いて,エボラウイルスの病原性発現について高田礼人氏(北大)が,抗体や補体,C型レクチンなどのさまざまな蛋白分子を利用していると提示。さらに細胞への吸着率上昇,エンドサイトーシスを促進し感染増強が起きていることを示した。また,エボラウイルスの自然宿主はげっ歯類もしくはサルと考えられているが,完全には同定されていない。今後,自然宿主の同定,そしてヒトへの感染経路と体内での発現機序を解明していくことが重要と述べた。

 最後にアジア諸国では多数の死亡者を出しているクリミア・コンゴ出血熱(CCHF)について,新疆ウイグル自治区における流行の現状,感染予防などについて西條政幸氏(国立感染研)が報告。CCHFを媒介するダニは日本にも存在しており,「輸入感染症として大流行する可能性がある」と指摘した。

■パネル「異状死問題を考える」

 パネルディスカッション「異状死問題を考える――司法と医学の連携に向けて」(座長=科学技術文明研・稲葉一人氏,東大・吉田謙一氏)では,年々議論が深まる異状死問題が議論された。医師法21条は異状死の警察への届出を義務付けているが,「診療中の予期せぬ死亡をどう扱うか」などをめぐっていまだコンセンサスがない。日本法医学会は1994年に「異状死ガイドライン」を作成し,「診療行為に関連した死亡,およびその疑いのあるもの」まで異状死と位置づけた。99年の都立広尾病院事件の後,異状死届出義務違反による訴追傾向を受けて医療機関から捜査機関への届出が急増した。一方で,医療現場からは警察介入の問題点が指摘され,臨床系学会も相次いで声明を発表。第三者機関創設を求める声が高まり,2005年9月からは厚労省でモデル事業が始まっている。さらに今年度は,死因究明のあり方について検討会を開催する予定だ。

制度設計の議論本格化を前に

 基調講演では,宝住与一氏(日本医師会)が福島県立大野病院事件も例に出しながら,異状死問題の論点を整理。異状死は公衆衛生にも関係する事項であり,「保健所への届け出で十分では」と提言した。厚労省在籍時代に前述のモデル事業を立案した瀬上清貴氏(国立循環器病センター)は,厚労省での検討事項を概説したうえで,第三者機関設置の必要性を強調。そこでは,法医・病理医の協力のもと「臨床医の参加が不可欠」との見解を示した。

 弁護士の棚瀬慎治氏は,病理解剖・行政解剖・司法解剖の明確な役割分担が不明瞭な現状を指摘し,統一的解剖制度の確立を訴えた。また,刑事司法介入を不必要とするためにも,医療者による自主的処分,ないし行政処分の充実を求めた。大阪で調査分析モデルを行う的場梁次氏(阪大)は,モデル事業での課題として,マンパワー不足,調整看護師の負担などを挙げた。林茂樹氏(災害医療センター)は,施設内医療者の意識調査の結果を報告。「医療過誤が明らかでない事例では,遺族の反応とインフォームド・コンセントの有無により,警察への届出が左右される傾向がみられる」と述べ,医療者間で異状死届け出の認識に差があることを示唆した。

 現状の異状死届出の問題点に関しては認識に隔たりはなく,討論では新たな制度設計のあり方が議論された。診療関連死の届出制度に関しては,届出先は「医療者が常時いるのが前提」(瀬上氏)とされ,地方厚生局や保健所が候補に挙がった。届出範囲については,医療従事者が判断するのではなく,「診療関連死はすべて届出」とすれば,遺族が疑心暗鬼になることもなく,医療従事者にもメリットがあると吉田氏が指摘。その際は「解剖しないというオプションも残すべき」と稲葉氏が補足した。

 議論の終盤は,国民全体での議論,さらには医療従事者の患者・家族との日頃の話し合いが課題に挙がった。制度設計や関連法の整備も重要だが,制度が十分に機能するには臨床医の積極的な関与が不可欠となりそうだ。

■パネル「医師の生涯教育」

 パネルディスカッション「医師の生涯教育――いつまでも現役医師でいるために」(座長=聖路加国際病院・福井次矢氏,日本医師会・木下勝之氏)では,医師生涯教育の課題や今後のあり方が討論された。

CMEからCPDへ

 基調講演では,橋本信也氏(医療教育情報センター)が登壇。「一般的に,プロフェッショナルとはパブリックミッション(公的使命)を負い,高度な知識と技術を持ち,その分野の学問を継続的に研鑽するが,今日医師には今まで以上にプロフェッショナルとしての能力が重要視されている」と指摘。これは近年の急速な医学の発達や,患者意識の変化によって医療の質向上を求める世論が強くなってきたためと説明した。そのうえで生涯教育もそれに対応した改善が必要であるとし,今後の展望として,欧米でのCME(continuing medical education)からCPD(continuing professional development)への移行を紹介。CPDの特徴として,「チーム全体の視点での学習」とWBL(work-based learning)を挙げ,CPDは患者に質の高い医療を提供し,医師のプロフェッショナルとしての能力を向上させる新しいパラダイムであるとした。また,今後の課題として系統的生涯教育プログラムの確立や生涯教育提供者の吟味を挙げ,長期的には生涯教育を専門的に協議・管理・運営する第三者機関の設置が必要と述べて降壇した。

 矢崎義雄氏(国立病院機構)は体制面から,現在生涯教育が注目されている理由として医療評価の量から質へのパラダイムシフトを挙げ,医学教育の時点からそのことを教育するべきと指摘。また診療報酬の出来高制の観点からも,医師の技量の標準化は不可欠であり,今後医師の能力の評価が適切に行われる必要があるとした。そのうえで,関係学会および日本医師会等の生涯教育システムに加えて「新医師臨床研修制度の新たな展開」「専門研修制度と総合診療医育成制度の確立」「臨床研究への積極的な参加」などを今後の課題とし,加えて専門医が開業などによって総合診療を主たる業務とする場合には,所定の臨床研修を必須とすべきであると強調した。

医学の分化と統合の問題

 永井良三氏(東大大学院)は内科医の生涯教育として,専門領域の研修,内科の中での専門外診療の研修,救命蘇生の研修(Advanced Life Support),医療学の研修(医療安全,院内感染対策,医療社会学),臨床研究や教育への参加などを挙げた。そのうえで,生涯教育の問題は専門医教育の問題であると同時に医学の分化と統合の問題であると指摘。「現在の医療体制は過度な専門分化により楊枝が立ったような状態。横糸として医療倫理や研究倫理をベースに,内科臨床医としての知識・技術や医療安全などを積み上げ,縦糸と横糸で布を織るようにしっかりした医療を作っていくことが必要」と強調した。

 藤井信吾氏(京大大学院)は産科医師としての立場から,現役医師でいつづけることの難しさを述べ,「産婦人科は周産期における全過程の救急対応をする必要があり,また妊娠・分娩に関わる死亡も少なくない。リスクの高い診療科であり,だからこそ医師の質の高さが必要」と強調。医療の質の向上によって医療訴訟は減少するはずと述べ,そのためにはまず教育が重要であるとした。また,医療において客観性の高い判断を行うにはカンファレンスなどで複数の意見を聴く,常にup-to-dateな医療情報を入手するなどが有用だが,なによりも重要となるのは自らの向上心であるとしめくくった。

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